40 冬至祭り
「……参りました」
完全に背後を取られた。
背中には突きつけられた槍先の感触。
「ゼェ……ゼェ……お、おおぅ、ぐふっ」
ドサリと倒れる音に振り返ると、横たわるのはほんの四半時前まではその巨躯に溢れんばかりの威厳を湛えていた竜人エイ・ダ・ギヌ軍団長だ。今は血だるまズタボロで威厳もクソもない有様だが。
「ありがとうございました。勉強させていただきました」
「ゼェ……、ま、まだ、対人戦では、儂に、一日の長が……あったのかなぁ?」
「そりゃ、あるでしょ、一日どころじゃなく。勝ったのはギヌ軍団長だ。完敗ですよ」
「儂、ボロボロなのだが」
うん、俺、ピンピンしてるね。なんか、ゴメン。
「訓練場もボロボロなんだけど!?え?これ僕が修繕費を持つの?」
横からいつもうるさいハルムバルド陛下がいつも通りにとてもうるさい。
陛下が大会主催者なので、この惨状により発生する修繕費用は全て陛下のポケットマネーからとなるらしい。いい気味。
「マジで?天井に穴とか空いてるんだけど!?」
うん、天井の穴、ね。
竜人ってマジになるとブレス吐くんだね。
「すまぬ!つい出た!」とか言ってたけど、狙いは確かだったよね。
頬を掠めて……ビビったよ。
「リオくーーーん!」
爆撃されたのかというくらいに荒れ果てた訓練場を突っ切ってくるお姫様。軽やかだ。護衛のはずのアルヴァはまた置き去りに。使えない。荒れた地面に足を取られて転げているし。本当に使えない。
「怪我!怪我は!?」
ペタペタ触るお姫様。少々はしたないですよ。あと近いですよ。あ、ちょっ、お姫様?臭いを嗅ぐのはちょっと違うのでは!?
「もう!こんなに血だらけになってしまって、どれだけの怪我を……怪我が……ない?あれ?うん、ない。あー、えと、その、はい、良かったです、とりあえず。その、これで怪我して明日のお祭りに行けないなんてなってたら……またお父様を」
え?また?またとか言わないでください。不穏過ぎですので。ほら、お父様がナニカを思い出したように震え始めてますので。
追いかけてきたお母様も渋い顔をなさってますよ?
「アヴィは少し離れなさい。治療の邪魔……え?回復魔法に手応えがないわね……本当に怪我してないの?あの戦闘で?何度も吹っ飛んで転げ回っていたわよね?というか刺さっていたわよね?」
うん、刺さってた。
いつもの刃引きをした模擬戦用の槍は数合打ち合っただけでオシャカになっちゃったから……それならと、ギヌが普段使いしている黒鋼の槍での模擬戦となったんだよね。刃を潰してない実戦仕様。
俺もギヌもテンションおかしくなっててさ、間違って死んでも死に立てなら大体は治せるという規格外な回復魔法持ちの王妃様が控えていることだし大丈夫だろう、って。
なのでまあ、多少は刺さる。つい、刺さっちゃう。でも俺、治っちゃう。ギヌは今も絶賛血だるま中だけど。
「え?でも血の跡はあるわよね?って、まだ乾いてもないし。え?傷は?」
「治りました」
「なお……って、そう、まあ、リオちゃんだものね。そういうことも、あるのかしら、ね?」
釈然としなさそうなママである。
俺も「リオちゃんだものね」扱いには多少釈然としないものがある。
あ、ギヌの治療にはオーリさんが。……さすがに軍団長は踏まないのね。優しげに撫で回して……マカ・フェリやスバンと扱いが違い過ぎないかな?
「オーリ、どう?」
「はい、よくこれで動けていたと……重症です、命に関わりかねない……リオ閣下、ここまでしなくても」
「いや負けたの俺だけど?」
オーリさんと目を合わせるのはこれが初めてなのだけれど、キツい、キツ過ぎる視線。濃紺のおかっぱボブの下から覗く切れ長の目があまりにも厳しい。目で殺しにきてる。呪竜級の圧。しかも、なぜあなたまで俺を「閣下」呼び?
「ごめんなさいねリオちゃん、うちの侍女の躾がなっていなくて。オーリは厳ついオジサン好きなので「や!?そんなことはっ!」好きでしょう?「……はい」なので少々感情的に過ぎたみたいなの。許してあげてね」
「はあ、厳ついオジサンが……あれ?でもスバンも結構厳つい「汚いのは嫌いです」あ、はい、すみません」
許してあげるどころか謝る俺。だってこのお姉さん怖いし。小声で「しかもチビだし」とか俺にも刺さる毒を吐いてるし。
とりあえず、オーリさんにとってギヌ軍団長がどストライクなのであろうことはよくわかった。ギヌのムキムキの巨体を撫で回す手つきがなんかエロいですし。
「フゥ……それにしても、呪竜二体分の経験値による成長とはこれ程のものであるのだな。以前とは比べ物にならぬ。全く、対人戦でここまで消耗を強いられるのはいつ以来のことであろうか。いや、見事なり」
「見事なり、って言われてもなぁ……削れはするけど、届かない。まだまだ足りていないんだと思わされたよ」
「そんな風に思うことがそもそも非常識だと知るべきだな、リオは」
「だよねー。ギヌ軍団長を相手に何言ってんだろーねー」
「え?あ、観てたんだ」
「そりゃ観るよ。リオくんの晴れ姿なんだから。あと親父が申し訳なかったね。ボクも恥ずかしくて親子の縁を切りたくなったよ」
三人娘登場。観てくれていたんだな。今日も皆さんエロ美しい。いや、違うんです、俺のじゃないですから、みんな他の男のものですからね、だからちょっとその冷気を抑えて、お姫様。
「まあ、観たとは言ったが……」
「リオくんの姿はねー、ほとんど見えてなかったけどー」
「だんだんボロボロになっていくギヌ軍団長を鑑賞してたよ。みるみる朽ち果てていく感じが面白かった」
ミル、言い方。
「それでリオ、真職の役割としては斥候系であるリオが、この国で最強の前衛であるギヌ軍団長と正面切って模擬戦でこうも良い勝負をしてしまうというのは……足りてないなどと言って良い話ではないぞ」
「むしろ軍団長が『見事なり』とか言ってる場合じゃないんだよねー。ねぇ今どんな気持ち?って感じー」
「ぐぅ」
「双方まだまだ見せていないものはあるのだろうけれど……ちょっと、いい勝負になりすぎじゃないかな。訓練場での一対一で、まだリオくんの気配が掴み易かったから反応できてたけど、どうなのかな?これ、ノールールで時と場所を選ばなかったら、やられちゃうんじゃないのかな?軍のトップが」
「ぐうぅ」
ギヌのぐうの音。出てるから大丈夫なのか。
「まあ、観ていたのは、ほぼ軍関係者ばかりで一般人がほとんどいなかったからよかったけど……この軍団長の体たらくは箝口令モノじゃないかな」
そう、模擬戦とはいえ、俺とギヌが遣り合うと観客席の危険度がシャレにならなくなるってハナシになってね。安全のために一般の市民の方々にはお帰り願ったわけなんだよね。
いや、立場的には三人娘も一般人だと思うんだけど。どうやら「自己責任」ってことらしい。
改めて観客席を見ると、ええとシニスと、その、あの……彼氏もいるな。
「それにだよ?もしリオくんが城内で陛下の首を狙ったら「やめて!?ハドリー君やめてよ!?」それを止められる者はこの国にはいないということになるんだよね」
「……」
ミルの追い打ちが厳しい。
ぐうの音も出なくなった。
「お姉ちゃん!それは違いますっ!」
アルヴァ……こういう場で「お姉ちゃん」呼びはどうなのかな。ホント残念なヤツだな。
「姫様にはハドリー様の姿は丸見えです。隠形が効きません。そして姫様の氷魔法の発動速度であれば、一瞬で城ごとハドリー様を凍らせることが可能!です!」
「城ごと凍ったらハドリー君はともかく僕は凍死だよね。また」
また。
「あ、や、あの、わたくしがリオ君に向かって攻撃魔法を放つことは絶対にないので。その、ごめんなさいお父様。諦めてリオ君に首を」
やめてあげて。
泣いてるから、陛下。
始まりは、なんとなく、だったそうだ。
冬至の夜に皆で出かけてみないか、と。
そんなコトだったらしい。
この国が興るよりも昔。
元々は一つの国であったこのシグルヴァードと南のサンダハルの西方、今はその大半が砂で覆われた荒地。そこには龍の、聖紫龍シグリスの神殿を中心とした美しい都があったそうだ。
それはまだ、その都が小さな祠を囲む小さな村であった頃の話だ。
とてもじゃないが祭りなんて言える立派なものではなく、ただの散歩のようなもので。
星明かりしかない夜道を、ランタンとか、持っていない者は松明とか、あるいは灯りの魔術とかで照らして。
そんな風に始まったのがこの冬至祭りなのだそうだ。
魔輝岩に精緻な透し彫りを施した見るからに高価そうなランタンを捧げもつ老人。
小魔石を仕込んであるのだろう、ほんのり光る小さな冠を頭にくくりつけて走り回る獣人の子供達。
四つん這いで背中に大きな蝋燭を立てて息を荒げる半裸の中年男。衛兵さんコイツです。
様々な種族が思い思いの灯りを手に集う、この国らしい美しい夜。
そんな夜を、揺れる灯りの波の中を、王女様と二人、手を繋いで歩く。
露店で賑わう大通りの喧騒に冬至祭りの歌が重なる。
耳馴染みがいい、「蛍の光」っぽい曲だ。
隣を歩くアヴィも、ずっとこの歌を口ずさんでいる。深く被ったフードから覗く、小さく動く桜色の唇が可愛い。声も可愛い。
改めてよく歌を聴いてみると、指揮者がいるのかと思うくらい街中で歌声が揃っている。大合唱だ。
ってこれ、神殿の鐘の音でピッチとテンポを合わせているみたいだな。ホントに指揮者がいたわけだ。
いい加減俺でも歌えそうな気がしてきたが、そう言えば前世でもカラオケは苦手だったなと思い直す。
そもそも今世で、この身体で歌ったこととかあったっけ?
ヒトカラ……うーん、また大裂谷にでも落ちる機会があれば練習しておこう。あそこなら下手くそな歌を他人に聞かれることはまずないし。臭くて毒塗れの魔物どもに囲まれてのリサイタルだな。泣ける。
ちなみにこの祭り、今の俺たちのように深くフードを被っている者は、周りの人たちからは「見えていない」扱いになるそうだ。
その昔、王族とかお偉いさん達が声をかけられ続けるのが鬱陶しくなって、そういう不文律を定着させたらしい。せっかく祭りを楽しんでるのに邪魔すんな、無粋だよ、と。なんと我儘な。
だから俺とアヴィが恋人繋ぎで寄り添って歩いていても、こうしてフードを深く被っている限り、誰も声はかけてはこない。チラ見は凄いされるけど。ウィールヴァーサ王妃からプレゼントされたお揃いのコートだけあって、見るからに上物だから、まあ、目立つよね。しかもフードから零れるのは紫銀の髪。普段から街に顔を出している有名人のアヴィ王女様だけあって、フードを被ったくらいじゃ正体バレバレみたいだね。だからと言ってガキンチョは指差してんじゃねえよ。
あ、二人きりで歩いているみたいだけど、さすがに護衛はいるよ。アルヴァじゃない、本職っぽい人たちが。まあ、遠巻きに、だけど。
ちなみに俺たちの少し後ろを歩いていたはずのアルヴァはもう消えている。多分、迷子。使えない。
俺が王都シグリエルで暮らしたのは一ヶ月ほどだけど、この街の治安の良さは十分に理解しているつもりだ。だからと言って、唯一ハルムバルド陛下の血を引く王位継承権第一位の王女様の夜歩きが、こんな緩めの警備で大丈夫なのか、とは思うよね。
って言ったら護衛の人から「護衛対象のお二人がほぼ国内最強なので」と言われました。まあ、アヴィの場合は常時薄い魔力の結界を自分の周りに展開しているからね。物理であれ魔法であれ自分に危害を加えそうなレベルのものを感知すると即座に氷の障壁で防御するという高性能ぶり。俺?即死さえしなければ、ですので。
陛下にも「ハドリー君が隣にいるんだから大丈夫なんじゃない?イチャコラしてきなよ。へっ」って言われたし。
そういうわけで、こうしてほぼ二人きりの状態で祭りの人波の中を歩けているわけだ。
ずっと、手を繋いで。
うん。そりゃ、前世も含めて女の子慣れしていないからね。
多少は緊張もするし、手汗もかくけどね。
だけど、いいんだ。
アヴィが楽しければ、それでいい。
……楽しい、よね?
「楽しい、な」
フードの陰から小さな声が、俺の心の声に返事をする。
「本当に、楽しい。すごい、楽しい」
うん。
「忘れない」
うん。
忘れない。




