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リトネカルタ  —おいしい世界の作り方—  作者: 猫能しろ
第2章

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第2話 朽ちる命を未来へ繋ぐ術

ぼんやりと目を開けると、いつのまにか粗末な寝台の上で寝ていた。頭を押さえながらゆっくり体を起こすと、腰がめちゃくちゃ痛い。ここはどこだろう。


(あれ、私なんでここにいるんだっけ?確か野原でお昼ご飯を食べててそこで……あ、あの親子は?!)


ふいに人の気配に気が付いて横を向く。


「ひゃっ」


すると寝台の枕元に、長い手足を組んで優雅に座るアルシアスがいた。城にいた時の礼服とも騎士の鎧とも違う、シンプルだけど上質な旅装束だ。腰には細い革のベルトがあり、剣が下がっている。どれも動きやすそうで飾り気は一切ないのに、なぜかその姿はひどく様になっている。


「…………」


透き通った紫色の瞳を見た瞬間、アルシアスがものすごく怒っているのがすぐに分かった。だって、無駄に笑ってるし。短い付き合いだけどわかる。アルシアスって絶対怒ると無言で笑うタイプ。私は白いシーツを両手でぎゅっと握りしめ、何を言ったらいいのか、一生懸命その場で頭をフル回転させた。


「……えーと、あの、そのせつは」

「おまえには失望した」


うっ。

アルシアスにバッサリ切られ、厳しいその眼差しを受けて、私は力なくがっくりうなだれた。アルシアスたちに相談もせず、勝手に動いた私が全部悪い。


「コロ、おまえの考えなしの行動で、危うく全員が巻き込まれそうになった。それだけではない。誰かが犠牲になる可能性もあったんだぞ」

「……はい」


ということは、あの親子は助かったんだ、よかった。心の中でほっとする。アルシアスは静かに立ち上がると、私の顔を間近で覗き込む。


「俺たちはおまえの護衛だが、おまえのすべてを尻ぬぐいする係ではない。それはわかっているな?」

「……ごめんなさい」

「ちゃんと反省できるのは良いことだ。だが、それは言葉でなく行動で示せ」


正論すぎて、言い訳すらもさせてもらえない。どーんと落ち込みすぎて下を向いたままでいると、寝台の木が軋む音を立てた。アルシアスがベッドの脇に移動して、確かめるようにそっと私の頭の後ろに手を当てる。


「大きな怪我はしてないようだが、気分は悪くないな?」

「うん、大丈夫。擦り傷くらいだしどこも痛くないよ」


いつの間に擦りむいたのか、指に軽い傷がいくつかできていた。でも全然痛くない。両手を開いて見せると、アルシアスが私の手を引き寄せて眉を顰めた。


「……せっかく女に生まれたのに、傷をつけるなどもったいないぞ」


え?この人は何を言ってるんだろうか。その言葉はむしろ、顔面国宝みたいなあなたにこそ言うべきではないのかな?手を取られたまま、私たちはしばらく無言で見つめあった。なんだか妙に間の抜けた沈黙が、しばし流れていった。


ぐぅぅぅぅぅぅ~~。

静かな空間を、私のお腹の虫が盛大に切り裂いた。


「お腹へったぁ」


ついつい出てしまった私のひと言に、アルシアスはあきらめたように上を向いて、大きなため息をついた。


「来い、ここは海辺の町アマルだ。みなに紹介する」

「うん、わかった。そういえばネモは?……」


いつもアルシアスの側にピッタリと寄り添っているネモの姿がみえない。


「あれ?ネモって……」


そこまで言って気が付いた。あの時。私が崖から落ちそうになった時に助けてくれた黒くて大きな朱い目の獣はいったい――?もしかして。無意識に答えを求めて、入り口に立つアルシアスを見つめた。だけど、アルシアスの答えはそっけなかった。


「ネモのことが気になるか?ならば、直接本人に聞けばいい」


言われてみれば、そりゃそうか。私はベッドから出ると、急いでアルシアスの後を追う。海からの風を受けて、アルシアスの濃紺の短い外套がふわりと揺れた。



簡素な造りの木の小屋を出ると、そこは一面の白い砂浜だった。遠くの船着き場には、2人くらいが乗れそうな小さな船がいくつも停まっている。でも所どころ塗装が剥げているし、干してある古びた網は、ほつれて小さな穴が開いていた。ぐるりと見渡すと、先ほどいたような木の小屋が十数軒、ポツポツと建っているのが見える。もしかするとさっきまでいたあの場所は、誰かのお家だったのかもしれない。


「おねーちゃーん!」


可愛らしい声が響き、声のした方を振り向く。遠くの浜辺から、小さな女の子が小走りで駆けてきて、私に抱き着いた。野盗に襲われていた子だ。相変わらず黒一色の軽装に身を包んだネモの姿も近くに見える。腕と脚につけた細い革の防具以外、余計なものはほとんどなく、とにかく身軽そうだ。


「もう起きて大丈夫?あのね、ミミとお母さんを助けてくれてありがとう」


曇りのない、まっすぐな瞳に見つめられて、胸がきゅうっとする。その場で膝をついて、思わず抱きしめ返す。


「ミミちゃんて言うんだ。大丈夫だよ。無事でよかったね」

「――私からもあらためてお礼を言わせてください。騎士団長様、みな様、私と娘を助けていただき、本当にありがとうございました」


少し遅れてやってきた少女の母親は、魚の脂で汚れた白いエプロンを握りしめ、慌てて片足を後ろに引いた。それから深く腰を落として頭を下げる。遠くから見た時は若く見えたけれど、擦り切れてくたびれた頭巾や、日に焼けた目元の深い皺から、ここでの暮らしが決して楽ではなく、苦労している様子が見てとれた。


「気にするな、大したことではない……しかし、この町はずいぶんと寂れているようだな」

「……はい。ここのところ海に出ても、魚がほとんど獲れなくて。それで山に入るんですが、野盗が出るようになってしまって、娘を連れてはとても……」


母親は、言いづらそうに現状を話してくれた。こんなに素敵な海の町なのに、魚が食べられないなんて。そう思うといたたまれない気持ちになる。アルシアスは話を聞きながら何かじっと考え込んでいるようだった。


「わかった。山の通り道は警備を強化するように手配しよう。ところでこの町には、特別な料理や、昔から伝わるレシピなどはあるだろうか」


なるほど。アルシアスはカードのヒントを元に、レシピが発見できると考えてるのかもしれない。


「料理……ですか?いえ、特別なことは何も。あ、でももしかしたら町長のカーラ様なら何かご存じかもしれません。ご案内いたします。こちらへどうぞ」


私たちは母親について、さっそく町長の家へと向かうことになった。いつの間にか隣に来たネモは私をチラッと見て、ぷいっと、わかりやすく顔を背けた。無視されるのは予想してたけど、実際にやられるとちょっとだけ傷ついてしまう。でも、ふいにアルシアスに言われた言葉を思い出す。


――言葉でなく行動で示せ


そうだよね。


「待ってネモ。あの、この前は勝手な行動で迷惑をかけてごめんなさい」

「……」


ネモは、頭を下げた私を黙ったまま見ている。強い風にあおられているのに、こんな時でも、ネモは風にも揺れない静かな佇まいのままだった。


「あの……」


もしかして、あの時助けてくれた獣はネモなの?ネモは一体何者なの?本当は聞きたいことは山ほどあったけど、それは全部胸の奥に仕舞った。だって、私はネモにもアルシアスにも、信頼なんてしてもらってない。そんな私が、ずかずかと簡単に立ち入ってはいけないと思うから。


「私、頑張るから!ちゃんと行動で返せるように。カード探しも。見ててください」


両手を肩の前にあげて、握りこぶしを固く握って宣言した。ネモにというよりも、これは自分自身への誓いだった。


ネモは表情を変えず私から目をそらし、ぼそっと呟いた。


「……勝手にしろ」

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