38 紫龍勲章
「うげッ!くっせえなァ小僧ッ!」
「お前にだけは言われたくねえよ」
アヴィが……いや、アヴィとなぜか俺のベッドの下に潜んでいたアルヴァが病室を去ってすぐ、何やらギャイギャイと騒々しい声が近づいて来たと思ったらこれだ。
案内して来たと思しき二人組の衛兵っぽいのを入り口で突き飛ばして入って来たのは、特に懐かしくもない小汚い赤毛のオッサン『炎槍』スバン・ソールリークであった。こんなにも嬉しくない見舞客もなかなかいないと思う。
俺の知る限りで最も臭い人類であるこの男が、あろうことか開口一番に俺に向かって「くっせえなァ」だと?
いや、まあ、アヴィもちょっと臭そうにはしていたし、おそらくは少々どころではなく鼻がバカになっているだろう自分自身でも己の体から異臭が漂っていることは感じている。だけどホラ、コイツにだけは言われたくない、ってのはあるよね。殺したくなるよね。
「あー!ほんとだー!スバンを煮詰めたような臭いがするー」
「またトーラは失礼な事を……本当だな、スバンが5人くらい部屋の中にいそうな臭気を感じるな」
「「失礼だろ!」ッ!」
続いて部屋に入って来たトーラさんとリルに向かって俺とスバンが同時に叫ぶ。ちょっと待て。
「いや臭さ暫定世界一位のスバンと臭いが似てると言われて俺が怒るのは当たり前だろう?なんでスバンが……あ」
そう、スバンの臭さは自前だが、俺の現状の臭さは俺由来ではない。悪臭漂う『金眼』の口から吐き出された『キキルビータ』とかいう名称だった毒ガスメロン入り吐瀉物の臭いだ。……そんなものの臭いに体臭が似ていると言われるのか、このオッサンは。
「ンだ小僧!その憐れみ視線はよォ!」
哀れだ。
「病室でそんなに騒ぐものじゃないよ」
リルやトーラさんよりもほんの少しだけ小柄。短い黒髪にどこか東洋風(前世基準です)な顔立ち。そこに以前は見えていた病の影はない。
「ミル!?……よかった、本当に治ったんだね。随分と顔色がいい。それに……立って……」
ミルヴァ・ソールリークがその足で立っている。俺に向かって歩いてくる。
その姿を目にして、初めて自分のやったことの価値を実感する。
「本当に君には驚かされるよ。金瞳を手に入れてボクたちを呪いから解放してくれたかと思えば、今度は呪いの大元の呪竜を討伐って。しかも二体同時?お伽話を聞かされているようだよ。ありがとう、ボクのヒーロー」
ふわりとその柔らかな胸に包まれる。相変わらず、良い匂いがする。本当にそこの激臭オヤジと血が繋がっているのだろうか。
「どう?この前触った時よりも張りがあると思うんだけど?肌の調子も良くなってきたんだよ?直でいく?」
「ザけんな小僧っ!ミルヴァから離れやがれッ!って、この前触ったってなァどういうゲブッ」
ミルヴァさんの放つノールックの裏拳で沈む赤毛。臭いので廊下に出しておいてほしい。あ、トーラさんに踏まれてる。顔を。
「ミルもそのくらいにしておけ。結婚の決まった身なのだから、それは少々はしたないだろう」
え?結婚?
いやあの、元気になったミルには『いろんなコト』していただく予定が……結婚?
「決まっただけでまだ独り身だからね、このくらい構わないさ。……国境でね、その、たまたま関所で働いていた元彼に会っちゃってさ……一方的に別れを告げて国を飛び出したわけだから、もう向こうも気持ちはないだろうと思ってたんだけど、ね」
そうではなかったと。
ずっと想い続けていたと。
そりゃまぁ、国中探してもちょっと見ないレベルのエキゾチック美女だもんな。しかも美巨乳。忘れ難いよな。
それで今まさにその美巨乳に俺の顔が埋まっているわけだが……これ、さすがに揉んだらマズイよね。すごい揉みたいんだけど。揉みしだきたいんだけど。
「ん?手がワキワキしてるけど……揉む?いいよ?ボクはまだしばらくは独身なんだし、そのくらいは」
「いいわけがないだろう、婚約しているのに。それに今やリオは救国の英雄であると同時に、その……」
「姫さまのー、想い人?だからねー」
「あ……そっか。それは不味いね。うん。そっかそっか」
ああ、離れていくミルの体温と匂い。アンド弾力。なんという喪失感。
て、俺とアヴィの関係ってそういう認識?帰国したばかりのトーラさんまでが?そこまで世間に知られている?
……退路絶たれてないかな?
その後は三人と、あ、赤毛はずっとトーラさんに踏まれたまま、この一ヶ月あまりのお互いの話なんかをして過ごしたわけだ。ミルと元彼の話とか、リルとソルとかいう恋人の話とか、どうでもいいアトグリムの話とか、これからどうするとか、まぁ、そんなたわいもない話を。
いや、これ、三人の惚気話を聞かされているだけだよね。って、それでいいんだけどさ。こんな時間を求めていたのだから。なんの心配もなく、今の、そして未来の話をしあえる時間を。
それにしても三人揃うと圧巻だな。アイドルユニットにしても豪華すぎる感がある三人が、リラックスした休日っぽい装い。これはクる。
俺を抱きしめてくれた柔らかな生地のブラウスにゆるりとしたワイドパンツのミル。緩めのシルエットのはずなのに出るとこ出てて、女性らしさの主張が強く目のやり場に困る。嘘、困らない。ガン見する。
ふわりとしたストロベリーブロンドのボブヘアを揺らすトーラさんはもう、若い男の見舞いに来ていい姿じゃない。白ニット。オフショル。揺れすぎ。それにタイトミニ。ヤバい。……俺、今世でミニスカート見るの初めてかもしれない。貧しすぎて貫頭衣がミニ丈、ってのはキーラス伯爵領では珍しい光景では無かったが。
で、リル。エイルリル・トーレアノン。俺の好きだった銀緑の髪のお姉さん。なんと、スカートを穿いている。初めて見るんだけど。三ヶ月以上一緒にいて初スカートだよ。ハイウエストのドレープスカートだから肌色成分控え目なのに、直視するのを躊躇うほどのエロオーラが漂う。直視しまくるけど。穴が開くほど直視するけど。アレか?この色気はソルとかいう恋人のおかげか?畜生。
この三人しか知らなかった俺が、シグルヴァード王国には巨乳美人しかいないと思い込むのもやむなし、だよね。いや、さすがに思い込んではいなかった。ただ、思ったよりもアベレージが低かったな、と。うん、失礼だね、俺。知ってる。
まあ、ウィールヴァーサさんとアーヴィルエールさんという規格外な母娘はいるが……王妃と王女だもんね。
ちなみにフェリ妹は獣人的には大変な美人らしいが……半端な猫である俺にはあそこまでケモノ度が高くなるとよくわからない。
「それでリオ、退院はいつ頃になりそうだ?」
年が明けたらエイルリル・ハールフになる予定の、なんかこう、艶々している感じのリルに問われてハッと気づく。
いや俺もうベッドに寝てる理由ないよね?
「退院するわ」
「「「「ええ!?」」」」
ベッドから降りて亜空庫から適当に取り出したズボンを穿こうと三人に背を向ける。
「「「「えええ!?」」」」
「……なに?」
「「「「尻尾!」」」」
「……ああ、まあ……こんなんなっちゃっムグ」
すんごい抱きしめられて撫でられた。三方向から。
そこまでショックを受けているわけでもないんだけどね……せっかくなので堪能させていただいた。我が世の春?いやいや全員他人のものだから。あ、臭い移っちゃうよ?
改めて尻尾を見てみると、何事もなかったかのように切断面もモフモフしてる。というか先端部分の毛量が多くなってて房毛な感じになってる。これはこれで愛嬌があるんじゃないの?いや、愛嬌はいらないんだけど。
ひとしきり撫で回されたり撫で返したりした後、ようやくズボンを上げて上着を羽織り下穿き姿から御曹司モードにチェンジ。
「へぇ……どうしてどうして。なかなかだね。どこぞの貴族のお坊ちゃんに見えるよ」
「顔立ちは可愛いからねー。黙って目を閉じてれば御令息風なんだよねー」
「目を開けちゃダメなのかよ」
「視線がエロすぎるからねー」
ならばもう少し慎しみ深い装いをしていただけませんかね。
今日のトップスもオフショルダー通り越して半脱ぎみたいになってるんですけど。谷間見えすぎですけど。
そんなファッションで反感買わないのかな。世の膨らみが控え目な女性たちに。
ほら、あの、なんだっけ、そう、シニスとか。いたよね?シニス。なんか地味顔の。
……あれ?
なんかあの衛兵っぽいの……あれ?
あのモブい顔って、あれ?
「もしかして……そこの制服姿は……シニス?」
「……はぁ?」
「あ、違った?」
「違わないけどっ!なにぃ?リオくん今気づいたのぉ!?アタシずっと一緒に談笑してたつもりなんだけどぉ!!」
いや、この衛兵なんだか距離が近いな、とかは思ってたけど。一緒に笑ってるし。てか、ハナシ聞いてんじゃねえよ、馴れ馴れしい、くらいには思ってたな。
「いや、そんな格好してるし」
モブ顔が制服着用で更なる無個性化。よく思い出せたなと自分を褒めてやりたい。いや褒めてやろう。すごいぞ俺。
「なんでちょっとドヤ顔してるのぉ!?ムカつくんだけどっ!この服はケルノン商会で護衛として雇ってもらってその制服で、って制服着たくらいでわからなくなるぅ!?死線をくぐり抜けた仲間でしょおぉ!」
すっごい顔してんなぁ。小さな目が無理やり見開かれてて怖いぞ。いつもその顔なら忘れないのにな。
「え、じゃあ、僕のことにも気づいてなかったのかな?チラチラ目が合ってたと思うんだけど」
そんなことを言う病室の入り口そばに所在無さげに立っていたヒョロガリな衛兵はアレだ。えーと、アレだ。
「いや、冗談に決まってるだろ?最初から気づいていたよ。シニスと、その、ほら、彼氏だろ?久しぶりだな」
「待って!?僕の名前忘れてる?そんなことある!?嘘だよねえ!!」
「何を言ってんだよ。忘れるわけニャイだろ」
「……」
「……」
「……いや言って?忘れてないなら僕の名前言ってよ!」
全然思い出せなくて噛んだ。マズい。ほら、なんかこう、連想ゲーム的にほら、思い出せないかな、俺。……無理っぽいな。
「……本当に忘れてるんだ……」
「忘れてるわけないだろ……ポール?」
「「誰それ!?」」
仲良いな。
いや、よくいるだろ?ポール。ほら、マッカートニーとか牧とか。まあ、俺も今世では聞いたことないけどな。ほら、こっちにはキリスト教由来の名前って無いわけだし。偶々一致することはあるかもだけど、ポールもジョンも聞いたことないんだよね。
って、涙目になってる!?
「泣くなよクラム。冗談に決まってるだろう」
「「ヒドくない!?」」
ギリ思い出した。危なかった。
トーラさんの「絶対忘れてただろー」って半笑いの顔がイラつく。
……制服なんだから名札くらいつければいいと思います。
「ちょっ!どうなのそれ?勲章を授けるのにそんな嫌そうな顔されるの初めてなんだけどっ!そんな嫌なの?勲章が?え?もしかして僕?僕が嫌なの?えー?それは傷ついちゃうなー」
ウザい。勲章も陛下もどっちも嫌。すごく嫌。
シグリエルへ帰還。
大泣きする王妃殿下に撫で回され抱きしめられ、ヤキモチ焼いたプンスコ王女殿下にも抱きしめられ、やはりなぜか大泣きのギヌ軍団長にまで抱きしめられた俺は、そのままギヌ軍団長に連れ去られ王城の謁見の間で勲章を授与されようとしていた。
あ、身体は洗ったよ。リングリアを発つ前に、それはもう念入りに。どことは言わないが裏側まで。だから多分もうスバン臭はしてない筈だ。クラムに嗅がせたら「う、う?うーん……まぁ?」と言っていたので大丈夫だろう。大丈夫か?
勲章なんていらないから、とは言ったんだけどね。
シニスがね、「リオくんが受けとらないとアタシたちも貰い辛いんだけどぉ」って言うからさ。いや、そんな勲章とか欲しい?って訊いたら、どうやら勲章にくっついてくる報奨金目当てらしいです。「新婚で物入りなのよぉ」って。ちなみに、種族による平均寿命の差が大きいからか、終身年金とかはないそうです。
で、想像の10倍カジュアルな感じでウザエルフな王様から「はい手ぇ出してー」と雑に勲章を渡されているわけだ。
あまりの雑さに陛下の後ろでアヴィは苦笑い、王妃殿下は……青筋立ってますね。
「そこのほら、丸いところ、うん、そう、そこに指当てて魔力流してみて」
スマホの指紋認証かよ。
「んニャッ!?」
なんかミョンって出た!?ホログラム?すげぇ!かっこいい!ホロ勲章!
「ちょっと勲章もらってよかったかも、って思った……かも?」
「えー?そこで?うん、まぁ、いいけど。じゃ、ハイ、あげました。それ『紫龍勲章』ね」
「「「「「おおおおぉっ!!」」」」」
え?あれ?ギャラリー多い?こんないたっけ?
振り返ると、知った顔も知らない顔も、いつの間にこんなに沢山、もう、この大広間を埋め尽くすほどの人数が俺に向かって歓声を上げていた。
こんなに喜んで貰えるなら、ああ、泣いてる人までいる、そうか、これは受け取ってよかったんだろうな。
「あ!いいこと思いついちゃった!お披露目かねて模擬戦?模範試合?っぽいのやっちゃお!呪竜二体討伐しちゃったからね、すんごいパワーアップしちゃってるんじゃない?みんなもハドリー君のこと興味津々だと思うし。うわ、いいね。いい考えだよね!はい、決定!」
「「「「「ぅおおおおぉーっ!!」」」」」
ぅええ?
「じゃあ!期日は三日後!そう!冬至祭りのメーンイベントでぇ……」
「「「「「……」」」」」
そこにはノリノリで右手を振り上げたまま凍りついたハルムバルド陛下の姿があった。
そうだよね、冬至祭りはアヴィと約束してたもんね。
うん、まぁ、怒るよ、ね。
……そんな顔もするんだね。




