第164話:超えてはならない一線
スーリエは顔をしかめながら、頭を掻いた。
「ごめん。一番に話すべき事っていうのは分かっているんだけど。それだけだと、他に話しておきたいことが手つかずになっちゃいそうで。でも、話したいことは色々とあって。でも、何から話せばいいのか整理出来ない。私も、混乱していてさ」
「そう。なら、話す順番は任せますわ。情報の整理はこちらでしましてよ」
ソルの促しに、スーリエはしばし、口元に手を当てて考える。
「じゃあ、かなり前の話からになるけど。あまり、直接的には関係の無い話になっちゃうかもだけどさ。なんで、私がソルにあんな、泥棒としてでっち上げるような真似を仕掛けたのかっていう話から」
「あら? それは、エリアナのためではありませんでしたの?」
「いや、それは合っている。合っているけど。私が話したいことはそうじゃなくて、どうしてそこまでしたのかっていう話。エリアナはさ。あの頃、あんた達が作っている商品に対しても、何か少しでも弱みを掴もうとしていたんだ。扱い方とか、法的な障害とかでどうにか出来ないかって。それで、催涙スプレーの効果がどんなものかも、自分で試そうとしたの」
スーリエの告白に、ソルは頬を引き攣らせた。思わず額に手を当て、呻く。
「何て無茶をするのよ。私も、あれを開発していた頃は似たような事していたから、人のこと言えませんけれど」
「その話は、私も覚えています。気になって、ソルさんにどんな効果なのか、訊いたこともありました」
リコッテの言葉に、ソルも思いだした。リコッテのあれは、そういう意味だったのかと思い至る。
「それでさ。私、逆恨みだとは思うけれど。馬鹿な真似かも知れないけど。あんなにも目を真っ赤にしたエリアナを見たら。エリアナはこんなにも必死になって、苦しんでいるのにって。そう思って、私が何とかしようと考えた。エリアナが疑われないように、彼女には黙って。結果は、あのざまだったけど」
乾いた笑いをスーリエは漏らした。
「あのとき、逃げ場を無くした私はソルから助けて貰った。その時、約束だって言われた。その人が、変わっていってしまうようなら止めるか、ソルを頼るようにって。そんな感じのことを。私さ。それを聞いたときは何を言ってるのか全然分からなかった。でも、その後に少し分かった気がする」
重々しい溜息をスーリエは吐いた。
「エリアナに白状した後。あの子『それまでの自分が手緩かった』って言ってた。あの子が、あんな声出すなんて。信じられないほどに冷たい声してた」
スーリエは自分の体を抱き、身震いする。
「きっと、私のせいなんだ。私があんな真似してしまったせいで。エリアナは、一線を越える覚悟を決めたんだと思う」
「私も、そう思います。だってあれから、ソルさんのお父さんを働けなくなるほど追い詰めたり。馬車で事故を起こさせようとしたり。下手したら人の命を奪いかねないような真似までしましたから」
「なるほど。それは確かに、言えますわね」
それ以前の黒い悪魔がどうの、見目麗しい男優達が言い寄ってきたがどうのいった話では、せいぜいが成功してもソルの評判が落ちる程度の話だ。スーリエ以降の話は、そこが違う。
「私さ。エリアナのその時の言葉が、どうしても引っ掛かってた。それで、偶然。その子が生徒会室でエリアナと話をしていたというか、話をしたときの様子を見掛けて。リコッテが、泣きそうな顔していたから、何があったのか気になって」
「私は、エリアナの真似が恐くなって、止めようとしたんだけど。ごめんなさい。強く言えなかった」
「リコッテから、私があんな真似した後のエリアナの話を聞いて、私も恐くなったのよ。それで、二人してエリアナの様子を伺っていたの。もしも、これ以上何か、本当に取り返しの付かない真似をしてしまうようなら、そのときはソルに言おうって。でもこの一ヶ月ほどは、以前のエリアナに戻りつつある様にも見えて、ちょっと安心していたわ」
「猫を飼い始めたからかな? あと、学校とは違うところで、新しい友達も出来たみたいで。それも、関係しているのかなって、内心思ってた。ひょっとしたらその友達は男の子で。エリアナにとっての新しい出会いだったりするのかも何て、そんな事すら妄想してた」
「まあ、確かに少し大人しくはなっていましたわね。時折、何かを仕掛けようとしていた気配はありましたけど」
人気が少なくなったあたりで、事故を装って階段から突き落とそうという程度の試みは、しょっちゅうあったように思える。
とはいえ、ソルもそんな隙は徹底して作らなかったが。
「でも、今日は違った」
暗い顔で、スーリエは言った。
「あのさ? ソル? あんたって、色々と薬を作って売っているくらいなんだから、そういうのに詳しいんでしょ? ひょっとして、毒草とかも分かったりする?」
「ええ、勿論ですわ。毒と薬は紙一重ですもの」
更に言えば、自分はその手の知識において、プロ中のプロであると自負している。
「じゃあ聞くけど。私、あんまり頭良くないから、そういうのよく知らないんだけど。ひょっとして、学校に植えられている園芸植物にも、毒草とかってあるの?」
「ありますわよ? 普通に植えられていますわ」
「何でそんなものが学校に?」
「それは、単に綺麗だからでしょ。それに、わざわざそんな植物を食べようなんて人も、そうそういませんわ。身近な毒草なんて、本当に多いんですのよ」
ソルは目を細める。
「でも、あなたがそう訊いてくるっていうことは。つまりはエリアナが毒草を採取していたかも知れないっていうことですの?」
「そうよ。最近、学校の植物が荒らされているみたいだって、エドガーが言っていたから。私も気になって、見張ってみたのよ。そうしたら、エリアナがあちこちの植物を荒らしていて。花とか、葉っぱとか、木の実とか。少しずつだけど。手当たり次第に。遠くでよく分からなかったけど、嫌な笑顔を浮かべてたと思う」
「エリアナが、そんな悪戯目的でそんな真似するとは思えない。だから、これはひょっとしたら、次にソルさんを狙うための準備なのかも知れないって思いました」
「考えすぎかも知れないけれど。本当に、嫌な予感がしてならないのよ。私は、エリアナが好きだよ。でもだからこそ、あの子にはもう、こういう真似は止めて、踏み止まって欲しいんだ」
「事情は分かりましたわ。あなた達の勇気ある告白、心から感謝しましてよ」
ソルは顎に手を当てて唸る。
「でも、もしそうだとしたら、少し厄介ですわね。大抵の毒なら、私は対策は取れると思いますけれど。それでも、完全にというわけにはいきませんわ」
それこそ、ソルが思い付く限りなら幾らでも選択肢が思い付く。
ソルは大きく溜息を吐いた。
「仕方ありませんわね。あまり、この手は使いたくありませんでしたけれど」
「どうするの?」
「私からエリアナに送り込んでいる協力者が、何か情報を持っていないか確認しますわ。あまり、接触するのもバレるリスクがあって、避けたかったのですけれどね。それとスーリエ。あなたは、エリアナが学校のどのあたりの植物を採取していたか、覚えている限りでいいから、教えてくれませんこと?」
リスクはある。しかし、今はそのリスクを取らなければいけない事態になりつつある。そこで、無策でいるのはより追い詰められるだけだと、ソルは判断した。
ソル「でも、私もノビ〇ョクとか、サ〇ン、V〇ガスなんて出されたら、防ぐのは難しいですわね」
リコッテ&スーリエ『流石にそれは出てこないと思う』
年末はちょっと忙しいので、12月の間は更新ペースが落ちます。もともとスローペース連載ですが。
来年一月になったら、元に戻ると思います。
ソル「今年の秋初めあたりまで、ずっと落ちていたくせに」




