第22話 重力に抗うな、逃げろ
「うわっ、デカッ!」
俺はモニターに映る「女王蜂」の姿に、思わず素っ頓狂な声を上げていた。
全長1キロメートル。ただ大きいだけじゃない。その存在感が圧倒的すぎる。
周囲の小型種たちが、まるでクイーンの一部であるかのように、一糸乱れぬ動きで統率されているのだ。
『ギシャアアアア!!』
クイーンが咆哮すると、数千匹のドローンが幾何学的な陣形を組み、巨大なドリルのような形状となってこちらへ突っ込んできた。
「迎撃ッ! 弾幕を厚くしろ!」
カトレアが叫ぶ。
ズドドドド!!
ネメシス艦隊のレールガンが一斉射撃を行う。
鉛の雨がドローンの群れを直撃し、先頭集団を粉砕していく。
「よし、効いてる! これなら押し返せるか!?」
一瞬、希望が見えたかに思えた。
だが、俺の背中のパンドラが警告を発した。
「ダメよ! クイーンが動くわ! ……何か来る!」
クイーンの背中の六枚羽が、青白く発光し始めた。
次の瞬間、クイーンの口から放たれたのは、ビームでも火炎でもなかった。
空間そのものが歪むような、透明な波動だ。
ズオォォォン……!!
『警告! 局所的な重力異常を検知! ……重力が逆転しています!』
ヴィクトリアの悲鳴。
俺たちの撃ったレールガンの弾丸が、空中でピタリと止まった。
いや、止まったのではない。
弾丸の軌道がぐにゃりと曲がり、あろうことか俺たちの艦隊へ向かって跳ね返ってきたのだ。
「なっ……物理法則を無視しただと!?」
カトレアが驚愕する。
「重力制御よ!」
パンドラが叫ぶ。
「奴らは食べたエネルギーを重力場に変換して操ってるの! 実弾なんて、重力の前じゃ無力よ!」
ドガガガガッ!!
跳ね返された自軍の弾丸が、最前列の駆逐艦を直撃する。
さらに、見えない重力の「手」が艦を鷲掴みにし、クシャリと空き缶のように潰した。
爆発すら起きない。ただ圧縮されて、鉄屑の塊になる。
「ひぃっ……!」
救助されたガルドが顔面蒼白になる。
「ビームは吸われる。実弾は返される。……無敵かよ」
勝てない。
今の俺たちの戦力では、絶対に勝てない。
ここで意地を張って戦えば、全滅だ。
俺はコンソールを叩いた。
「撤退だ! 全艦、回頭180度! ワープ準備!」
「し、しかし主よ! 背中を見せれば追撃されます!」
「全滅するよりマシだ! ……ヴィクトリア、タルタロス! 殿を務めろ!」
『了解です、マスター!』
『チッ、世話が焼けるわね……』
ネメシスとタルタロスの主砲が火を噴く。
ただし、狙うのはクイーンではない。
クイーンの手前に漂う、巨大な小惑星だ。
ズドォォォン!!
小惑星が粉砕され、膨大なデブリの嵐となって宇宙空間に広がる。
クイーンの視界と重力場を一瞬だけ遮る「煙幕」だ。
「今だ! ワープゲート展開! 飛び込め!」
リサイクル・ユニオン艦隊は、デブリの煙に紛れ、次々とワープ空間へと逃げ込んだ。
『ギィィィィ……!』
クイーンの悔しげな咆哮が、通信機のノイズとして残る。
俺たちは命からがら、第9区という死地を脱出した。
だが、それは同時に、「人類が初めて明確な敗北を喫した」瞬間でもあった。




