第21話 銀色の悪夢、孵化する絶望
ネメシスの高速艦『ヴェンジェンス』で第9区へ急行する道中。
俺たちはパンドラから緊急レクチャーを受けていた。
司令室には、カトレア、リズ、そして通信機越しにヴィクトリアとタルタロスがいる。
全員の顔が険しい。
「いい? よく聞いて」
パンドラは俺の背中から降り、珍しく真剣な表情で語り始めた。
「奴らの名前は『ヴォイド・イーター』」
司令室のモニターに、パンドラの記憶データから再現された映像が流れる。
それは、星々を覆い尽くす銀色の津波だった。
無数の結晶体が、惑星を、恒星を、すべてを飲み込んでいく。
映像の中の文明は、なすすべもなく滅んでいった。
「太古の昔、私たちを作った文明を食い尽くした『宇宙の掃除屋』よ」
パンドラの声が、かすれている。
「奴らは金属生命体の一種で、個体としての意識はない。群れ全体で一つの巨大な演算処理を行っているの。……蟻や蜂に近いわ。でも、規模が桁違い」
「目的は何だ? 侵略か?」
カトレアが問う。
「もっとシンプルよ」
パンドラは首を振った。
「『食事』と『増殖』。……奴らにとって、私たちの艦も、惑星も、エネルギーも、ただのエサに過ぎない。意志疎通は不可能。交渉も無意味。……ただ、食って、増えて、また食う。それだけ」
会議室が静まり返る。
交渉できない敵。
目的が「食事」だけの敵。
これほど厄介な相手はいない。
「一番タチが悪いのは、その『適応力』」
パンドラは続ける。
「奴らは受けた攻撃エネルギーを解析し、数分で耐性を獲得して吸収してしまう。ビーム兵器は逆効果よ。撃てば撃つほど、奴らのエサになる」
「……だからガルドは『実弾』と言ったのか」
俺は拳を握りしめた。
単純な物理的衝撃なら、エネルギー吸収はできないはずだ。
レールガン。ミサイル。機雷。
原始的な兵器が、最強の敵に対する数少ない対抗手段になる。
「でも」
パンドラが付け加える。
「それも時間の問題よ。奴らは『学習』する。物理攻撃のパターンを解析すれば、いずれ対策される。……古代文明は、そうやって滅んだの」
絶望的な情報だ。
だが、今は聞いている暇はない。
『マスター! 第9区に到着します!』
ヴィクトリアの声と共に、リアルタイムの映像がメインスクリーンに映し出された。
俺たちは息を呑んだ。
そこにあったはずの宇宙港や採掘コロニーは、跡形もなくなっていた。
デブリすら残っていない。
ただの「無」が広がっている。
星明かりに照らされた虚空。
かつてそこにあった文明の痕跡は、何もない。
そして、その虚空の中心に、無数の銀色の結晶体が集まり、巨大な脈動する「繭」のような球体を作っていた。
「あれが……奴らの巣か?」
俺は呟いた。
繭の直径は、おそらく数十キロメートル。
その周囲を、無数の小型結晶体が旋回している。
まるで、惑星の周りを回る衛星のように。
『生体反応あり!』
ヴィクトリアが叫ぶ。
『あの繭の近くに、一隻の小型船が漂流しています! ……ブラック・ジャック号です!』
映像がズームされる。
ガルドの愛機だ。
だが、船体は穴だらけでボロボロ。
エンジン部分からは火花が散り、推進力は失われている。
そして、船の周囲を数百匹の「虫」が取り囲んでいた。
虫たちは船体に齧り付き、最後の一口を味わおうとしているように見えた。
「ガルド!!」
俺はマイクを握りしめ、叫んだ。
「カトレア! 全艦突撃だ! 奴らを蹴散らしてガルドを回収しろ!」
「承知!」
カトレアが命令を下す。
「全砲門、実弾兵器装填! ビームは撃つな、エサになるぞ! レールガンとミサイルのみで攻撃!」
ズドドドドドドッ!!
ネメシス近衛艦隊から、無数のレールガン弾頭とミサイルが一斉に発射された。
物理的な鉛の嵐が、宇宙空間を切り裂く。
ドガァァァン!!
着弾。
ガルドを取り囲んでいた虫たちが、次々と粉砕され、銀色の破片となって飛び散る。
「効いている! まだ奴らは『実弾』への耐性を持っていない!」
『ギギギ……!』
虫たちが不快な金属音を立てて散らばる。
「今だ! ガルド、聞こえるか!?」
俺は通信機に叫んだ。
『……しゃ、社長……!?』
ノイズ混じりの通信が繋がった。
ガルドの声は弱々しい。
だが、生きている。
『へへっ……来てくれたんすか……。もうダメかと思いましたよ……』
「バカ野郎!」
俺は笑いながら怒鳴った。
「社員を見捨てるブラック企業じゃないって言っただろ! すぐに回収する! 動くな!」
『へい……ありがてぇ……』
救助艇がブラック・ジャック号にドッキングし、ガルドを収容する。
間一髪だ。
生命反応は弱いが、命に別状はない。
「よし、撤退だ! ガルドを回収したら、すぐに離脱する!」
だが、俺たちが安堵したのも束の間だった。
ドクン。
中央の巨大な「繭」が、心臓のように大きく脈動した。
『警告! 高エネルギー反応!』
ヴィクトリアの悲鳴。
『……繭の内部から、超巨大質量が出現します! 孵化します!』
パキィィィィン!!
繭の表面に亀裂が走り、中からまばゆい光が溢れ出した。
現れたのは、さっきまでの小型種とは次元が違う怪物だった。
全長1キロメートル。
戦艦サイズの超巨大個体。
背中には六枚のエネルギー翼を持ち、全身が鏡のような装甲で覆われている。
「女王蜂」だ。
『……ギシャアアアアアアア!!』
真空の宇宙を震わせる咆哮。
それと同時に、周囲の虫たちが一斉に統率された幾何学的な陣形を組み、こちらへ向き直った。
散らばっていた小型種が、クイーンの周囲に集結していく。
「……お出ましね」
パンドラが冷や汗を流す。
「あれが群れの『中継サーバー』よ。クイーンが群れ全体を統率している。……あいつがいる限り、虫たちは無限に湧いてくるわ。倒しても倒しても、補充される」
ただの害虫駆除だと思っていた戦いが、神話級の怪物との死闘へと変わった瞬間だった。




