第31話:はぐれ者との遭遇
今回から3章となります。
季節は巡って夏です。
不運、不幸。そんなものはどこにでも転がっている。
ソルは己の運命を呪った。何が、正ヒロインで幸せ確定の人生だ。結局また、こういう目に巻き込まれるのかと。
「ぐうっ!」
ソルは地面の上に倒れたまま、顔をしかめた。
足首を強く捻ったようだ。とても、立ち上がって逃げられそうにない。
今日は薬草の採集に乗合馬車を使った。隣の町まで行って、そこから少し離れた丘へと向かった。
首尾は上々。無事に目的のものを集めることが出来、そのまま帰路に着く。そこまでは良かった。
馬車が町を出てしばらくした頃。突如として馬車が暴走した。
弓で射かけられ、驚いた馬が暴れたのだった。
その馬は、我を忘れた挙げ句に転んで、脚を折った。ソルから少し離れた場所で、悲鳴を上げている。これはもう、助けられないなと、頭の片隅にそんな判断が浮かんだ。
最近、ここらで見たことの無い、ならず者の風体をした男達を見るようになった。そんな噂を聞いていた。父も、警備に力を入れるように、近隣の町村へと触れを出していた。
その噂は事実だったらしい。まさか、よりによって自分がその標的にされるとは思わなかったが。大勢の方が安心だと、乗合馬車を使うことにしたのも、かえって裏目に出かも知れない。
御者と他の客は荷物を捨てて、みんな逃げた。命を一番に考えるのなら、賢明な判断だ。
ここに残っているのは、自分とリュンヌだけだ。
馬の足音が、地響きとなって近付いてくる。数は、3。
「リュンヌ」
ソルは目の前に立つ、リュンヌの背中を見上げた。
「大丈夫です。ソル様。あなたは僕が守ります」
気休めにもならない無茶を言うなと思った。リュンヌが持っている武装は、樫の木で作られた木剣でしかない。殺傷能力を抑え、真剣に比べれば相手の警戒心を和らげることが出来る。むやみに領民を脅すことを目的としていないのだからと、選んだ結果だ。
実際、ただのごろつき程度なら、これでも抑止力になるだろうが。
今回の相手は、弓を装備した野盗だ。
野盗は襲撃位置に対し、思ったよりも近くに潜んでいたらしい。見晴らしのいい街道が続いていたと思ったのだが。地面にでも伏せていたのか。
彼らは、すぐに追い着いてきた。少し離れたところで馬から下りる。いずれも、弓を手にしていた。
「ソル様。奴らに対して、荷台の裏へと移動して、隠れて下さい」
「分かったわ」
腕の力だけで、這って移動する。少しの間だけでも、弓の標的からは逃れられる。
「おい坊主。命が惜しいならそこをどけ」
己の勝利を確信した野盗の声が響いた。下卑た嘲笑も聞こえてくる。
「おい? 聞こえなかったのか? そこをどけっつってんだよ」
「あー? あれか? 荷台の裏に隠れた娘の騎士様気取りか? 安心しろよ。そっちも、命だけは助けてやるよ」
「色々と、使い道はあるからなあ」
何がそんなにもおかしいのか、彼らは爆笑した。どこまでも下劣な連中だとソルは思った。
一方で、頭も冷えてくる。自然と、目が細められるのを自覚した。
自分は、"裁定を下す者"の責め苦にも耐えた。こいつらの頭の中が何をお楽しみにしているのかは考えたくもないが、自分がしてきた真似や、自分が受けた真似に比べれば、児戯のようなものだろう。
こんな連中の相手をしてやるつもりは無いが。手を出してきたというのなら、必ずその報いは受けさせてやる。
「お? やろうってのか? いいぜ? 掛かってきな」
声の位置から察するに、リュンヌは三人の弓から一斉に狙われているはずだ。絶体絶命だというのに。
彼が臆している気配は、感じなかった。
「はあああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
突如として、裂帛の気合いが風に乗って聞こえてきた。
ソルは目を見開いた。
リュンヌの声じゃない。そして、野盗達の声とも違う。
馬が駆ける音が、自分の背後から近付いてくる。
「誰だ? まさか、もう町から警備が来たってのか?」
「いや違う。一人だ。ったく、驚かせやがって」
首を捻って、後ろを見る。革鎧を着込んだ若い男が、馬の背に乗って走らせていた。と、思っていたら、少し離れたところで馬から飛び降りる。そのまま、止まることなくこちらへと真っ直ぐに突っ込んできた。
「ちっ、止まる気がねえ。まずあいつから片付けろ」
「おう」
一人が、弓を放った。
危ない。と叫ぶ間もなく、矢は男の頭の上を飛んでいった。怯む様子は一切無かった。まるで、矢の軌道が見えていたかのように。
「下手くそが。俺がやる」
狙いを定めた一射が、放たれる。
「なにっ!?」
瞬間、男の体は大きく沈み込んだ。再び、矢は男の頭上を通り抜けた。
地を這うような低い姿勢のまま、男はソルの脇を駆け抜ける。そして、背中に構えていた長剣を鞘から抜かないままに、突きだした。
「おぐあああああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!?」
濁った打撃音と、悲鳴が聞こえた。
「があああああああぁぁぁぁっ!?」
立て続けに、二つ目。
「させないよ」
感情の籠もらないリュンヌの声。バキンと、何かが叩き割られる音。
「ひっ!? いいいいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃっ!?」
何が起きたのかと、ソルが荷台の下の隙間から覗き込むと、野盗二人が、突如として現れた助けの足元に突っ伏し。
もう一人が、リュンヌの前で腕を手で押さえて、足元から崩れ落ちていた。
リュンヌ「で、で、で~ん♪ で~で~で~で~ん♪」
ソル「その曲は止めなさい。何だか色々とぶち壊しな気がしますわ」




