リベンジ:戦後半 救済
カンベリ方面へと飛んで行ったアカネを見送り、落下する俺。
着地のことは心配ない。
俺の足が地面につく瞬間に『ヴァルカンブーツ』の『爆破鉱』パーツを爆破させればいいのだ。ダメージを無効にし、ノックバック小をのみを与えてやれば……。
「よっと。着地成功」
この通り、無傷の着地だ。
ノックバック小のノックバック距離は2m。
地面スレスレで下からノックバック小を与えると2mほど上昇の後に再度落下。だが、俺の装備であれば2mの落下などダメージにもならない。
俺が無事に着地を決めたことによりレッドプレイヤー達はとんでもないものを見たような顔で立ち尽くす。……ただ一人を除いてだ。
「くくくっ。面白い!実に面白いですねぇ!」
そう言うのはチオウだ。
「そりゃ、どうも。だが、いいのか?お前らの頭はどっか飛んでっちゃったみたいだけど」
「あぁ。別にいいですよ?頭なら直ぐにこちらに戻ってくるでしょうし」
「そうだろうな。ならば、帰ってくるまでにお前らを倒せばいいだけの事だっ」
俺はチオウ目がけて『爆破銅:飛ノ型』を投擲した。そして、直撃をくらったチオウを爆破ダメージとノックバックが襲う。
「無駄ですよ?私には効きません」
だが、その攻撃を受けても、チオウは無傷でそこに立っていた。
「へぇ。どんなカラクリなんだ?」
「貴方に教える義務はありません。皆さん、私さえ生きていれば頭が彼を倒してくれるでしょう。一斉に遠距離型の攻撃を仕掛け続けなさい」
チオウの言葉により、大勢のレッドプレイヤー達が魔法や技能を俺に放つ。
「じゃあ、試運転も兼ねて……『無重力飛翔』」
そのキーワードを口にした俺は勢いよく、レッドプレイヤーに向けて吹き飛ぶ。相手の攻撃に突っ込む形でだ。
俺とレッドプレイヤーの放った魔法が衝突しようとした、その瞬間、『爆破鉱』を起爆させ魔法を避ける。そして、再度『爆破鉱』を起爆させ、そのまま直進する。
見ての通りではあるが、『無重力結晶』で無重力化した俺の体を『爆破鉱』のノックバックで方向性を与えて自在に飛翔するというのが『無重力飛翔』だ。
『アイテム効果支配』を持たないプレイヤーには絶対に真似できない高速戦闘法だろう。
何せ、『爆破鉱』に衝撃を与えずに起爆させることは出来ないし、出来たとしても、爆破ダメージを受け続けてHP全損が関の山。
防具の爆破にしてもそうだ。
衝撃を与えても爆破しないのは『アイテム効果支配』によるものであり、爆破させたところで服への爆破ダメージが入って更なる防力減少に繋がる。加えてアバターの肌を晒すこととなる。
本当に『アイテム効果支配』様々だ。
俺は空中を駆けながら『爆破銅:飛ノ型』をレッドプレイヤー達へと投擲した。
もちろん、『無重力結晶』の効果時間が切れ次第、再度、無重力化させて攻撃を続ける。
それから、ものの数分で五十ほどのレッドプレイヤーを仕留めた。だが、未だにチオウは無傷だ。そろそろ仕留めて置かないと逆転の策を思いつくかもしれない。
チオウ目掛けて空を翔る。
そして、『銅の剣』を構え、それをチオウ目掛けて深々と突き刺した。
「そう来ると思っていましたよ?」
チオウはそう言い俺の手を掴んだ。
すぐ様に『爆破鉱』を起爆し逃れようとするが、俺の体はチオウから離れることは無かった。
なるほど。
これは一本取られた。
無重力状態の俺が無重力状態でない人間に掴まれた場合、それから逃れる術はない。
剣を刺してもダメージを負わない相手なら尚更だ。
暫くして無重力状態の効果が消える。
「で、仲間にこのままの状態で自分ごと俺を倒させようって魂胆か?」
「いえ、それをした所で、貴方はそれを対処できてしまうのでしょう」
「無論だな」
俺が持つ様々なアイテムの効果を使えば可能だ。
それを見越しての返答だろう。
「で、取引をすることにしました」
「聞くだけ聞こう。お前の持つユニークも察しが着いたしな」
おそらく、チオウのユニークは仲間にダメージやノックバック等のあらゆる攻撃を肩代わりさせる能力を持っている。チオウに剣を突き刺した間に二名ほどのレッドプレイヤーが消滅エフェクトを散らしながら倒れたのだ。間違いはないだろう。
「で、取引内容は?」
俺が取引内容の催促をすると彼は話を続ける。
「頭……アカネさんを救って欲しいのですよ」
「どういうことだ?」
「アカネさんは現実世界で受けた理不尽をAWOで発散しているのです。無論、私たちもそうです。だが、分かってしまったのですよ。こんなことをしても現実世界に戻った時、さらに辛くなるということをです。それを発散するために、また、AWOで理不尽にを行使する。これは延々と続く負の連鎖です。そんな彼女を貴方なら救えるかと……そう思ったのですよ」
話はわかった。
だが、なぜ俺なんだろうか。
「なぜ自分にと思いのようですね……それは貴方が他のプレイヤーの誰よりも楽しんでいるように見えたからです」
「否定はしない。誰よりも楽しんでると本気で思ってるからな」
「そうでしょうね。だからこそアカネさんに楽しさを教えてあげてもらいたいのですよ。あの娘に必要なのは理不尽を受けた憂さ晴らしをすることではなく、楽しむことです。誰よりも楽しんでいる、貴方なら、きっとできるはずです」
チオウと話している間にも、次々とレッドプレイヤー達が消滅エフェクトを散らし倒れていく。
最後のレッドプレイヤーもどうやら力尽きたようだ。
「頼み……ましたよ」
チオウはそう言い他のレッドプレイヤー同様に力尽きた。
「勝手だな。……だが、頼まれた。俺が責任をもってアカネに楽しさという物を教えてやろう」
そう言ってアカネを待つ。
待つこと数分。
ステータスお化けである、アカネが帰って来るのには、あまり時間はかからなかった。
だが、全速力でこちらに向かったのだろう。アカネの息は上がっていた。
「ぜぇ、ぜぇ……。皆は……どうしたの」
「ああ。倒したぞ。最後にチオウに頼み事を託されたがな」
「チオウが?……何を頼まれたかは知らないけど仇は打つわ」
「まぁ、待て。走ってきて疲れてるだろ?少し話でもしないか」
アカネは俺の言葉に驚いた様子でありながらも了承した。彼女とで万全の状態でない戦闘をするのは望むところではないのであろう。
「話と言っても私から話すことはないわよ?」
「いや、俺が持ちかけたとだし俺が話題ふるよ。で、今日の晩飯は何にするつもりなんだ?」
「は?」
今日は土曜日。
朝からログインしているが、俺は昼は食べていない。装備制作に没頭していたからな。そんな訳で話の掴みを晩飯にしたのだ。
当然、なんの脈略のない話にアカネは戸惑うばかりだ。
「いいから。今日の晩飯は?」
「……カップ麺よ」
「それで大丈夫なのか?栄養バランスくらい考えろよな。因みに俺の晩飯はハンバーグとシーザーサラダだな」
「私が何を食べようと勝手でしょ!いいわよね、あなたの年頃だとお母さんがご飯作ってくれるもの」
なかなかに嫌味な返答だ。
彼女は一人暮らしかつ、社会人って所だろう。
「いや、自分で作るつもりだ。察しの通り、俺は学生だ。だが、両親が自由人でね。子供の俺、一人置いて世界旅行に出かけたから家事も一人でやっている」
「……本当に理不尽な世の中ね」
アカネは何処か遠い目で答えた。
「そうでも無いぞ?両親は俺が本気で嫌がることはしないからな。どうせ、ゲーム一つで俺の機嫌が治ることも、お見通しさ」
「それでAWOを始めたのね?」
「そういうことだ。で、つい先日にここに来た時にアカネらに手酷くやられてな」
アカネは少し考える素振りを見せる。
「……あの時の初心者ね」
「そうだ。くっそ理不尽だったぞ、お前ら」
「お褒めに預かり光栄ですわ」
アカネは嬉嬉として答えた。
「で、リベンジしに来た訳だが……結果どうよ?」
「……惨敗ね。今から戦ったところで私は貴方に勝てないと思うわ。悪役ロールして私自身が理不尽になろうとしたけども、子供一人にすら勝てないなんて、結果この世界も理不尽なんだわ」
先程の喜ぶ様子から一変。
再度。遠い目をする。
一応、アカネなりにAWOを楽しんではいるように思えた。だが、現実のしがらみと自らに決めたロールプレイのせいで楽しみかたが限定されているのだろう。
「じゃあ、悪役ロールやめれば?」
だからこそ、言ってやった。
「理不尽を行使することによって、現実世界から受ける理不尽の憂さ晴らしをしていたんだろうけどさ。それ、根本的な解決法になってないじゃん。ただ、心の限界の先延ばしだ」
「……なら、どうしろってのよ」
アカネ本人もとうに気づいていたのだろう。
学生である俺に現実を打ち付けられ、メンタルもボロボロな状態だ。こういう時、手を差し伸べてくれる相手がいるだけでも救いになるのだと俺は思う。
「現実世界でどうなのかは知らないけどさ。この世界では本気で楽しめばいいんじゃないか?AWOのAnother Worldの意味って別の世界じゃん。現実世界と同じに考えるなよ。別の世界なんだし」
「でも、現実世界でのことは無くならない。嫌でも戻らないと食べてすら行けないもの」
アカネは消え入りそうな声で言った。
「ならば、とことんAWOを楽しめ。現実世界での理不尽すら忘れる程に楽しめ。現実世界での理不尽もAWOがあるから乗り切れるって思えるほど楽しめ。俺なんかAWOをプレイするのが楽しみで仕方がならないぞ?学校も宿題も家事もはっきり言うと面倒だし、やりたくない。だが、やる。やり終えれば、文句言われずAWOをプレイできるからな……ちがうか?」
「……ちが、わないと思う。でも普通の楽しみ方なんてわからないわ」
そう言うと思っていた。
理不尽に囚われすぎて、憂さ晴らし以外の普通の楽しみ方を知らないのだろうと予測していたのだ。どうやら予測は当たりらしいな。
「なら、俺が教えてやるよ」
「へ?」
アカネは驚きの声を零しながらも、俺に向けて期待の目を向けていた。
ここからは俺の気持ちを全力でぶつけてやるつもりだ。
「今、アカネと会話していて俺は凄い楽しい」
「ふぇ!?」
俺は笑顔で言ってやった。
俺の発言にアカネは顔を真っ赤にして驚いた。
その後、口元を隠し、俺に表情を読ませないような素振りを見せた。
母曰く、俺に笑顔で褒められると大抵の女性は喜ぶらしい。理由はわからんが実際、効果があることは、これまでの生活で検証済みだ。
その後も、俺は、アカネを褒め倒す。
「アカネにやられて良いアイディアが浮かんだ。製作が楽しかったぞ」
「アカネの装備のデザイン少し真似していいか?デザインのレパートリーが増えたら、もっと楽しくなりそうだしな。それと、凄い似合ってるぞ」
「さっき、アカネと戦った時も凄い楽しかった」
様々な褒め言葉を言ってやった。
もちろん、楽しさを教えるために「楽しい」と言う言葉を必ず一つは使った。
俺が褒める度に、アカネは変な声を上げ顔を赤く染めていた。
「可愛……じゃなくて、すごい破壊力だわ」
「なにが?」
「な、なんでもないわ!!」
なんでもないか。
やっぱり、俺には荷が重過ぎたのだろうか?人の心を救うのは高校生には難しい問題だしな。
そんなことを考えながらも最後の褒め言葉を放つ。
「アカネと仲良くなれたら、今後もっと楽しくなると思うんだ。良かったらフレンドになってくれないか?」
「……ずきゅーん」
俺の最後の褒め言葉を聞いたアカネは惚けながら、つぶやくように言ったのだ。
とは言え、「ずきゅーん」とは一体なんとことだろうか。
ずかずかとアカネの心に踏み込んではみたが、踏み込みすぎてアカネの何かを壊してしまったのだろうかと心配になった。
「だ、大丈夫か?」
俺は恐る恐るアカネに聞いた。
「う、うん。……もう大丈夫」
「そうか。で、楽しみ方はわかったか?俺がアカネと接して楽しいと思ったことを一通り言ったつもりだが」
アカネはモジモジとした様子で答える。
「そ、それも大丈夫そう。一つ楽しみを見つけてしまったわ」
「そうか。一応聞くがどんなものなんだ?」
「言えない!秘密よ!!秘密なの!!!」
「そ、そうか」
やけにひた隠しにするが、詮索するつもりはない。
なんであれ、楽しみを見つけたのだ。大丈夫と言うアカネの言葉を信じよう。
「ともあれ、これで戦う理由も無くなったな」
「そうね。……それとさっき答え、フレンドになってくれってやつ。いいわよ。わ、私の楽しみに繋がることだし」
「ん?そうか。何あれ、楽しむのに俺が必要なら手を貸すぞ。俺もアカネ遊べるのは楽しみだしな」
「もぉ~~っ!!……可愛すぎるわよ」
アカネはひとしきり唸ると最後に何かを呟いた。
「何がだ?」
「なんでもない!!」
こうして、レッドプレイヤー達とのリベンジ戦は幕を終えたのだ。
その後、アカネはカンベリの教会で罪を神に告白し、全財産を捧げる。これにより、アカネの頭上のカーソルは一般プレイヤーと同じ緑色にもどった。
晴れてレッドプレイヤーではなくなったのだった。
余談だが、アカネがPKから足を洗ったことにより、レッドプレイヤーの総数が激減することになったのは言うまでもない。