106.快復と傷を癒す~かっこ悪い兄~
碧は社長室で唸っていた。
書類の文字は読めるが内容が理解できないからだ。
それを前進していると労るノウェムとウヌス。
また、現場の方には完全復帰していいと言われ──
「うーん、読めるけど内容が頭に入ってこないー」
社長室で試しに書類を読んでみたものの、内容が頭に入ってこなかった。
文字は読めるけど、意味が理解できない状態だ。
「それだけでも前進している、碧」
「そうです、碧様」
ノウェムさんとウヌスさんが労ってくれる。
「ありがとう」
「現場の方は完全復帰と言っていいでしょう」
「本当? やったぁ!」
現場の方は結構嬉しい。
またみんなと一緒に頑張れるから!
「ただし、碧。無理は禁物だ。また容態が悪化したら、即座に休養だからな」
「ううー、何か会社のお荷物になってる気がするー!」
会社のお荷物になるのは嫌!
「碧、君が会社のお荷物だと誰が言った?」
「う゛ー、言ってないけども……」
「なら、良いだろう」
ノウェムさんが私の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「むー、何か扱いが雑ー」
「む……すまない。涼や順が君にこうしていたから」
「あれは私とノウェムさんの近況を聞きたくて、わしゃわしゃしてただけなの。レディの髪型をあんまり崩すのはNGだよ」
「す、すまない」
ノウェムさんはそう言って私の髪の毛を整えた。
「これでいいかい?」
「うん、ありがとうノウェムさん!」
じっとウヌスさんが私とノウェムさんを見つめている。
「……どうしたの、ウヌスさん?」
「やはりこうして見ると、ノウェムは碧様に懐いた大型犬に見える……」
「私は犬ではない!」
「だが、何もないときは碧様がいないとしょげるだろう」
「ぐむ」
「セムも言っていたぞ。『何か、碧様と少しでも離れているノウェムさんは、耳が垂れて尻尾も下がって見えるんです。大型犬がしょんぼりしている後ろ姿を見ているような気分に……』とな」
「セムまで……!」
私はクスクスと笑ってしまった。
だって可愛らしいんだもの!
私はノウェムさんを抱きしめた。
「本当、ノウェムさんは可愛いわ!」
「あ、碧! からかわないでくれ!」
ノウェムさんは顔を真っ赤にして慌てふためいている。
耳まで真っ赤だ。
「ところで、みっちゃんと涼兄さんはどんな感じ?」
私はノウェムさんを抱きしめたまま尋ねた。
「美奈嬢と涼様は、休憩時間に語らうことが増えたようだ。今までは当たり障りのない会話が多かったようだが、近況報告をしているらしい」
「それはいいね」
「美奈嬢はデートに行ってみたいと言っていたが、涼様は『俺に、碧みたいなことは求めないでくれると助かる』と言っていた。あれはどういう意味だ?」
「ああ、クレーンゲームで、みっちゃんが欲しがっている『のんびりっこシリーズ』の『のんびりうさぎ』を取れないのが分かっているからね。涼兄さんも順兄さんも、家庭用ゲームなら得意なものもあるけど、ゲームセンターのゲームや格ゲーは苦手だから。あと、パズルもね」
「碧は得意なのか?」
抱きしめられながら、ノウェムさんが聞いてきた。
「……桐人兄さんに、コツとか全部教えてもらったからね」
「奴は何が苦手なんだ?」
「それはこっちが聞きたい」
嫌そうな顔をするノウェムさんをなだめつつ、私は苦笑する。
「ありますよ、桐人様が苦手なもの」
「何?」
「気に入らない方々との会合などです」
「ああ」
「それは……」
私とノウェムさんは納得するしかない。
桐人兄さんは「人間嫌い」だもんね。
「とりあえず、私たちが内容を要約しますので、サインか判子をお願いします」
「はーい」
そう言って、二人は交互に書類に目を通し、内容を要約していった。私は説明を聞きながら、サインか判子を押した。
「づーがーれーだー」
「要約した内容を聞くだけでも疲れますか?」
「うん、めちゃくちゃ」
「お断りするための文章は作成しておきましたよ」
「ありがとう」
パラシートゥス迎撃任務で大活躍しているものだから、宇宙開発政府、月面政府、火星政府の方々から、表彰したいという申し出が今も殺到している。
だが、英雄扱いされるのは嫌なので、私は断っている。
断るための文章は、ウヌスさんやノウェムさんに作ってもらっている。
面倒だなぁ。
表彰を受けることになったら、何かあるたびに呼び出されそうで怖いし。
だから、面倒なことはお断り!
……さすがにモナル社からの呼び出しには逆らえませんが……。
というか、レティシアさんのお願いには、聞くしか選択肢がないというか……。
……また、あのときのようなことがあったら嫌だなぁ……。
「わぁ⁈」
抱きしめていた腕が緩んだ隙に、ノウェムさんが私を抱きかかえた。
「ウヌス、碧の精神状態が良くない。今日は休ませる。明日と明後日は休みだが、呼び出しがないように手配してくれ」
「分かった」
私はノウェムさんに抱きかかえられたまま、自室に戻った。
「風呂に入ろう」
「う、うん」
そう言って、一緒にお風呂に入った。髪の毛や背中を洗ってもらい、ほかの部分は自分で洗う。
それから、湯船にゆったりと浸かった。お風呂から上がると体を拭き、髪の毛を乾かしてもらう。
タオルで体を隠したまま、ベッドへ向かった。
「碧、あのときのことを思い出していたのか?」
「あ、あのときって?」
「グレイズ様が計画した立食パーティーで、誘拐されたときのことだ」
「……うん」
すごいな、ノウェムさん。
私のことは何でもお見通しなんだもの。
「だから今日は、たくさん触れ合って、少しでもその傷を癒やしたい」
「ノウェムさん……」
ノウェムさんは鍵がかかっていることを確認してから、ベッドに戻ってきた。
布団の中で、互いにタオルを外す。
心臓が高鳴り、優しく触れられるたびに、口づけを求めてしまう。
口づけを交わし、互いに触れ合い、熱に溺れていく。
その感覚は心地よかった。けれど、今日の熱はいつも以上に優しくて、私はもっとそれを求めてしまった──。
翌朝、あの日のことを思い出しても、昨日までのような不安は感じなくなっていた。
ボディースーツを身につけ、その上から服を着ていると、部屋の外から声が聞こえてきた。
「止めるな、ドゥオー! 俺はデートはしたいが、かっこ悪いところを見せるくらいなら、最初からかっこ悪いままでいるー!」
「だからって、碧様を誘うのはなしだろー! もうちょい男を見せろよー!」
「だ、大丈夫だよ。碧ちゃんに後日取ってもらうから……」
「そんなこと言って、なくなってたら君が悲しむ!」
状況は把握した。
涼兄さんとのデートで、みっちゃんが『のんびりっこシリーズ』の新作プライズグッズを欲しがったらしい。
しかし、涼兄さんはクレーンゲームが大の苦手。そこで、私に取ってもらおうとしているようだ。
それでは格好悪いどころの話ではないからやめろ、とドゥオが止めている。
それでも構わないと言い張る涼兄さん。
以上。
「いいよー」
「碧⁈」
「ただし、ダブルデートね。私もノウェムさんとデートするから、二組で一緒に出かけるってことで。だから、着替えてくるね」
私が着替えに部屋へ戻ると、話を聞いていたノウェムさんは、すでに着替えを済ませていた。
ノウェムさんらしい、格好いいユニセックスな服装だ。
私もアミュレスの服に着替えて、みっちゃんたちのところへ向かった。
「ごめんね、あんな兄で。私まで付き合わせちゃって、ごめんね」
「う、ううん。いいの! 碧、気を遣ってくれたんでしょう」
「……みっちゃん、本当に優しいね」
天使か。
「ふ、二人っきりのデートは緊張しちゃうから、本当は誰かにそばにいてほしかったの。碧がそばにいて、ノウェムさんと一緒にデートしてくれるのは嬉しいよ……」
「……マジで兄貴にはもったいないわ」
「え?」
おっと、思わず本音が。
「碧、そこで本音を言うな! 俺だってそう思ってるんだから!」
「まぁ、みっちゃん。二人きりを気にしていると言っても、ドゥオとセムさんもついてくるから、二人きりではないでしょ?」
「そうなんだけど……やっぱり碧がいてくれるといいなって」
「本当にそう言ってくれるみっちゃんには、感謝しかない」
「よし、行こう、美奈。碧、ノウェムさん。美奈の欲しいのんびりっこが取られる前に!」
さて、このダブルデート上手くいくのか?
不安しかないぞ?
前半は碧の状況と、ノウェムと碧、そして涼と美奈について。
また、誘拐事件のことを不安になっているのをノウェムに癒やして貰います。
そして後半は情けない涼と寛容的な美奈、そして呆れる珍しいドゥオという状態。
言ってることも、割と正論だったりする。
そして次回はダブルデート、さてどうなることやら。
ここまで読んでくださりありがとうございました!
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