第8話 ミーレの蜜入りルモネード
商業ギルドは、思いのほか立派な建物だった。聞けばグレンタは町の規模こそ小さいが、このギルドは、王都と各町をつなぐ重要拠点ということらしい。通された応接間のような場所は、絢爛豪華というより、重厚で落ち着いた空間だった。どの調度品も手入れが行き届いていて、埃一つない。
「コロ様も、こちらへどうぞお座りください」
ぽかんとしている私に、商業ギルドマスターだという若くてスラっとしたモノクルを装着した男性が、ソファを勧めてくれた。着ている服も、商人というよりも、どことなく貴族っぽいかも。なんか意外。商人ギルドの代表といったらこう、もっと年齢が上で恰幅がよくて、いつも揉み手してるみたいな勝手なイメージをしていたけど、この代表者さんは、すごく切れ者で理知的な印象を受けた。ネモは勧めを無視して、アルシアスの脇に立っている。
「さっそくですが、ここ1年でグレンタに宿泊した者たちのリストです」
スッと差し出されたのは、キレイに整頓された書類。日付や氏名、人数などが分かる範囲で事細かに記されていた。
「リトネカルタを集めていた可能性がある者は?」
「はい、この2組ですね。1組目は半年前、恐らくですが偶然リトネカルタを手に入れた成金の商人でしょう。使える者はなく、ただ所持しているだけのようでした。従者2名と一緒に1泊しております。特に相手にする必要もないかと。もう1組は2か月ほど前に宿泊しています。ゼニクス・レグラ王国からです」
「なるほど、ゼニクス王国か……」
アルシアスの質問にも淀みなく答えながら、ギルドマスターはまた別の書類を差し出した。
「詳細はこちらです。人数は4人。護衛3人と若い女性が1人です。護衛の革ベルトにゼニクス王国の紋章がありましたので間違いないです。女性はそうですね……コロ様よりかなり年上の20歳前後でしょうか」
「はいっ私、19歳になりました!」
「「「19歳!?」」」
反射的に自信満々で宣言すると、なぜか一斉に視線が私に集中する。もしやものすごく年下と思われていたのかな。そういえば自分の年齢、ちゃんと言ってなかったかもしれない。なんか、アルシアスとネモが謎にショックを受けている。
「???」
「すみません、脱線したのでもとに戻しますね。この女性はロジ様と呼ばれていたそうです。ですので、名前はローズマリーだと推察されます。なんというか、言葉を選ばず申し上げると、傲慢で高飛車な印象だったとか。おそらく、彼女がリトネカルタの応答相手でしょう」
すぐに冷静に話を戻したギルドマスターは、モノクルをクイッと上に持ち上げて、私たちを見つめた。
「現時点では、ゼニクス王国が一番の難敵になるのではと思われます」
「なるほどな……コロ、リトネカルタを出してくれるか?」
「あ、うん」
アルシアスに言われるまま、頭に本をイメージする。
「リトネ」
唱えると同時に、徐々にふんわりとした柔らかい光が広がり、本が現れた。アルシアスに手渡すと全員で中を覗き込む。
「初めて見ましたが本当に不思議な光景ですね。アルシアス様、ここを見てください。Aランクカードが結構赤くなっています。ということはゼニクス王国が取得した可能性は高いですね。Sランクでも複数存在しているものもあるはずなので、今のところは問題はないですが……」
この前アルシアスが説明してくれたけど、緑は自分たちが取ったカード。赤は、誰かが先に取ったカード。つまり赤が増えているってことは、どこかで誰かが着実にカードを手に入れてるってことだ。
「ああ。だが高ランクカードを取得できなくとも、その対応者が手に入れば良いと考える奴らもいるからな」
怪訝に思って首をかしげていると、ネモが私の隣でぼそっと呟いた。
「つまり、カードを手に入れられないなら、お前を狙えばすむということだ」
あ、そういうことか。え?でもそれってすごく怖い話かもしれない。確かにカードは対応者が決まっていると言ってたから、私自身が狙われる可能性が十分あるってことなんだ。私はだんだん眉毛が下がり、口がへの字になってしまう。
「ご心配はもっともです。ですがコロ様、アルシアス様とネモがいます。軽々しく手を出せる相手ではありませんよ」
ギルドマスターはそう言って笑った。敵対心は感じさせないのに、どこまで本気なのかが図れない。それから次の町の情報や諸々を話していたら、ギルドを出るころには、すっかり夕方になっていた。入口まで見送りについてきたギルドマスターが、私たちが離れたところで手を振る。
「コロ様、お城に戻られたら、叔父によろしくお伝えください」
「おじ……?って誰のこと?」
「誰って、キリウス様にきまってるだろうが」
アルシアスのマントをつんつんひっぱると、すかさずネモが私の手を叩き落とす。
「あ、そうか。おまえには伝えていなかったか。すまん」
アルシアスは、全然悪いと思っていない様子で謝った。キリウス様という言葉を聞いて、「だまらっしゃい!」という厳しくも優しい声がすぐ頭の中にこだました。あの背筋がまっすぐなお城の先生。そっか、先生の血縁者だったんだ。どうりで切れ者なわけだ。
「アルシアス、ギルドとかってみんなお城の関係者の人なの?」
「いや、全員ではないが要の場所は血縁者を置くことが多いな。いうなれば絶対的な裏切り防止の策だな」
時々アルシアスは難しいことを言う。でも今のって裏を返せば、血縁でなければ疑うってことだよね。つまり、信じるためじゃなくて、裏切らせないために身内を置く。そういう考え方が、王族には当たり前なんだろうか。そのことが頭に引っかかった。アルシアスの言葉の意味を考えながら歩いていると、通りの一角に大勢の人が集まっている場所があった。
「おっいたいた!お嬢ちゃーん。こっちこっち」
見ると、薬草店の店主さんが私を手招きしていた。近くまで行くと、そこにいるみんなが木のマグをもって、楽しそうに談笑していた。
「うわぁ、すごい人ですね」
「だろう?お嬢ちゃんが教えてくれた蜜入りルモンなんだが、さっそくお客さんに出してみたんだよ。そしたらどうだい、大好評さ。いつの間にかこれを飲みながら見ず知らずの人とも話が弾んだりしてさ、おかげで店も大繁盛だ」
店主の後ろではお父さんが、右腕の力こぶを左手でぎゅっと掴んで私にアピールしてきた。子どもから大人まで。女性や老人も。立ちながら話す人、お店の空箱の上に座る人、みんなそれぞれが楽しそうに談笑している。
「いやぁ、毎日毎日さ身を粉にして必死に働いて寝るだけ。それで何の疑問も持たなかったんだがね。さっきみんなと話してたんだよ、ほんの少しでもこういう休憩時間があってもいいんじゃないかってね」
胸の奥がふっと軽くなった。一生懸命働いて休息して甘いものを取って、みんなで何気ない話をする。それってすごく幸せなことだよね。
楽しそうな光景を遠くから眺めていると、予告なく空から足元へスポットライトみたいな光が下りてきた。上を見上げると、キラキラとした輝きとともに1枚のカードがゆっくり回転しながら私の手の中へ納まった。
━━━━━━━━━━━━━━━━
リトネカード
【黄金蜜水】
ランク:C
No.29
黄金の果汁と濃厚な蜜を冷たく新鮮な井戸水で割った飲料
やさしい甘酸っぱさが喉を潤し、ひとときの憩いをもたらす
━━━━━━━━━━━━━━━━
狙ったわけでもなんでもないけど、思わぬところでカードが手に入った。
「よくやったな」
隣にいたアルシアスが、笑って私の頭をなでようとして一瞬止まり、手を引っ込めた。なにいまの?疑問に思ってアルシアスの顔を見つめる。
「……いや、ずっと子ども扱いしていたからな」
「えーっなにそれ。私は頑張ったらほめてもらうほうが嬉しいよ?俄然やる気でるし。だから遠慮なくどうぞ」
しっかりほめてもらいたくて、ぐいぐいと頭をアルシアスに押し付ける。根負けしたアルシアスが私の頭をなで、私は満足し、ネモは感情の一切ない目で私たちの様子を眺めていた。
「……まるで犬だな」
そのひとこと、ちゃんと聞こえてるよネモ。
翌朝、私たちは次の目的地へ出発した。




