第9話 祝祭
「うわーん、もう嫌だぁ、これ以上歩けない」
私は半べそをかきながら、険しい砂利道を歩いていた。グレンタの町を後にしてはや3日。歩いても歩いても景色はまったく変わらず。道中でカードはいくつかゲットしたけど、とにもかくにも、目的地の「ミディリブラ」には、ひたすら歩いていくしかないとのことだった。
「うるさいっ、つべこべ言わず足を動かせ」
ネモが後ろから怒気を含んだ声で叱咤する。でも私の荷物もネモが持ってくれてるんだけど。ただ、昨日から足の裏が痛くて痛くて、申し訳ない気持ちはあれど、なかなか前に進めない。
「馬車を用意出来れば良かったんだが、ここは馬車を使うには最悪のルートなんだ。元々扇状地だからな……少し休憩するか。ネモ」
「わっ」
アルシアスが言うと、ネモが私をひょいと荷物のように抱きかかえると、日の当たらない大きな木の下まで運んだ。そして有無を言わさずに履いていた靴を無理やりはぎ取る。側に来たアルシアスが、跪いて私の足を手に取り確認する。
「ああ、これはひどいな。血豆がつぶれている。今までよく我慢したな」
アルシアスはネモが差し出した革袋を受け取り、木の栓を引き抜く。そして中に入っている井戸水を、いきなり私の足へ注ぎ始めた。
「ひゃっ、冷た……っ!」
突然の冷気に体が弾かれたように震える。でも、私が抵抗したところでアルシアスは動じず、足首を掴んだ手はびくともしなかった。
「じっとしていろ。もしばい菌が入ったら足が腐ることもある」
汚れをきれいに落とすと、アルシアスは懐から小さな陶器の瓶を取り出した。それは、グレンタで薬草屋の店主さんがくれたミーレの蜂蜜だった。アルシアスは器用に蜜を指先ですくうと、つぶれた血豆や生傷に一切の遠慮なく、たっぷりと塗りつけた。
「っあ、熱い……ってば」
さっきは冷たかったのに、今度は塗られた部分が猛烈に熱くて痛い。体をよじらせて逃げようとした時、すかさずネモが持っていた麻布を手際よく巻き付け、あっという間にきゅっと結んだ。しばらくすると、少しずつ痛みが鈍ってきた。
「よし。ほら、終わりだ」
「……ありがとう。アルシアス、ネモ」
アルシアスが靴を履かせてくれて、私の手を取る。そのまま立ち上がって少しだけ歩いてみる。ペトペトペト。……なんか、靴の中で足の裏が張り付いて、すごく変な感触がする。でも、さっきより全然楽になってる。これで頑張って歩けそうだ。
「さて、どうするかな。あと2時間ほど歩けばミディリブラからの迎えが来る場所に行けるが、そこまでは自力で行くしかない」
「迎え……お迎えなんてあるの?なんで?」
これまでの旅で、一度だってそんなことなかったのに。
「ミディリブラはフラヴィーア王国で二番目に大きな都市だからな。貴族もたくさん住んでいるし、王族とつながりのある血筋も多い。滞在も領主の屋敷の予定だ」
ふうん。あまりよく分かんないけど、政治的おもてなしみたいな感じなのかな?この世界も色々あるんだな。
「どうする。コロは歩けそうか?負ぶっていくか?」
アルシアスが真顔でとんでもないことを言い出した。
「え……いやいやいやっ、そんないいよ、重いし悪いし。自分でちゃんと歩けるから。大丈夫」
「アルシアス様っ、絶対だめです、それなら俺がこいつを、荷物みたいに運びます」
私とネモが同時に返事をする。するとアルシアスは何かを思いついたように顎に手を当てた。
「ああそうか、そういえばネモ、コロはもう知っているんだったな」
「……はい」
いったい何の話だろう。2人だけが分かっている会話が進む。5分後。
私は獣化したネモの上に乗ってゆらゆらと揺られていた。私からネモのことは一切アルシアスに話していない。ということはネモがきっとアルシアスにグレンタでの出来事を報告したんだろう。それにしても。ネモの毛並みって、ツヤツヤでキレイだな。それにもふもふのふかふかであったかくて、なんだか安心する。
絶対にそんな失礼なことはしないと心に誓っていたはずなのに、心地良さに負けて、私はいつの間にか夢の中に旅立っていた。夢の中で、かすかに誰かの声を聞いていた。さっきとは違う揺れ方で、まるで小さな時にされた抱っこみたい。背中に当てられた大きな手が、温かい。大丈夫、ここは安全だ。
パカパカと、規則正しい小さな音と、ゴロロロロという車輪の軋む音で目が覚めた。
「……はっ」
いつのまにか、私は馬車の中にいた。すぐ隣に温かい体温。どうやらアルシアスの隣で肩を借りてすっかり眠り込んでいたらしい。
「よく眠っていたな。もうすぐミディリブラに到着するぞ」
「ご、ごめんなさい」
アルシアスは別に責めている口調ではなかったけど、ついつい謝ってしまった。
「俺の背にいたときから、盛大ないびきをかいてたけどな」
向かいに座ったネモが、腕を組みながらバカにしたように首を傾ける。うぅ、穴があったら入りたい。いや、ほんとごめんなさい。馬のひづめが奏でる軽快な音がしばらく続き、やがて私たちを乗せた馬車は、静かに止まった。
「うわぁ、すごい」
馬車の扉を開けると、そこは別世界だった。石畳の広大な広場がどこまでも広がっている。広場の中央には、町のモチーフなのか、大きな噴水がある。そこには天秤を担いだ美しい女神像がたたずんでいた。噴水の周りでは櫓のようなものが建設中で、独特の飾り付けがされている。それに、広場の通りにはいろんなお店が出ていて、王都とはまた違う豪華さがあった。
「いかがですか、アルシアス様。我が町の発展ぶりは。もうすぐ年に一度の祭りがはじまるので、庶民総出で準備をしているところです」
迎えに来てくれた案内役の人が、誇らしげにアルシアスに説明をする。ていうか、この人さっきからアルシアスしか見ていない。私とネモのことは、まるで視界に入ってないみたい。なんだかちょっと嫌な感じ。
「ね、アルシアス。聞いた?お祭りだって。なんか屋台もいっぱいあるよ。せっかくだから何か食べてみようよ」
「却下だ。今日は領主の屋敷に滞在する。そちらへの挨拶が先だ」
頼んでみたけど、間髪入れず断られてしまった。でも仕方ない。お世話になるなら確かに先に挨拶が必要だよね。少しだけ頬を膨らませながら後をついていくと、坂の手前の何やら大きな検問所で止められた。目つきの厳しい門番が私とネモを探るような視線で、不躾にジロジロ見てくる。
「……なるほど、そちらが従者とお連れの方ですね。王都からのお客様ですからもちろん特別にお入りいただけます、ええ。ただし、滞在中はこの札をわかるところに携帯してください。ご面倒をおかけしますが」
「……承知した」
アルシアスが短く答える。何を承知したのか、何の話かが全然わからない。不安に思ってアルシアスの背中を見つめていると、ネモが耳元で囁いた。
「この町は、貴族と庶民が住むエリアが分かれている。だから資格がない者は貴族エリアに足を踏み入れることは出来ない。俺とおまえは、今回特別に入れてもらえるってことだ」
……なにそれ。同じ町に住んでるのに、資格ってなに?そんなの差別みたいじゃない。話を聞いただけでもムカムカするのに、ネモもアルシアスも、なぜか何の疑問も持たず、それが当然といった感じだった。
――どうして?
手渡された小さな札をぎゅっと握りしめる。唇を噛みながら、門の向こうをキッと睨みつけた。複雑な思いを抱えたまま、私は大きな門をくぐり抜けた。




