第4話 リトネカルタ
「よいですか。はじめに申し上げますが、私の授業中によそ見、考え事は断じてゆるしませんぞ」
王立図書館にある長いテーブルをはさんで、背筋ピンのお爺さん先生が張りのある声で言い放つ。この前の謁見で王様の隣にいた、キリウスさんだ。手には杖のような長い指示棒を持っている。私は即座に手をあげる。
「あの、先生っ、私この世界の料理とか食材とかそういうのを先に――」
「だまらっしゃい!!ルール追加です。口答えも許しません」
うぅぅ、超絶厳しい。言いかけた途中で怒られてしまった。なんでこんなことになってるんだろう。
「よいですか、コロ様。陛下より直々に任命されたゆえ、この王立図書館館長かつ、魔法使いの末裔である私キリウスが、直々にリトネカルタや、この世界についてお教えしているのですぞ」
そう。なぜかあれから私は客人扱いになり、寝るところも初日の牢屋からお姫様の寝室のような豪華な部屋になった。アルシアスとネモは多忙らしく、1日1回は顔を見に来るが、すぐに帰ってしまう。そしてここ数日暇を持て余した私は、クイネさんのいる厨房へ行くつもりでワクワクしていたのに、なぜか王様の計らい?で学生に戻った時のようにこうしてみっちりと講義を受けている。
(あーあ、あの厨房で早く色々食材とか、調理器具とか教えてもらいたいのに……)
「これ、集中なさいっ」
私が不満のあまり無意識に口を尖らしていると、ビシッと指示棒が鼻先に突きつけられた。
「でも、キリウス先生」
「口答えは禁止です」
「う」
「まったく……」
キリウス先生は大げさにため息をつくと、指示棒で自らの手のひらを軽く叩きながら仕切り直した。
「まず、リトネカルタとは書物の名です。その中に収められる個別のレシピカードを、リトネカードと呼びます。500年ほど前に伝説の賢者が残したとされるレシピブックであり、古代魔法の書ともいわれています」
はい、それは覚えてます。
「よろしい。では、リトネカルタの具現化方法をお教えしましょう。これは簡単です。頭にリトネカルタを思い浮かべ”リトネ”と唱えるだけです。さぁ、やってみなさい」
そんな魔法みたいなことできるわけないよ、と思いつつ言われた通りやってみる。まずは本を思い浮かべてできるだけ集中した。
「リトネ」
私の言葉に呼応するように、光とともに本が目の前に浮かんできた。
「わっすごい、できました!うそっ私魔法使いになった?」
興奮して椅子から飛びあがると、指示棒でぺしっと頭を叩かれた。
「これは誰にでも使えるものではありません。はじめから応答する相手が決まっているのです。つまり、コロ様もその一人だということですな」
ふーん、なんか色々細かいルールがあるんだなぁ。叩かれた頭をなでながら、本をそっと開く。1ページには9枚のポケットがあり裏面なし。それが11枚。ということはカードは全部で99枚なのかな?各カードポケットには、地方の名前らしき記載と、ヒントみたいな文言も書かれている。
「あとは、リトネカルタは少し特殊で、他の所有者の取得情報は常に共有される仕組みです」
ええと、つまり。なるほど、それって全員に筒抜けってこと?でもなんのために?
「……これは、私の憶測ですが」
キリウス先生は持っていた指示棒を机に静かに置いて、私の目の前の席に腰を落ち着けた。
「陛下はコロ様をよその国から来た、とおっしゃっていましたが、本当はこの世界以外から来たのではないですかな?」
「……はい、そうです」
あまり突っ込まれなかったから、そのままにしていたけど。よく考えれば異世界転移?ってやつなのよね、多分これって。
「やはりそうですか。おかしいとは思わなかったですかな?なぜ始めから言葉が通じるのかと」
「あ、言われてみればそうかもしれません、深く考えてなかったかも?」
私の言葉を聞いた先生は、やれやれといった様子で、組んだ両手に顎をのせた。
「ここからは老人の独り言として聞いてくだされ。広くは知られていませんが、あなたのように、この世界に迷い込む選ばれた客人、はたまた旅人と言えばいいのか。そのような方は数百年ごとにおられるようです。この国だけでなくです。過去の文献にも、伝記として記述が残っております――そして、おそらくこのリトネカルタを作った賢者というのも、外の世界から来た者が書いたのではないか、と私は考えています」
え、それって――いったいどういうこと?
「あくまでも仮説です……無駄話が過ぎました。さぁ、授業の続きを始めましょう。まずはこのフラヴィーア王国の成り立ちから――」
意気揚々と歴史の授業を始める気満々の先生をみて、私は軽いめまいを感じた。ダメだ、どうしよう。もうこれ以上は耐えられないかも。
「あ、痛い痛い、お腹が急に痛い~。先生、ちょっと。ちょっとだけ席を外します。ごめんなさい、失礼します。あいたたたたっ」
「……5分ですぞ」
「え?」
「5分以内に戻らねば、探しに行きます」
「……はい」
私は体をクの字に曲げながら仮病を使って、急いで王立図書館から脱出した。
5分、いや15分くらいなら。ちょっとだけなら大丈夫かも?
広い王宮内をあちこち迷子になりながら、鼻を頼りにやってきたのは、念願の厨房だった。途中、見張りの兵士がたくさんいたけど、私のことは王様から自由にさせるよう共有されているみたいで、見て見ぬふりをされた。
「こんにちは~、おじゃまします」
大きな木の扉からちょこんと顔を出すと、髭の大男でおなじみ、クイネさんが笑顔で出迎えてくれた。
「おぅ、コロか。よく来たな。それとこの前のレシピは本当に助かったぞ。ありがとうな。みんな感謝してる」
見ると、厨房のスタッフの視線がいくらか柔らかい気がする。良かった、喜んでもらえたんだ。そう思うとじんわりと温かい気持ちになった。
「あのスープさえありゃあ、カチコチでナイフも通らねぇような固いパンも旨くなるってもんさ」
「?カチコチのパンって、なんでなんですか?」
私の素朴な疑問に、クイネさんは大げさに片方の眉をピクッとあげる。
「あ?なにって、そりゃあそうだろうが。城下町には共同窯が2つしかないうえに、週に1回、金を払ってまとめて黒パンを焼きに行くんだ。そうやって大量に焼いて何日か食いつなぐのが庶民さ。それにな、窯ってのは扱いがとんでもなく難しいからよ。俺だって勘で覚えてるが、時々あれで失敗することもある」
クイネさんが指さした先には、巨大な石窯のオーブンがあった。私はその様子をじっと見つめながら考えを巡らせた。石窯に近寄ってまずは手触りを確かめる。次は中に顔を突っ込んで様子を確認。そして今度は床に這いつくばって下をチェックする。
「なるほど、ふむふむ」
「なんだおまえ、いきなりどうしたんだ」
もはやクイネさんの声は聞こえていなかった。右へ左へ行ったり来たりしながら、パティシエの勉強中にした、窯の扱い方を必死に思い出す。
「そうか、多分原因は温度かな?だよね。多分、うんそうだ」
「コロ、聞こえてるか?おまえ顔が煤だらけだぞ」
「温度ということは……そうだよ、だからそうなんだ、うん、わかったかも」
たどり着いた結論に嬉しくなって、ぴょんぴょん跳ねながら、呆気にとられているクイネさんの手を取りぎゅっと握りしめる。
「クイネさん、窯ですよ窯。パンを焼く前に窯は必ず熱々にしてください。窯が十分に熱くなる前に生地を入れてしまうとパンが固くなります」
「そりゃあ、どういうことだ?」
「まずは実践です。えっと、最初に火力をあげるために薪を足してみてください」
「こ、こうか?もっとか?」
「はい、人間と同じです。窯に薪をいっぱい食べさせてお腹いっぱいにしてください。この体力がないと、最後までパンを焼く力がもたないから」
クイネさんは私の指示通り、次々と薪をくべて火力を上げ続ける。
「その調子。壁が白くなってきたらもう大丈夫。じゃあ、あとはいつも通りにやってみてください」
クイネさんは中の炭を次々と掻きだして、水で濡らした布できれいにした。さすが料理長だけあり手際がいい。次は厨房のスタッフが用意していたパン生地を中にいれる。
「はいっ、そしたらすぐ閉める!ほら、もたもたしない。焼く間は絶対に扉は閉めて開けちゃダメ。隙間には濡れた布を詰めて温度がにげないように。よし、あとは待つだけです。ポイントは温度管理と蒸気。これを守ってください」
「お、おう。わかった」
待つこと約1時間。その間この世界の食材のことを教えてもらったりしていたけど、どうしても窯の様子が気になり、2人して窯と厨房をずっと往復していた。
「うん、もうそろそろいいかも」
蓋を開けてパンを外に出すと、白くほわっとした湯気とともに、体の芯まで満たされる、圧倒的に香ばしい小麦の匂いが厨房内に充満した。太陽の光を浴びたみたいな力強い香り。こんがりキツネ色でツヤツヤに輝いたパンは、表面がチリチリ、パチパチと心地よい音を立てていた。この素敵な音。まさに天使の拍手だ。
「よし、まずはひとくちどうぞ。みんなで食べてみよう」
焼きあがったパンを全員で囲んで分ける。パクリ。それぞれがパンにかじりつく。
あぁ。この匂いと食感と口当たり。おいしいパンだ。幸せ~。私が幸せの味をかみしめていると、クイネさんは無言でパンを食べたあと「……ん?」と首を傾げた後、すぐ次の一切れを豪快にちぎって口に放り込む。周りのスタッフも、無言だった。私は少し心配になってきた。やがてクイネさんは下を向いたまま握りこぶしをプルプルさせて、小さくつぶやいた。
「……おい、薪は何本くべた?」
「え?」
「壁が白くなるまでって言ったよな」
「はい、温度が合格するサインです」
「窯の扉は一度も開けてないよな」
「そうです、蒸気で中を蒸らすのが大切だから。あ、必要ならこのレシピも――」
「……参った」
クイネさんはパンをもぐもぐしながら、地面に座り込んだ。周りのスタッフも口だけもぐもぐしながら、見守っている。クイネさんが立ち上がり残りのパンを口いっぱいに詰め込んだ。
「わははははっ!」
そして豪快な笑い声を上げながら、丸太のような両腕で私の腰をガシッと掴み、そのまま軽々と宙へ持ち上げた。
「わっ、ちょっと!?」
「コロ、すげえよお前は! 最高のパンだ!」
足が地面から離れて、視界がぐるぐると回り出す。目、目が回りそう。クイネさんは笑いながらその場で二度、三度と大きく旋回した。気づいたら厨房全体がちょっとした騒ぎになっていた。
「盛り上がっているみたいだな」
その時――やけに冷静な声が入り口から聞こえてきた。声のする方を振り向くと、あきれたような顔で、腕組みしながら扉に寄りかかるアルシアスと、無表情のネモが後ろに立っていた。クイネさんが私をそっと、床におろす。解放された私はテテテと、2人の前に走っていった。
「アルシアス、ネモ。なんだかひさしぶりだね」
アルシアスを至近距離で見上げると、彼はそのまま私を見下ろしながら目を細めた。
「コロ、ずいぶん楽しく遊んでいるようだな。授業をさぼって」
――あっまずい。全部ばれてる。
「キリウス様は、激怒してる」
後ろでネモがボソッと呟く。それを聞いてサーっと血の気が引いた。
「ご、ごめんなさい、あの」
「まあいい。それよりたった今、王令が出た。リトネカードを探す旅に出るぞ。もちろんお前もだ」




