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時が経つのは早いですね…
学校が始まるまでの間、アリシアの専らの仕事は情勢やマナー、勉強などの予習だ。
その合間に、アーロンが抱えている次期領主としての案件の概要の把握。
ちなみにこれについては、アーロンが直々に教えてくれている。
そして。
「これが、学園の制服…!」
思わず鏡の前でくるりと回る。
ふんわりと広がったスカートは、すぐに足元に収まった。
男子制服のブレザーと同じく、五色の中から好きな色を選ぶことができる。
アリシアはアーロンに合わせ、グレーを選んだ。
深みのあるそれはやや光沢があり、陰影を作る様はため息が出るほど美しい。
「よくお似合いです、お嬢様」
微笑ましげにその様子を見ていたマリサの言葉に、アリシアも満足げに頷いた。
胸元に右手を置いて、ほう、と息をつく。
「早く帰ってこないかしら…」
まだ昼過ぎだ。
まだまだかかると分かっていても、気持ちは急いた。
マリサも分かっているのだろう、クスクスと笑う。
「ねぇマリサ。この格好でアーロンを出迎えたいのだけれど」
「ふふ、かしこまりました」
「アーロン、何て言ってくれるかしら」
期待に胸を膨らませれば、「そうですねぇ」とマリサも首を傾げた。
「きっとお嬢様が根を上げるまで、褒めてくださると思いますよ」
アーロンが帰宅すると、いつもはすぐに姿を見せるアリシアの出迎えがなかった。
首を傾げれば、執事のダニエルが笑みを深くする。
「お帰りなさいませ。アリシア様でしたら――」
「アーロン、お帰りなさい!」
ダニエルの言葉に被さるように、喜色を湛えたアリシアの声が響いた。
ハッと顔を上げ、階段を降りてきた姿に息を止める。
はにかむアリシア。
その姿は、普段彼女の好む、甘さを滲ませたシンプルな装いではなく。
「似合う?」
ふふ、と笑いながら首を傾げたその姿に、無言で近付く。
あまりに何も言わないからか、アリシアが少しだけ不安そうな顔をした。
構わず目の前に立つと、彼女の両手を包み込むように握る。
「やめよう」
「?」
「学園に通わなくていい。一年後に俺とロレンソに帰って、結婚しよう。アリシア、君は可愛すぎる」
「まぁ…」
「アリシアを残して戻っても、仕事が手につかない。ロレンソの人たちは君が俺の婚約者だと弁えているからまだ安心できていたけど、王都じゃそうもいかない」
冗談を言われたと思ったのだろう、クスクス笑うアリシアをじとりと睨んだ。
生憎と、アーロンは本気なのだ。
「笑い事じゃない。君はもっと自覚してくれ。こんな可愛らしくて、真面目で、教養もユーモアもあって、しかも辺境伯家の一人娘だぞ。君と結婚したがる男は山のようにいる」
「アーロン…」
ほんのりと頬を染めた姿がまた愛らしい。
本当は、仲間内にすら紹介したくないほどだ。
婚約者のいない男には特に。
うっとりとした様子で、アリシアが小首を傾げた。
「それでも、私が結婚したいのは貴方だわ」
「!」
「気が気じゃないのは私もよ、アーロン。貴方はこんなに格好良くて、知的で努力家で、優しい人よ。女性ならば、誰でも貴方に相手をしてほしいと思うはずだわ」
ふふ、と笑みながらアリシアは続ける。
「でも、嬉しいわ。貴方にそこまで想ってもらえるなんて。婚約者冥利に尽きるわね」
「アリシア…」
頬をわずかに上気させ、雰囲気からも嬉しさが伝わってきた。
焦りは落ち着き、眉尻が下がる。
「だが、俺は本気だからな。一年後に一緒に帰ること、ぜひ検討してくれ」
「ええ、分かったわ」
いまだ笑い止まぬアリシアに、本当に分かったのだろうかと不安になった。
(まぁ、最悪はフェリシアナ様に願い出ればいいことか)
側近の一人とはいえ、アーロンはロレンソを継ぐ身だ。
ありがたいことに、フェリシアナとの仲も良好で連絡や願い事もしやすい。
彼女の学友として側にいることになるアリシアのことも、個人的に話していた。
『貴方の掌中の珠と共に過ごせるのが楽しみだわ』
そう笑っていたフェリシアナ。
やや寂しさを滲ませたそれは、自身の婚約者を思い出したからか。
アーロンはわずかに浮かんだ苦さを飲み込んで、アリシアに微笑み返した。