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ゆれる自我 男の子? 女の子?

 大学のキャンパスは、今日もいつも通りだった。


 講義棟のガラスに映る空、芝生を横切る学生たちの声。

変わらない風景のはずなのに、今日はやけに近く感じる。


 女の日だ。


 すれ違う人の距離が、半歩分だけ近い。

 誰かの笑い声が、胸の奥に直接届く。

 男の日なら気にも留めない雑音が、今日は感情として引っかかる。


 ゼミでのちょっとした言い合い。

 春斗――いや、今日は春菜は、反射的に言い返そうとして、やめた。


 怒りより先に、胸がきゅっと縮む。

 「どうして、そんな言い方するんだろう」

 そう思ってしまった自分に、少し驚く。


 休み時間、トイレの鏡の前で足を止める。

 理由もなく、顔を確かめる。

 前髪を直し、頬の輪郭をなぞる。


 ――三回目だ。


 男の日なら、鏡なんて朝に一度見るかどうかだ。

 今日は違う。

 確認したいというより、見てしまう。


 午後。

 別の日の春斗なら、少し声を張って発言していただろう場面で、今日は自然と声が抑えられる。

代わりに、相手の反応をよく見ている。


 ふと、前日のことを思い出す。


 男の日。


 声を出すのが楽だった。

 多少無理をしても、「平気だろ」と自分に言い聞かせられた。

 感情は胸の奥に押し込んで、言葉にしなくても済んだ。


 ――どっちが本当なんだろう。


 講義ノートの余白に、春斗はペンを走らせる。

 無意識に書いた文字を見て、少し笑った。


 《自我は一つ》


 その下に、続けて書く。


 《でも、表に出る“私”が違うだけ》


 どちらの日も、記憶は同じだ。

 好きな音楽も、考え方も、夢も変わらない。


 変わるのは、感じ方の向きと、強さだけ。


 春斗はペンを置き、窓の外を見る。

 キャンパスは、やはりいつも通りだった。


 ――変わっているのは、世界じゃない。

 今日の“私”の、受け取り方だ。


 それに気づいて、少しだけ、安心した。


 日替わりでも、自分は自分だ。

 ただ今日は、少し柔らかい側で生きているだけ。


 それも、悪くない。

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