オストラント連邦成立
ニブルヘイムとムスペルヘイムの戦争から一ヶ月後、独立を勝ち取ったエゲリアでは、様々な事が決められていた。
エゲリア人以外も多くいる多民族国家なので、国名はムスペルヘイムの東ということで東の土地連邦になった。
多民族国家という体裁と配慮を見せるが、内実はそうでもない。
連邦大統領はエゲリア人、連邦構成国で最も人口、国土があるのはエゲリア共和国。
議会の多数派はエゲリア人で、政府はエゲリア集権主義的である。
そのような状況に異を唱える人は当然存在する。
ヤヌス人のガストーニ、ベンディス人のペルシエ、アナヒット人のカラハンの三人が、猛然と反対した。
彼らはもともとそれぞれの民族の自治を訴えており、アルトゥールを支持していた時期もあった。
しかし自治は実現せず、先の戦争でエゲリア地域の独立主義者も巻き込み、彼らの先頭に立って独立を勝ち取った。
だが目の前の現実はどうだ。
彼ら少数民族に与えられたパイは小さく、エゲリア人が横取りした結果となっている。
「この独立は誰によって成し遂げられたか。それはエゲリア人だけであった。そうなのですか?」
議会でペルシエが揶揄するように、連邦大統領ジュゼッペ・トリスターノに迫った。
トリスターノ家はムスペルヘイムに併合される以前のエゲリア王国の侯爵家で、先祖はムスペルヘイム=エゲリア帝国成立時に、名目上独立したエゲリア王国の首相になっている。
「無論この国にいるあらゆる民族のおかげです」
「ならば諸民族は平等に扱われるべきだ。それにエゲリア人は最も多いが過半数ではないことを忘れてはいませんね?」
「もちろんです。きっとあなた方はエゲリア人以外の諸民族をたぶらかし、騙された彼らと合わせて多数派を形成するでしょう。これでは多数のエゲリア人の利益は損なわれ、健全な議会、いや民主主義とは言えないでしょう」
挑発的なトリスターノの言い方に、議会にヤジが飛び交う。
「我らヤヌス人もエゲリア人だ。なぜなら同じ民族なのに、住む土地が平地か山地の違いで、勝手に分け隔てられたからだ。母語もエゲリア語と方言程度の違いしか無い。異なる民族だというなら、広範な自治を求める闘士として、あなたに歯向かい続けるでしょう」
ガストーニの発言に、ヤヌス・ナショナリスト系議員と親エゲリア系議員からの罵声と称賛の声が両方彼に浴びせられる。
議会は混乱の渦中に投げ込まれた。
エゲリア人議長は静粛という言葉を連呼するが効果がない。
トリスターノの目配せによって、議長は議会閉廷を宣言した。
翌日、オストラント連邦首都アウローラで、カラハンが主催する非エゲリア人代表会議が開催された。
参加した民族は、ベンディス人、アナヒット人、ヤヌス人、ルーン人、その他二つの民族だ。
「トリスターノ大統領はエゲリア人以外の民族は眼中にない。ルーン人は同盟国としてエゲリア人と同等の扱いを受けるでしょうが」
ルーン人代表者エーベルトをチクリと刺した。
「だが我らルーン人は西部と大都市にしかいない。この国では少数民族であることには変わりない」
「だが優遇はされる。そこが他の民族とは異なる」
「ではヤヌス人はどうなる?」
エーベルトはカラハンに反論をぶつけた。
急に槍玉に挙げられ、ヤヌス人代表ガストーニは動揺した。
「私の魂は諸民族とともにある。エゲリア人だけのものではない」
「エゲリア人と同等の待遇を与えられるなら、他の民族などどうでも良いのだろう?」
カラハンは昨日の議会での発言を批判した。
「もしもヤヌス人にだけ待遇改善を約束すると言われたらどうする?」
「私はヤヌス人の代表者。民族の利益のためにその約束を信じよう」
「エゲリア人に魂を売るつもりだ! この国の歪みをなんとも思わないのか!」
カラハンはテーブルに拳を叩きつけ怒りを顕にした。
「お前たちとは付き合いきれん! 一生足の引っ張り合いをしていればいい!」
ガストーニは席を蹴って出ていった。
「私個人としては、オストラントの未来を考え、他の民族と歩調を合わせたい。しかしガストーニと同じく民族の代表者だ。もしも今の立場を失えば、その時味方として加勢しよう」
エーベルトは静かに席を立った。
「エゲリア人は多数派として、我らに真の自由を与えないだろう。その時あらゆる手段をもって立ち向かうことを誓えるか?」
先程のガストーニとエーベルトを見たカラハンと参加者たちは、民族間の断絶を感じている。
非常の手段を視野に入れなければいけないほど、危うい状況にあることを認識させられた。
「誓おう」
ペルシエが誰よりも早く手を上げた。
それを見た他の代表者も追随する。
この会議をもって、「自由民族連合」が結成されたのであった。




