39 幻槍
「さて、ええと、やってまいりました、リオ・ハドリー『紫龍勲章』閣下のお披露目模範試合大会。実況は、なぜでしょう?私、工房研究員フラネが務めさせていただくようです。本当に、なぜでしょう」
ホントになんでフラネだよ。こういうのは普通テンション高めな女の子とかがやるんじゃないの?なんでテンション低めな小太り研究員なんだよ。
模擬戦の日程は、「リオ君は冬至祭りの日は予定がありますので」という王女殿下のお言葉を受けて、当然のように冬至祭り前日へと変更になった。誰も異を唱えることなく、粛々と。
一国の王が氷漬けになるというのはなかなか衝撃的な事態だと思うのだが、王妃様の「5年ぶり3回目ね」という甲子園出場校の紹介かよというコメントに、皆「ああ」「そういえば」と頷くばかりで誰一人として心配するフリすらしていなかった。
王妃様はニッコリとママみ溢れる笑顔を俺に向けて「大丈夫よ、蘇生できるから」と言っていたのだが、いや待って!「蘇生」って言葉を使ってる時点で王様すでに「死亡」してるからね?大丈夫じゃないよねママ?
「そして解説はリオ閣下のママであることを公言されておられます、ウィールヴァーサ王妃殿下にお願いしております」
「よろしくね」
ホント何やってんだよママ。
「ちなみに私と殿下の声を皆様にお届けするのはハーダル・ソールリーク特務百卒長の拡声の魔法です。いや、実に素晴らしい」
「使い勝手が良いからとハーダル君のこと酷使し過ぎじゃないかしら」
「苦情はギヌ軍団長までお願いいたします。さて、冬至祭りの前夜祭として突如企画されましたこの模範試合ですが、ええ、紫龍勲章閣下のお披露目ということもあり、本日は軍の訓練場を市民の皆様にも開放いたしております。ですので、安全のために攻撃魔法は禁止とさせていただきます。まあ、出場予定者に魔法職はおりませんので問題ないかと思われますが、万が一ルール違反があった場合は、審判の工房研究員テルマルクに火魔法で焼かれることとなっております」
「え……あの、安全のために攻撃魔法を禁止しておきながらペナルティが攻撃魔法って……どうなのかしら」
「大丈夫です。テルマルクは直焼きもできますので」
「え」
「安全に、焼けます」
「それならまぁ、安心ね」
安心じゃねえよ。
見たところ観客席には子供の姿もあるんだからな。直焼きとかレイティング的にアウトだろ。
「ええと、それではお待ちかねのリオ閣下の初戦の相手ですが……」
いや俺、何戦させられるの?あと、なんで閣下呼び?紫龍勲章貰ったから?エイダン大隊長は銀龍勲章持ってるしギヌ軍団長に至っては金龍勲章だよねえ?銀とか金とか俺より偉いよねえ?全員閣下呼びするの?
「うーん、残念ながらマカ・フェリ百卒長だそうですねえ。このカード、要りますかねえ?一瞬で終わりそうな気がしますが……王妃殿下から見たフェリ百卒長は、どうでしょう?一言で表すと」
「噛ませ……猫?」
ママがヒドいな。
「イヤイヤおかしいよな!?オレの扱いヒド過ぎると思うんだけど!?」
「ちなみに得意武器は槍。二つ名は『尻舐め』だそうで」
「イヤイヤおかしいって!そんな二つ名、名乗ったコトないんだけどっ!?」
「ナニやらお気に入りの夜のお店で、そう呼ばれているらしく」
「陰口だよな!?渾名ですらないよな!?それ、キラム通りの店だよな!?もう行ってやんねえからな!」
「ちなみに『出禁です』ということで」
「まぁ……舐め過ぎたのかしらね」
だからなんのハナシだよ。
「そして会場には妹のキノ・フェリ伍長も応援に……両手で顔を覆って俯いていらっしゃいますね」
「かわいそうね」
お前らのせいだからな。
いや、やっぱり『尻舐め』のせいだな。
……舐める、のか。
「あったまキた!手加減しねえからなリオ!オマエを倒しオレの尊厳を取り戻すっ!!」
俺を倒したところで舐めなかったことにはならんだろうに。
それで、その必死な感じの目配せというか「わかるだろ?」「手加減しろよな?」的な視線の圧?まぁ、わかるんだけどさ。なんだか涙目になってきているし。うん、わかるけどね。
わからなかったことにしよう。
叙勲の後もあれこれと忙しく、考えてみればまともに身体を動かすのは呪竜戦以来ということになる。
何度も振るったことのあるはずの模擬戦用の刃引きした槍が、ちょっと不安になるくらいに軽く感じる。マジでこんなに軽かったっけ?
さすがに呪竜二体分の経験値は、素の身体能力さえ違和感を感じるほどに引き上げたようだ。これに恐らくは爆上げしているであろう魔力で身体強化か……やらかしそうだな。
とりあえず、隠形は無しで真っ直ぐ突っ込む分にはフェリもそれなりの対応ができるだろ。
てことで
「始めっ!」
あ、ヤバい。
殺しちゃう。
テルマルクの開始の声を受け、マカ・フェリに向かって飛び出した俺は、すぐに己の判断の甘さを思い知る。
速すぎる。
マカ・フェリの目が俺の動きに追いついていない。
そもそも二人の開始位置が近すぎた。今の俺なら二歩だよ。
悪いことに、俺の苦手なフェイントを仕掛けようとしたのか、槍を片手持ちで外に開いた状態で体の正面がガラ空きだ。
マジで、殺しちゃう。
自らのスピードを持て余した俺は、減速することすらままならずに、なんとかフェリを避けるように槍を手放す。視界の端で放った槍が地を穿ち爆発するように土煙を上げているようだがとりあえず無視だ。
正面衝突を避けるために突き出した両手は、諸手突きとなりフェリを吹っ飛ばす。
革鎧の下でフェリの肋骨やらナニやらが砕けた感触。吹き飛ばされながらもようやく俺の姿を捉えたフェリの目が「マジで?」と訴えている。
ごめんなさい。
もんどり打って訓練場の壁面に激突したマカ・フェリは、くたりと地に伏したままピクリとも動かない。
静まり返った場内に王妃殿下の言葉が拡声魔法に乗って響き渡る。
「え……よっわ……ザコ過ぎ?」
ママ酷い。
「あー、その、ここは、王国最高の回復魔法の使い手であられるウィールヴァーサ王妃殿下の出番なのでは?」
「面倒臭いわね」
「え、や、何かもう回復魔法ではなく蘇生魔法が必要な状況かもしれない雰囲気が漂っておりますが」
「大丈夫よ。ほら、うちのオーリが」
あれはいつぞやアヴィの部屋になだれ込んできたメイドチームの一人では?
「ああ、王妃殿下付きの侍女の方々は回復魔法のお弟子さんでもあるという」
「そうね、とても優秀よ。侍女としても回復魔法使いとしてもね。死にたてなら大抵は治せるわね」
「死んでたら治すとは言いませんが」
その優秀なオーリさんは、ママのお褒めの言葉に軽く頭を下げながら、静々と倒れたフェリの元へ向かいそして
「ゲひゅっ」
踏んだ。
……まあ、声が漏れたってことは生きてた、ってことで。……踏むんだ。
「足で、しかも靴越しに回復魔法を作用させる、ですか。見事な技術ですね」
「うちの子たちは皆、踏んで治せるの」
その技術、必要か?
「さて、初戦は下馬評通りリオ閣下の圧勝、というか勝負にすらなっておりませんでしたが……ああ、キノ・フェリ伍長が両手で顔を覆い肩を震わせて」
「笑っているわね」
「……ええ、身を捩りながら笑っていますね。……笑い過ぎ、ですね」
指をさして笑うのは良くないと思うぞ、妹猫よ。
「ええ、では、気を取り直して、ここからが本番ということで。続きましての登場はカヌーズ「ちょっと待ったァ!」ええ?」
現れたのは『炎槍』スバン・ソールリーク。臭いのキツい赤毛のオッサン。
「不甲斐ねえ馬鹿弟子だが仇はとってやらねえとなァ!」
「「「……」」」
この会場の「お呼びじゃない」空気。他人事ながらツラい。
「いえあの、弟子の仇も何も、リオちゃんも彼の弟子じゃなかったかしら?」
「ええ、それはそうなのですが……その、事前に出場者にはプロフィールを提出していただいているのですが、それに師匠の名を記入する欄がありましてですね、その……リオ閣下もマカ・フェリも炎槍の名は書いておりませんので、大会公式には二人とも炎槍の弟子ではありませんね。ですのでリオ閣下はもちろんフェリの師匠というのも、まぁ、自称、ですね」
「あら……痛いわね」
「ザけんなッ!二人とも間違いなくこの俺が育てたわッ!なァ!?」
「「……」」
「ンだコラてめえらッ!」
ホントにツラいんだけど。
フェリなんかもう泣きそうだぞ。秒殺されるわ恥ずかしい師匠は登場するわ妹はいまだに笑い狂ってるわ、だもんな。この晒し者感よ。
「鍛え直してやるぜィ!構えろ小僧ッ!!」
スバンの魔力が高まる。火精が騒ぎ始め、赤毛の周囲に火の粉が舞い始める。このバカ、ここでデカい魔法を放つつもりなのか?本物のバカか?バカだったな。
「食らいやがれッ!豪え」
『豪炎渦旋』ってか?この間合いで?ふざけやがって。撃たせねえよ。
最大強化。踏み込む。フェリ戦の反省を生かして、柔らかく。ロスを無くして推進力に。詰める。軽くていい。首が飛んで行かない程度に軽く、槍の柄でムカつくその顔を払っ、っとぉ、顔が燃えた?直焼き?構わねえ、燃え始めた汚ねえ面をそのまま払う。錐揉みしながらスッ飛んで行くスバン。
……しかし凄えな。俺が打ち込む前に魔術を発動って、テルマルクが優秀すぎる。
いや、もう焼きたくて仕方なかった、とか?
「ええ、これはどうなんでしょうか、勝手に出てきて一瞬で倒されましたが」
「なんて言えばいいのかしら……倒れた姿も汚いわね」
「あ、また、オーリ殿が……踏み、ました?」
「踏んだわね。あまり触りたくなかったのでしょうね、靴先でそっと……いいのよ?新しい靴を買ってあげるから、それ、捨てなさい」
軽くお辞儀をしながら下がっていくオーリさん。一瞬しか触れてないけどホントに治したの?治さなくてもいい、とか思ってないよね?さすがに師匠殺しは……ああ、大会公式には師匠じゃないんだった。
「臭いわね。燃えてる?」
「ええ、リオ閣下の横薙ぎの直前にテルマルクが直焼きをしたようですね」
「よく見えたわね」
「錬金術師は目が良いものなのですよ」
そうなんだ。
魔力の流れとかはよく見えていそうだけど。
「まあ、テルマルクは昔から見た目の印象で『小スバン』などと呼ばれることがありまして、その、非常に不愉快な思いをしたようですので……スバンが登場した直後に発動待機状態になっていましたから」
「焼きたくて仕方なかったのね」
やっぱり。
「さて、今度こそ本番、ということで」
「ええ、クマちゃんね」
「クマち……はい、カヌーズ・エイダン大隊長の登場です。おや、本日はいつもとは装備が……」
そう、いつものような熊味の薄い盾と片手剣の姿ではない。
一見して無手に見えるが、よく見ればその両手には手甲?ガントレット?おそらくは革と金属でできたグローブ……爪があるな。手甲鉤かな?え?それ、ちゃんと刃を潰してるよね?……アダマンなんちゃらが生えてるとかじゃないよね?
「対人用、かな?」
「……ええ、観客もいますから……あまり無様な姿を晒すわけにもいかないので、ね」
ええ!?
なんか違う!いつもの爽やかクマちゃんじゃない!声が低い!顔が怖い!ちょっとツリ目!
仁王立ちする姿の強者感が半端ない!
「本気、ってことかな?」
「いつも本気でしたよ。ただ、自分の仕事は魔物を殺すことですから、人を殺すための訓練など必要ないのでやらなかっただけです。むしろ、今日が、今こそが、遊び、ということですね」
「遊び……ね」
「ええ、存分に遊ばせていただこうかと「始めっ!」おうっ!!」
ちょ!?
まさかの四足ダッシュ!?獣人の人の部分がほぼ無くなってないかな!
隠形、って間に合わない、もう槍の間合いの内側まで
「ニャ、ぐ、ぐ、ぐ、ぐっ!!」
え?殺りにきてない?
槍の間合いの内に入り込んでからの止まらない連撃。
槍の柄で受けるも、衝撃で身体が浮く。
……いや、ヤバいな、俺。
全部、見えてる。
見て、躱せてる。
余裕がある。
カヌーズの表情を読む余裕が、って、マジで顔が怖いって。ツリ目が偽カヌーズっぽいし。そして顔が近い。近すぎる!
「いい加減に離れろっ!」
「ぐうっ!?」
厚い胸板を蹴り飛ばして距離をとる。
素足にモフモフが心地よい。彼も俺の肉球の感触を楽しんでくれただろうか?アレ?俺が気持ち悪いコトになってるぞ?正気に戻れ。
隠形。
足跡を、影を、魔力を読もうとしているが、遅い。
「……いやはや、これ程ですか」
首元で寸止めされた槍先を見やり、いつもの爽やかカヌーズに戻り苦笑い。
カヌーズのおかげで、自分の現在位置が掴めたような気がした。
「見事な戦い振りであった。リオ・ハドリー、シグルヴァード王国国王ハルムバルドの名において、貴様へ『幻槍』の二つ名を授けようではないか。ふふん、励めよ」
「励まねえよ」
「えー!?」
おっと、いくらウザいとはいえ相手は国王様だ。口を慎もう。
「げん、そう……うん、素敵ね。猿が考えたにしては「猿!?僕のこと!?」上出来ね。リオちゃんらしい、良い二つ名だと思うわ」
ありがとう、ママ。
「すごい、かっこよかったです。『幻槍』……うん、リオ君にピッタリ、です」
ありがとう、アヴィ。
「すみません!聞いてませんでした!」
帰れよ、アルヴァ。
「あとこれね、返却されてた『竜殺し』ね。褒賞の一部として改めて受け取ってね。どうせ誰も使えないんだから」
「うええ?」
「もう2、3匹ほど竜を殺せばエルフの寿命を超えてくるんじゃない?頑張っちゃいなよ」
2、3匹って簡単に……だけど、そうか、ならば
アヴィの横に立つ資格が
「頑張っちゃう……か」
陛下の前に運ばれてきた『竜殺し』を掴み、持ち上げる。
魔力を吸われる。うん、今の俺には大した量じゃないな。
そして……やっぱり、光るんだよなぁあああぁ!
「ぶふっ」
「笑ったの誰だっ!」
「いや、失礼した。リオ殿の表情があまりにも……いや、似合っておると思うのだがな」
ギヌかよ!軍団長様かよ!
「さて、締めは儂であるな。『幻槍』殿、お相手つかまつる」
終わってなかったのかよ!?




