救えない人々
洞窟を出て、少しだけ明るくなった山道を下りながら、僕は後ろを歩く大きな赤鬼に声をかけた。
「ねえ、ゴウ。僕たちはこれから『神龍様』を探すために旅を続けるんだけど……ゴウはどうする? ここがゴウの家だったんだよね?」
僕の問いかけに、ゴウは歩みを止め、少しだけツノの生えた頭を掻いた。
それから、僕と、僕の首に巻きついている白蛇、隣を歩くクオンとレンを交互に見つめ、あの太陽みたいなニコニコの笑顔を咲かせた。
「オデ……みんなといっしょにいたい! アニチャンのご飯うまいし、オデ、アニチャン絶対守るって決めたから! いっしょに旅、する!」
「ふふ、ありがとうゴウ。頼りにしているよ」
僕がゴウの大きな手とハイタッチを交わすと、クオンが「まあ、力仕事の荷物持ちくらいにはなるじゃろうて」と尻尾を揺らし、レンも嬉しそうに「キュイッ!」と鳴いた。
首元のエレンも、「賑やかな道中になりそうじゃの」と心地よさそうに目を細めている。
「よし、じゃあふもとの村は避けて、このまま山の尾根伝いに東へ向かおうか」
僕たちは村人たちとの面倒な接触を避けるため、村とは逆方向の獣道を進み始めた。
木漏れ日が差し込む穏やかな道中。ゴウが倒木をどかし、僕が【ワン・キューブ】でお弁当を出し、時折現れる魔物をクオンやレンが瞬殺していく。
理想的なスローライフの旅が続く……はずだった。
——ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!
突如として、大地が大きく揺れた。
地震ではない。山そのものが悲鳴を上げているような、地鳴りと共に地盤が崩れ落ちるような轟音。
「な、なんだ!?」
「アレン、危ない! 結界を張るぞ!」
クオンがとっさに青白い狐火で物理結界を展開し、ゴウが僕を庇うように覆い被さる。
轟音の正体は、僕たちが立っている場所のすぐ反対側——ふもとの村がある斜面からのものだった。
「……山崩れじゃ」
エレンが、首元でポツリと、悲しそうに呟いた。
「わらわがいなくなり、地脈の淀みを抑える者がいなくなった。あの村の斜面は、元々脆かったのじゃ……」
「そんな……! 村が!」
僕は弾かれたように走り出した。
「アレン! 待て!」というクオンの制止を振り切り、木々を抜け、斜面を見下ろす崖まで駆け寄る。
眼下に広がっていたのは、絶望的な光景だった。
僕たちがつい先程までいた、ふもとの村。
その大半が、山から滑り落ちた膨大な量の土砂と濁流に飲み込まれ、跡形もなく押し潰されていた。
「ゴウ、レン! 下に降りるよ! 生存者を探すんだ!」
「オウッ!」
「キュイイ!」
ゴウの大きな手のひらに乗り、斜面を一気に滑り降りる。
村は凄惨な状況だった。倒壊した家屋、土砂に埋まった田畑。
僕はすぐさま【ワン・キューブ】から大量のポーションと掘削用の魔道具を取り出し、ゴウの怪力とレンの風魔法、クオンの狐火を駆使して、土砂に埋もれた人々を必死に掘り起こし、安全な高台へと運んでいった。
「しっかりしてください! ポーションを飲みますよ!」
泥まみれになりながら、助け出せる命を次々と手当てしていく。
数十人の村人をなんとか救い出し、簡易的な避難所を【ワン・キューブ】のテントで設営し終えた頃には、空はすでに薄暗くなっていた。
「……ふぅ。とりあえず、これで……」
僕が額の汗を拭った、その時だった。
「……貴様らの、せいだ……」
泥だらけの長が、血走った目で僕たちを睨みつけながら立ち上がった。
その後ろで、怪我の手当てを終えた村人たちも、憎しみに満ちた顔で僕たちを取り囲み始める。
「何故、あの祟り神を連れ出した! お前たちが山の封印を解き、あの化け物を解き放ったから、山が怒ってこんなことになったんじゃ!!」
「そうだ! お前たちのせいだ!」
「村を滅ぼして嬉しいのか、この化け物どもが!!」
僕が必死に手当てをした村人たちから、次々と投げつけられる罵声と石礫。
ゴウが庇うように前に出たが、彼に向けられる視線もまた、恐怖と嫌悪に満ちていた。
「……違う」
僕は、震える声で呟いた。
「エレンは……あの神様は、ずっと、この脆い山が崩れないように守ってくれていたんだ。あなたたちが祠を壊して、封印して、魔物みたいになってしまっても……それでも、山を抑えていてくれたのに」
その恩を忘れ、災いの元凶だと罵り、最後には僕たちに責任を押し付ける。
「……もう、いいよ」
勇者パーティーで理不尽に虐げられていた時、僕はただ怯えていた。
でも、今の僕は違う。
僕の首元には、村人たちの罵声に震え、悲しそうに目を伏せる小さな白蛇がいる。
彼女を、そしてゴウやクオンたちを、こんな身勝手な人たちの言葉で傷つけさせるわけにはいかない。
「行こう、みんな」
僕は、村人たちに言い訳をすることも、怒鳴り返すこともなく。
ただ静かに、冷たく背を向けた。
「待て! 我々を置いて行く気か! この化け物——」
長の怒声は、クオンが振り返りざまに放った巨大な狐火が、彼らの足元の地面を一瞬でガラス化させたことでピタリと止んだ。
「……命拾いしたな、人間。アレンが『行こう』と言わねば、貴様らは今頃、灰すら残っていなかったぞ」
冷酷な大妖の瞳で見下ろされ、村人たちは恐怖に腰を抜かしてへたり込んだ。
僕たちは何も言わず、土砂に埋もれた村を背にして歩き出した。
どんなにお人好しな僕でも、彼らをこれ以上救うことはできない。
僕が守るべきものは、僕の大切な居場所だけだ。
「アレン……すまぬ。わらわのせいで、其方に嫌な思いを……」
首元で小さく震えるエレンの頭を、僕は優しく指の腹で撫でた。
「エレンのせいじゃないよ。エレンは、ずっと頑張って村を守ってた。僕は知ってるから」
「……アレン」
ゴウが心配そうに僕の顔を覗き込み、レンが僕の足にすり寄ってくる。
彼らの温もりが、冷え切った心を少しずつ溶かしてくれた。
「ほら、暗くなる前に安全な場所を探そう。今日の夕飯は、ゴウの好きな猪肉のシチューと、エレンのために特上の魚を焼くよ」
東の空に昇り始めた月を見上げながら。
僕たちは再び、神龍を探す果てしない旅路へと足を踏み出した。
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