第十二話
宇宙暦四五一八年五月十五日。
首都星アルビオンから王国政府の正式決定が通達された。
ゾンファ共和国のヤシマ占領は停戦合意を踏みにじる行為であると断定し、停戦合意を破棄することが伝えられ、ヤシマ解放作戦が発動された。
作戦名は“ヤシマの夜明け——Operation Yashima Dawn——”、通称は”YD作戦“だ。
参加兵力は十一個艦隊約五万五千隻、約七十万人。アルビオン王国史上において類を見ない大兵力を投入する作戦となった。
作戦はジュンツェン星系進攻艦隊六個、ヤシマ進攻艦隊四個及びヤシマ防衛艦隊の残存兵力で構成される。
ジュンツェン進攻艦隊はキャメロット第一、第三、第五、第六、第八、そして私のいる第九艦隊と決定された。
第六、第八艦隊は途中のアテナ星系に駐留しているため、キャメロットを進発する艦隊は四個。出撃は翌々日の五月十七日とされた。
艦隊内ではやる気に満ちた声が多く上がり、ノーフォーク332号でも仲の良い者同士が互いに頷きあっている姿が多く見られた。
着任してから約三ヶ月。ようやく艦に慣れたところだが、既に重巡航艦という艦種に魅了されていた。
カウンティ級重巡航艦は主砲である15テラワット級陽電子加速砲に加え、艦尾迎撃砲として2テラワット級荷電粒子加速砲二門、更にファントム級ステルスミサイル発射管四基、100トン級レールキャノン八門という重装備を誇る。
加速能力は5kGと巡航戦艦と同等だが、質量の関係から巡航戦艦より軽快な機動が可能だ。
艦隊戦以外でも最大単独行動期間三ヶ月と長期間の任務にも耐えられるため、哨戒任務や偵察、更には国内の治安維持でも活躍する一種の万能艦だ。
この三ヶ月で士官として多くのことを学んだ。
主担当である戦術では戦術士のエリオット・マクファーデン少佐の下、主砲やカロネード、ステルスミサイルの扱いを学び、掌砲手たちとの信頼関係を築くことにも成功している。
他にも副長であるクレメント・ケネディ中佐の指揮下に入り、緊急時対策班で掌帆手たちと艦内を駆けずり回った。その結果、この艦の隅々まで知ることができ、今では自分の掌を見るようにとまではいかないが、ある程度艦のことが分かるようになっている。
出撃前、兄クリフォードと話をする機会があった。
「元気そうで何よりだ」と兄は昔と変わらない柔和な笑みを浮かべている。
「兄さんも元気そうでよかったよ。砲艦の艦長だから気苦労が多そうだし」
二人だけで話をするというのは十年ぶりだが、自然と昔と同じ口調に戻っていた。
「確かに気苦労は多いが、その分やりがいはあるよ。まあ、今回の出撃では戦う機会は少ないだろうけどね。それよりお前も大変だったが、今の艦には慣れたか?」
「ノーフォークは素晴らしい艦だよ。要求されることは厳しいけど、やりがいはある。今回の戦いでも真価を発揮すると思うね」
新米士官に過ぎない私が自慢げに言ったことに兄は相好を崩す。
「ファビアンも一端の士官になったな」と言って肩をポンと叩く。
しかし、すぐに真剣な表情に変える。
「だがあまり気負いすぎるな。お前が独断専行するとは思わないが、戦いが始まるとアドレナリンで普段とは違う行動を採ってしまうことがある。常に冷静にと言い聞かせるんだ」
危機的な状況に二度も陥っている兄の言葉は重いが、なんとなく照れ臭い。
「分かっているよ。僕は“崖っぷち”で力を出すようなタイプじゃないから、冷静にって言い聞かせるようにするよ」
そこで兄は再び笑みを浮かべる。
「ファビアンも言うようになったな」
更に少し雑談をした後、兄に質問をした。
「この戦いはどうなると思う? ゾンファも馬鹿じゃないからジュンツェン星系に艦隊を集中させていると思うんだけど」
「どうだろうな。ゾンファの兵站能力は低いというのが、作戦部と参謀本部の評価らしい。ジュンツェンに増派するとしても三個艦隊が限界だろう。それも一度に送り込むことは難しいから、このタイミングなら我々の方が有利になるはずだ」
兄は初陣の私に気を使い、楽観論を言っている気がした。
「三個艦隊ならジュンツェン星系には六個艦隊が駐留していることなる。だとすると、ジャンプポイントで待ち伏せされたら厳しいと思うんだけど」
「そうだな」というものの、これ以上議論する気がないのか、
「その辺りは総参謀長閣下辺りが考えてくれるさ」と軽く流した。
「いずれにせよ、お前の方が危険なんだ。気をつけるんだぞ」
「確かにそうだね。第九艦隊は先陣を任されるだろうから」
この時は兄が危機に陥るとは思っていなかった。砲艦はジャンプポイントの防衛に回されるくらいだと考えていたためだ。
五月十七日。サクストン提督の「出撃!」という言葉で四個艦隊二万隻がアテナ星系に向けて発進した。
最初は加速能力の低い砲艦や輸送艦が発進していく。その中には兄の指揮艦レディバード125号もあった。
我々第九艦隊は最後に発進するため、出港は十時間後だ。それまで半舷休暇に充てられる。しかし、要塞内ということで艦から出ていくものはほとんどなく、のんびりとした時間を過ごしていた。
キャメロット星系からアテナ星系、ターマガント星系と順調に進み、次は敵の支配星系ハイフォン星系に突入する。
敵が待ち伏せている可能性は限りなく低いが、超空間航行がジャンプアウトする時、手に汗を掻くほど緊張していた。
「警戒はしなくちゃいけないが、そんなに緊張していたら身体がもたないぞ」と戦術士のエリオット・マクファーデン少佐が小声で話し掛けてきた。
「了解です。でもやっぱり緊張しますね」と同じように小声で答えると、
「そういう時はコンソールの画面を無駄に見ておくのさ。何となく気が紛れるし、艦長からは仕事をしているように見えるからな」
そう言ったところで、後ろの指揮官シートからアイアンズ艦長の叱責が飛ぶ。
「私語は厳禁だ。タコー」
その叱責に対し、マクファーデン少佐は涼しい顔で「了解しました、艦長」と答え、私に小さくウインクをしてくる。
少佐の気づかいで少しだけ気が楽になった。将来、自分もこういう風に気づかえるようになりたいと思った。
ハイフォン星系に入ったが、敵の哨戒部隊はすぐに撤退していった。
六月十二日、アルビオン艦隊はジュンツェン星系に向けて超空間に突入した。
五日後の六月十七日標準時間〇八〇〇。
ジャンプアウトまで三十分を切った。既に戦闘配置についており、私も戦闘指揮所の戦術士補席で待機している。
「ジャンプアウト後に敵との交戦の可能性がある。これまでに検討してきた通り、落ち着いて対応してほしい」
艦長の言葉にCIC要員全員が「了解しました、艦長」と答える。
ジャンプポイントで敵が待ち伏せているとすると、濃密なステルス機雷と敵艦隊の砲撃の双方に対処が必要となる。
マクファーデン少佐が敵艦隊への対応を行い、私がステルス機雷に対応する分担となっていた。
そのため、機雷から発射されるミサイルを迎撃するパルスレーザー砲の状態を確認する。しかし、既に五回以上同じ確認をしており、自分でも冷静さを欠いていると思い始めていた。
兄に言われた通り、自らに冷静になるようにと言い聞かせるが、恐怖と不安は全く消えない。
初めての実戦を控え、改めて兄の凄さを実感する。
兄の初陣は敵拠点への潜入作戦だった。つまり自分の身を敵に晒すということだ。そんな状況で冷静に対応していたとデンゼル少佐に教えてもらったが、私には絶対できそうにない。
「総員に告ぐ。ジャンプアウトに備えよ」という艦長の声が響く。いつも通りの低くて平板な声に僅かに心が落ちついた。
「了解しました、艦長」と答えると、航法士のカウントダウンだけがCICに響く。
「ジャンプアウトまで二十秒、十九、十八……」
全員が息を呑み、カウントダウンの声しか聞こえない。
「……十秒……五、四、三、二、一、ジャンプアウト!」
カウントダウンの終了と共に正面にあるメインスクリーンの映像が切り替わった。
しかし、私にはそれを見ている余裕はなかった。戦術士補用のコンソールを操作し、ステルス機雷の位置の把握と迎撃を指示しなければならないからだ。
「ジャンプポイント出口に敵の艦影なし! 艦隊司令部より掃宙作戦に移行せよとの命令が入っております」
情報士の声が響き、すぐに艦長が命令を下す。
「コリングウッド少尉、戦隊司令部の指示に従って掃宙作業に入れ」
「了解しました、艦長」と答え、重巡航艦戦隊旗艦とパルスレーザー砲の制御系を接続する。
「旗艦との接続完了。掃宙作業に入りました」
掃宙作業は戦隊単位で人工知能による自動制御で行われるため、することがなくなる。メインスクリーンに映るステルスミサイルの爆発の光を感じながら、目の前のコンソール画面を見つめていた。
一度だけ至近で爆発があったが、艦に損傷はなく、AIが黙々と行う作業を見ているだけで何事もなく終わっている。
敵艦隊の位置を確認すると、第五惑星の軌道上に五個艦隊が漫然と展開している。
「やはり敵は待ち伏せしていませんでしたね」とマクファーデン少佐が艦長に話しかける。
「総参謀長のおっしゃったとおりだが、未だに信じられん」
総参謀長のアデル・ハース中将は敵の待ち伏せはないと断言し、補助艦艇を含めた全艦隊でジャンプアウトしている。
敵の支配星系にジャンプアウトする場合、通常であれば戦闘艦が先行し、掃宙が終わったタイミングで補助艦艇がジャンプアウトするように調整する。
そう考えると、今回の対応は異常と言える。
「敵の数が少ないか、指揮命令系統が確立されないという話だったが、この目で見るまで疑っていた。さすがは“賢者”殿と言ったところか」
こんな話を聞くと、やはり天才というのは存在するのだと思ってしまう。自分には絶対に無理だ。
掃宙作業の間に総司令官のグレン・サクストン大将が敵に最後通牒を突き付けていた。
「既に通告した通り、ヤシマに侵攻した貴国艦隊の撤退について、貴国政府の代表による正式な回答を要求する。また、ヤシマからの撤退が完全に完了するまで、当星系での戦闘行為の禁止、及び、当星系内に存在するすべての貴国に所属する艦船、軍事施設の武装を解除し、我が軍の管理下に入ることを勧告する……正式な回答がなされない、または、正式な回答と認められない場合、及び、武装の解除がなされない場合は、当艦隊の安全確保を目的として、貴国に属するすべての艦船及び施設に対し、攻撃を行うものとする……回答期限は宇宙歴四五一八年六月十七日一七○○とする……」
掃宙作業は三時間ほどで終了し、第五惑星J5に向けて進軍を開始した。
進軍を開始したものの、敵に動きは見られない。
まだ敵との距離が遠く、移動することしかできないのだが、この時間が辛いと思った。
「一九〇〇まで第二戦闘配備に変更。半数は休憩に入れ」
艦長の命令で私は休憩のためにCICを離れ、ワードルームのラウンジに座っていた。しかし、敵の動きが気になって仕方がなく個人用情報端末の画面を何度も見ていた。
「きちんと休んでおけよ」と同じく休憩に入った副長のケネディ中佐が声を掛けてきた。
「了解です。ただ、敵の様子が気になって……」
「PDAを見ていても何も変わらんのだ。こういう時はベッドに転がって本でも読んでいればいいんだ」
副長の言う通りだと思い、キャビンに入ってベッドで横になる。間違って寝てしまった時のためにアラームだけはセットしておく。
この後の戦闘のことが気になり、思考がグルグル回るが、知らないうちに眠っていた。
アラームの音で目を覚まし、慌てて髪を整えてCICに向かおうとしたら、同じタイミングで副長もキャビンから出てきた。
「寝ていたのか?」と聞いてきたので、「はい、中佐」と答え、
「どうして分かったのですか?」と聞くと、
「鏡を見なかったようだな。顔に線がついているぞ。ククク……」と最後には笑われてしまった。
「あと六時間もしたら忙しくなる。その後は眠る暇がないかもしれんのだ。よかったじゃないか」
「そうですね」とあいまいに答えるしかない。
緊急時対策所に向かう副長と別れてCICに向かうが、顔についたシーツの跡を消そうと必死にこすっていた。