第5話 旅にでる理由
「リトネカルタのカード回収任務だが、王より直々に勅命を下された」
アルシアスの広い執務室で、私はあらためて話を聞いていた。イメージ通りというかなんというか、白を基調とした部屋はさっぱりとしていて、机と椅子、それに壁には難しそうな本が整然と並んでいる。
「メンバーはコロ、それに護衛として俺とネモがついていくこととなる。勅命なので断るという選択肢は存在しない……だが」
アルシアスは机の上に長い指を組んで、一呼吸おく。
「できるだけ無理強いはしたくない。お前たち自身の意見を聞かせてほしい」
「無論、アルシアス様に同行します」
ネモが間髪入れずに即答した。さすがアルシアスの側近。短い付き合いだけど、ネモのアルシアスに対する忠誠心は私にも十分すぎるほどわかっていた。で、私の答えはというと――。
「はい、絶対行きたいです!楽しそうだし」
両手を上げて宣誓した。だって、この世界の人たちが、どんなものを食べているのかすごく興味があるし、未知の食材や料理に出会える旅なら、めちゃくちゃワクワクしちゃう。私の言葉に、アルシアスはあきれたように額に手を当てた。
「おまえな、遊びに行くわけじゃないんだぞ。外は城の中のように安全ではない。街道の治安は最悪で、野盗も魔獣も多い。しかも国境付近で海賊が暴れているとの情報もある。命がけの旅だぞ」
その言葉を聞いて、上げた両手が徐々に力なく下がる。なるほど、楽しいばかりじゃないのね。アルシアスたちが護ってくれるみたいだけど、なるべくみんなの迷惑にならないようにしないと。
「まあいい。引き受けてくれたことに感謝する。さっそくだが今夜は出発前に晩餐会が開かれる予定だ。通常はこんなことはないが国家を懸けたプロジェクトだしな。ということで、コロ。おまえもしっかり準備をしておけよ」
え、ええっ。またあのヒラヒラの動きにくいドレスを着るのか。苦しいし、いやだなぁ。できるなら着たくない。どうにかならないかなぁ。あ、いいこと思いついちゃったかも!
「あのねアルシアス、お願いがあるんだけど……」
私の計画をこっそり話すと、アルシアスは一瞬驚いた顔をしてから手を止めた。そして疲れたように深いため息をついた。
「お待たせしました。こちらは焼き立てパンとスープです。それから鳥のローストでございます」
私はうやうやしくお辞儀をして、豪華な装飾がされた繊細な皿に盛られた鳥のロースト、切り分けられたホカホカの焼き立てパンを王様の前にサーブする。
「おぉこれはこれは。なんとよい香りだ。しかもゲストのコロ自ら作って運んでくるとは、なんという斬新な試みだ」
そう、招かれた私が作って私がサーブすれば、お客様ではなくもっと一緒に楽しめると考えたのだ。もちろん、クイネさんも一緒に巻き込んで。それに動きやすいメイド服で食べてもウエストが苦しくないし、よいアイデアだよね。どうやってOKがでたのかはわからないけど、アルシアスが何とかしてくれたみたい。
バカみたいに広い「白雪の餐堂」と呼ばれる広間は文字通り、白と金がふんだんに使われた清潔感のある空間だった。その巨大な箱の中にナッツの様な香ばしい小麦の香りと、焼き立ての鳥肉の熱い湯気が一気に広がる。王様がパンをひとくちかじった後、磨き上げられた銀色のナイフを肉に入れると、瞬く間に中から溢れ出た透明な肉汁が、一気に皿の縁まで広がった。グスタ王は、迷いなく口に運び、静かに咀嚼する。私は王様の様子を固唾を飲んで見守った。
「うむ、うむ。なんと素晴らしいことか。このようなパンとスープは初めてだ。驚くほどの香りと食感だ。それにこの鳥はどうだ!噛まなくても滑らかに喉を通り抜けたではないか」
グスタ王の手は止まらない。パンもスープも肉も次々と口の中へ消費されていく。
やった、大成功!私は後ろで控えていたクイネさんに向けて思わずガッツポーズした。あれからずっと窯の利用方法を考えていたんだけど、パンを焼くだけじゃもったいないと思って。パンを焼き終わった後でも、石窯にはまだ十分な熱が残っているから、そこに鉄のフライパンを入れて鳥をローストすることをクイネさんに提案してみたんだ。うまくいってよかった。
「さあ、みなさんもどうぞ」
アルシアス、ネモ、キリウス先生(怖くて目が合わせられない)、それから名前を先ほど聞いたばかりの人もいたけれど、王様と同じようにみんなにも料理を用意した。
「ほう、これはなんという口当たりか」
「こんなパンがあるとは、長年生きてきた甲斐があったわい」
お褒めの言葉を次々もらって、ちょっとだけ居心地の悪いようなくすぐったい気持ちになった。自分でも食べながらふとアルシアスの方をみると、一切隙のない作法で、なぜか黙々と無表情のまま料理を口にしていた。
あれ?もしかして口にあわなかったかな、あとで聞いてみようかな。気になってずっとその様子を眺めていたら、グスタ王が私の名前を呼んだ。
「ところでコロ。リトネカードといい、この料理といいお主の功績は素晴らしい。代わりと言っては何だが、褒美をとらせよう。望むものがあればなんでも言ってみるがよい」
褒美?欲しいものってこと?首をひねってしばし考える。うーん、うーん。そうだなぁ。この世界で私の欲しいものか。
「なんだ、欲がないな。宝石でも領地でもなんでもいいのだぞ」
そう言われても……あ、でも。
「ありがとうございます、グスタ様。では、もし叶うのであれば……城下町に窯を増やしていただけませんか?」
「窯を?わけはないが、なぜそんなことを?」
貫禄のある体が前のめりになり、鋭い眼光が、試すように私を見ている。
「それは、城下町には2つしかパン窯がないと聞いたからです。窯をもっと増やせばパンを焼く機会も増えて、町の人の暮らしも楽になるのではと考えました。それからこのパンやスープのレシピは、この国のみんなに知ってもらいたいです」
これは賭けだった。なぜならグスタ王が本当にリトネカードの情報を独占するつもりであれば、国の民にも情報を一切公開しないだろう。でも、謁見の時に感じた国を豊かにするという言葉は、嘘ではないと私は思っていた。
「……なるほどな。自分のことではなく見知らぬ他人のための望みか。悪くはない、が。コロよ、思いやり深いことは、時と場合によっては美徳ばかりとは限らないぞ。覚えておくがよい――おい、至急、城下町へ石窯を2倍手配せよ。スープとパンのレシピも掲示を行え」
「は」
壁側に控えていた近衛兵が敬礼をすると、即座に部屋を出て行った。
「あ、ありがとうございます!」
お礼を言って、日本にいた時のように45度のお辞儀をする。すると王様の後ろにいた近衛兵が、小さく囁いた。
「馬鹿者、膝をつかぬなど無礼がすぎるぞ」
え。そうなの?冷汗が出てきた私は、あわてて体勢を整えようとするとグスタ王が手を上げて制した。
「よいよい。コロの命は作法ではなくすでに料理で証明されている。実におしいな。このまま城においてコロの新しい料理を食べてみたいものだが、いたしかたあるまい」
グスタ王は豪快に笑い声をあげて、テーブルの上に白いナプキンを置いた。王様が立ち上がるのと同時に、その場にいた全員が一斉に深い礼の姿勢をとる。アルシアスやネモは謁見の時と同じく、片膝をついたポーズだ。
「アルシアス、ネモ。くれぐれもコロのことを頼んだぞ」
「御意」
2人は頭を下げたまま、答えた。
「ではなコロよ、また会おう。吉報を待っているぞ」
「はい」
グスタ王を見送った後、会場の空気が一気に緩む。王様はどちらかと言えば堅苦しくない感じだけど、やはり王は王だ。だってすごい圧と緊張感があるもん。その時、会場を後にする人々の中に、背筋がひときわ伸びた姿を見つけて私は思わず駆け寄った。
「キリウス先生!この前は授業をさぼってごめんなさい」
いくら料理のことで頭がいっぱいだったからって、せっかく教えてくれた先生の時間を無駄にしてしまったのは事実だ。ちゃんと謝らないと。私が下を向いたまま先生の答えを待っていると、カツン、という音と、何かが優しく頭の上を叩くような感触がした。顔を上げると先生がいつも持っている指示棒だった。
「許しません!」
「ご、ごめんなさい」
「……普段ならば。私が考えていたよりあなたは大きな使命があるようですな。くれぐれも軽はずみな行動はせず、なにより体に気を付けなさい。見事な料理でしたよ」
先生の目は優しかった。お城で過ごしたのはたった数日間。でもいろんな人に会って沢山の人に助けてもらった。自然に視界が揺れて滲んできてしまう。
「……はい、がんばります」
「気合です!背筋を伸ばして姿勢を正しなさい」
「はいぃ!!」
遠くでは、アルシアスとネモがあきれたように、私たちのやり取りをみている。なんか、2人にはあきれられてばっかりなような。
そんなこんなで、お城生活はおしまい。とうとう私たち3人はリトネカルタを探す旅に出発することとなった。




