第九章「勇者パーティ崩壊」
王都から遠く離れた前線基地。
石と土で築かれた簡素な砦は、絶えず張り詰めた空気に包まれていた。
その中心にある作戦室では、数人の騎士と、一組のパーティが地図を囲んでいる。
「……つまり、ここ一帯の拠点がすべて消えたと?」
低い声で問いかけたのは、剣を背負った青年だった。
整った顔立ちに、自信の色が滲んでいる。
勇者。
この国が選び出した、正式な“対魔王戦力”の一人である。
名を、レオルド。
その隣には、魔術師、僧侶、そして弓使い。
いずれも優秀な人材で構成された、精鋭パーティだった。
報告役の騎士が、困惑を隠しきれない様子で答える。
「は、はい。痕跡もなく……まるで最初から存在しなかったかのように」
「そんな馬鹿な話があるか」
レオルドが眉をひそめる。
当然の反応だった。
拠点が“破壊された”なら分かる。
だが、“消えた”というのは意味が違う。
「敵の新兵器か?」
魔術師が口を挟む。
「可能性はありますが……それにしては被害の方向が不自然です」
騎士は首を振る。
魔王軍が自らの拠点を消す理由がない。
むしろ、損害を受けているのはあちら側だ。
「……訳が分からんな」
レオルドが腕を組む。
苛立ちが滲んでいた。
彼らはこれまで、確実に戦果を積み上げてきた。
だが最近は、どうにも調子が狂っている。
敵が減っているのに、戦果として認められない。
「こちらが何もしていないのに、勝手に状況が動いている……」
僧侶が不安げに呟く。
それは、本来なら喜ぶべきことのはずだった。
だが。
「気味が悪いな」
弓使いが短く言う。
誰も反論しなかった。
理由が分からない勝利は、不安しか生まない。
「とにかく、現地を確認する」
レオルドが決断する。
「この目で見なければ判断できん」
その言葉に、全員が頷いた。
同じ頃。
カイトたちは、森を抜けて村へと戻っていた。
空気はすっかり軽くなり、あの重苦しさは影も形もない。
村人たちはその変化を敏感に感じ取り、すでに歓喜に近い空気が広がっている。
「戻りましたよー」
カイトが気の抜けた声で告げる。
それだけで、周囲の視線が一斉に集まった。
「おお……!」
「空気が……!」
「もう、あの感じがない……!」
誰もが空を見上げ、深く息を吸い込む。
そして。
その視線は、自然とカイトへ向かう。
感謝。
畏怖。
そして、理解を超えた何かを見る目。
カイトはそれを、少しだけ居心地悪そうに受け流した。
「いや、普通に掃除しただけなんで」
その一言が、逆に彼らの確信を強める。
“普通ではない”と。
リシアはその様子を見ながら、小さく息を吐いた。
(完全に、認識が固定された)
もはや何を言っても無駄だろう。
この村にとって、カイトは“救いそのもの”になっている。
そして、それは――。
「……広がるでしょうね」
小さく呟く。
噂は必ず外へ出る。
騎士団も見ている。
王女も直接関わっている。
隠せるはずがない。
一方で。
当の本人は。
「飯、まだですか?」
そんなことを気にしていた。
アリアはその言葉に、わずかに笑みを浮かべる。
「すぐに用意させましょう」
その口調には、どこか余裕があった。
すでに彼女の中で、いくつかの決断が固まりつつある。
この人物をどう扱うべきか。
その答えは、明確だった。
(囲い込むべき存在)
それも、最優先で。
だが。
問題は一つ。
「カイト様」
「はい?」
「この後のご予定は?」
探るような問い。
カイトは少し考える。
「特にないですけど」
予想通りの答えだった。
アリアは内心で頷く。
(ならば)
だが、その思考は途中で止まる。
遠くから、別の気配が近づいてきたからだ。
馬の音。
複数。
「……また来ましたね」
カイトがぼんやりと言う。
村の入口に現れたのは、別の一団だった。
装備はより重厚。
そして、その中心にいるのは。
「……勇者」
リシアが小さく呟く。
レオルド率いる勇者パーティ。
前線から直接来たらしい。
彼らは村の様子を見て、明らかに戸惑いを見せた。
「……報告と違うな」
レオルドが周囲を見渡す。
荒廃しているはずの村。
だが実際には、空気は澄み、人々は落ち着いている。
むしろ、異様なほど整っている。
「誰が、ここを」
その問いに、村人たちは迷わず一方向を指した。
カイト。
レオルドの視線が、ゆっくりと向けられる。
「……貴様か」
探るような目。
カイトは軽く手を挙げる。
「どうも」
緊張感のない挨拶。
その態度に、勇者パーティの空気がわずかに変わる。
「ここで何が起きた」
レオルドが問う。
「掃除しました」
即答。
沈黙。
魔術師が小さく肩を震わせる。
「……冗談を言っている場合ではない」
レオルドの声が低くなる。
カイトは少しだけ考える。
どう説明するべきか。
だが結論は同じだった。
「いや、本当にそれだけなんですけど」
その一言が、決定的だった。
レオルドの中で、何かが切り替わる。
「……なるほど」
短く呟く。
理解したわけではない。
だが、一つだけ確信した。
(こいつは、信用できない)
理由は単純。
説明をしない。
いや、できない。
どちらにせよ、得体が知れない。
そして。
自分たちが戦ってきた“戦果”を、横から奪うような存在。
面白いはずがなかった。
「一度、力を見せてもらおうか」
静かに言う。
その言葉に、周囲の空気が張り詰める。
リシアが一歩前に出る。
「おやめください。彼は――」
「下がれ」
レオルドが遮る。
その視線は、カイトから一切外れない。
カイトはというと。
「えー……」
露骨に嫌そうな顔をしていた。
戦う理由がない。
面倒。
それが全てだった。
だが。
「すぐ終わります?」
一応、確認する。
レオルドは剣に手をかける。
「一瞬でな」
自信に満ちた言葉だった。
カイトは小さくため息をつく。
(面倒だな)
だが同時に。
(早く終わるならいいか)
そう結論づけた。
この瞬間。
勇者パーティとカイトの間に、決定的な溝が生まれる。
そしてそれは。
やがて“崩壊”へと繋がっていくことになる。
まだ誰も、その結末を知らない。




