第十三話
宇宙暦四五一八年六月十七日標準時間二二二五。
ゾンファ共和国艦隊が遂に動き始めた。
巡航戦艦を主体とした高機動艦隊が最大加速度で追撃してきたのだ。その後ろには戦艦と駆逐艦を主体とした部隊が続いている。
我々アルビオン艦隊だが、第五惑星J5を掠めるようにして、食糧供給基地がある第三惑星J3に進路を変えていた。
また、艦隊を三つに分けていた。
総司令官グレン・サクストン大将率いる本隊には戦艦と砲艦約六千六百隻が特殊な陣形、兄クリフォードが提案した戦艦と砲艦を組み合わせた陣形を組み、0.1CでJ3に向かっている。
私がいる第九艦隊は高機動部隊約二万隻の中核として再編成を急いでいる。第九艦隊は高機動艦で構成され、旗艦も巡航戦艦だが、その他の艦隊の旗艦は一等級艦と呼ばれる大型戦艦が旗艦であり、司令官が巡航戦艦に移動しなければならない。
また、高機動部隊の指揮は第九艦隊のエルフィンストーン大将が執るが、二万隻という大部隊であるため、指揮命令系統の再構築が必要であった。
もっともこう言った編成の変更については、移動中に机上検討は充分になされていた。そのため、大きな混乱もなく、再編成は完了した。
すぐに本隊から離れて、敵高機動艦隊に向かうように最大加速度で減速を始めた。
三十分後、本隊では砲艦が攻撃準備を終え、敵が射程に入るのを今か今かと待っている。
二三〇〇。
敵との距離が二光分となったところで本隊が砲撃を開始した。戦闘指揮所の戦術士補席にいた私はコンソールを眺めていたが、メインスクリーンに映る光の柱に思わず、顔を上げてしまった。
「何度見ても凄いな」と戦術士のエリオット・マクファーデン少佐が呟いている。
私も同じ気持ちだが、すぐにコンソールに集中する。
「ファントムミサイル発射準備」というアイアンズ艦長の命令がCICに響き、全員が自分の作業に集中する。
「発射準備完了」とマクファーデン少佐が答える。
一分後、艦隊司令部から全艦ミサイル発射の命令が入る。
「ファントムミサイル発射」
「了解しました、艦長。ファントムミサイル全基発射」
いつもの少し軽い感じのマクファーデン少佐が緊張気味に命令を実行する。
二万隻から一斉にミサイルが発射された。その数は十万基にも達し、混乱する敵に大きなダメージを与えることができるはずだ。
要塞砲並みの攻撃とミサイルによる飽和攻撃により、敵高機動艦隊は大混乱に陥った。
しかし、CICで歓声を上げる者はなく、プロらしく自らの仕事に没頭していた。恐らくだが、他の艦では歓声を上げているはずだ。
「敵に止めを刺す。全艦攻撃開始せよ!」というエルフィンストーン提督の命令がCICに響く。
その直後、「主砲及びカロネード発射準備」とアイアンズ艦長が命じた。
「「了解しました、艦長!」」
私とマクファーデン少佐の声がハモる。
少佐が主砲、私がカロネード、すなわちレールキャノンの担当だからだ。
ノーフォーク332号には100トン級カロネードが八門備えられている。カロネードは多数の金属球を高速で発射する原始的な質量兵器だ。単純な攻撃法で誘導等はできないが、その分防御が難しい。
ミサイルと違い探知することが難しく、迎撃は不可能だ。また、命中すると防御スクリーンに大きな負荷をかけることができ、粒子加速砲の攻撃と組み合わせると絶大な威力を発揮する。
一方で、使い方が難しい兵器でもあった。
相対速度がある程度ないと運動エネルギーが十分に得られず、効果は少ない。また、発射後にどうしても広がってしまうため、近距離で使用するしかない。
今回は追撃してくる敵を迎え撃つため、相対速度は十分にあるし、敵は脆弱な巡航戦艦や巡航艦であるので大きな戦果が期待できる。
敵高機動艦隊は半数が戦闘不能に陥り、残りの半数も指揮命令系統が混乱しているのか、散発的な反撃しかしてこない。しかし、敵の戦艦と駆逐艦の混成部隊が猛然と接近しており、時間的な余裕は少ないように見える。
「武器級重巡航艦に照準完了!」とマクファーデン少佐が報告すると、
「主砲発射」と艦長が命令する。
「鳥級軽巡航艦、カロネードの射線に入りました!」
「カロネード全基発射!」という命令を受け、「カロネード全基発射!」と復唱して発射する。
ガコンという小さな音がCICに響き、コンソールの画面にカロネードの砲弾のアイコンが示される。
「次弾装填開始! 加速電磁コイル冷却系最大……」
それから先の記憶はあまりなかった。
艦長と戦術士からの命令を受けて、訓練通りに操作する。その繰り返しで全体がどうなっているのか、全く分からなかった。
「リンドグレーン提督は何をしている!」というマクファーデン少佐の悪態が一度聞こえたが、それを確認することなく、カロネードの発射とステルスミサイルの迎撃を指示していた。
「砲撃停止。各部の損傷状況を報告せよ」
艦長の言葉で戦闘が終わったことに気づく。
それでも訓練で叩き込んだ通り、すぐに命令を実行していく。
「カロネード全基待機状態へ移行。加速電磁コイル電圧ゼロ、コイル冷却系温度低下確認……二番カロネード温度高警報……リセット。すべて異常なし……カロネード、オールグリーンです、艦長」
「了解」
その間にも防御スクリーンや機関などについての報告が上がっていく。
そこでようやく全体が見えた。
敵が最大加速で要塞に向かっている姿がメインスクリーンに映っていた。
「敵が逃げていく……」と思わず呟いてしまった。
「してやられたんだ。いや、リンドグレーン提督がもう少し上手く立ち回ってくれたら、我々の完全勝利だった」
大勝利であるはずなのに、マクファーデン少佐は憮然とした口調だ。
「今回はよくやってくれた」と珍しく艦長の声に感情がこもっている。
「我が艦は重巡航艦一隻、軽巡航艦二隻を沈め、巡航戦艦一隻と軽巡航艦三隻に中破相当のダメージを与えている。もちろん、ミサイルによる戦果を抜きにしてだ。これは全艦隊の重巡航艦で最も大きな戦果でもある」
そこでマクファーデン少佐が私に向かって、「よくやった。ファビアン。初陣にしては上出来すぎるぞ」と言ってきた。
「ありがとうございます。ですが、ほとんど覚えていないんです」
「そうなのか? 初陣とは思えないほど冷静に対応していたんだが……」
話を聞くと、カロネードで軽巡航艦一隻を沈め、二隻にダメージを与えていたそうだ。
「戦果を確認する余裕は全くありませんでした。というか、命令通りに実行していただけなので……」
「今はそれで十分だ」と私の肩をポンと叩く。
この戦いは第一次ジュンツェン開戦と呼ばれ、アルビオン側約二万七千六百隻、ゾンファ側約二万二千五百隻と、両軍合わせて五万隻近い数の大規模な会戦だった。
我が軍の損害は廃棄処分を含む全損二百隻余、大破約百、中破約三百、小破約千と全体の五パーセント程度という軽微なものであった。
一方のゾンファ側は参加艦艇約二万二千五百隻。降伏を含む全損五千余、中破約二千、小破八千余と、損失率二十二パーセント超、参加艦艇の三分の二が何らかの損傷を負っており、我が軍の大勝利と言える。
但し、リンドグレーン提督の指揮の拙さによって完勝できなかったことから、艦隊内には不満が出ていた。
その後、艦隊は第三惑星にある食糧生産基地を破壊し、ヤシマ星系への航路であるシアメン星系行きのジャンプポイントに艦隊を展開した。
宇宙暦四五一八年七月二十三日、標準時間〇一〇〇。
一ヶ月以上にわたり、我々ジュンツェン進攻艦隊はジュンツェン星系のシアメンJP付近に展開を続けている。
総司令部では敵のヤシマ侵攻艦隊が戻ってくるのは七月二十日以降であると予想しており、シフトを組んで対応していた。しかし、敵の支配星系に留まっていることから、徐々に疲労が溜まっていた。
特にここ数日はゾンファ共和国のヤシマ侵攻艦隊がいつ戻ってきてもおかしくないため、即応できるようにいつものシフトよりも人員を増やしている。そのため、乗組員の苛立ちも大きくなり、些細なことで喧嘩が発生するなど、士気の低下が見られるようになっていた。
特に兄がいる第三艦隊では毎日のように処分が行われていた。
精鋭である第九艦隊はそれほど酷い状況ではなく、ノーフォーク332号では規律違反で処分される者は皆無だった。
私は副長のシフトに入っており、戦術士席に座って敵が現れるのを待っていた。
標準時間〇一三〇。
「JPに所属不明艦のジャンプアウト確認」という索敵員の声が響く。
「ゾンファの情報通報艦の模様……第五惑星に向け、通信波確認……ステルス機雷起動……敵情報通報艦轟沈!……脱出ポット射出なし……」
シアメンJPにゾンファ共和国軍の情報通報艦がジャンプアウトし、通信を行ったようだ。
(情報通報艦が現れて通信を送った……ヤシマから艦隊が戻ってくるという情報だろうか……)
すぐに第一級戦闘配備に切り替わり、艦長が戦闘指揮所に現れた。
「ヤシマから敵が戻ってくる可能性がある。総員、持ち場で待機」
一時間後、総司令部からの通信が各艦に入った。
堂々たる体躯のサクストン提督の姿が、メインスクリーンに大きく映し出される。そして、重々しい声で放送を開始した。
「YD作戦参加の各員に告ぐ。敵情報通報艦の通信を解析した結果、ゾンファ共和国軍のヤシマ侵攻艦隊が転進してきたことが判明した。敵の到達予定時刻は翌七月二十四日〇八〇〇。敵戦力の詳細は不明だが、我が方より少数であることは間違いない。作戦については追って総司令部より通知する。各員の責務を果たすことを希望する。以上!」
サクストン提督の短い訓示の後、総参謀長アデル・ハース中将の映像に切り替わる。常に飄々とした総参謀長がいつも通りの笑顔を浮かべていた。
「現れる敵の戦闘艦の数は最大で一万八千隻、最小で一万二千隻と想定しています……」
ハース中将は説明を始めたが、要約すると以下のようなものだった。
ヤシマ侵攻艦隊は最大で四個艦隊程度と我々の三分の二と少数であると推定される。しかし、敵がアルビオンの政府関係者を拉致している可能性が高く、その奪還のために戦闘が必須である。また、ジュンツェン防衛艦隊との合流を妨害することは容易であり、各個撃破の絶好の機会だということだった。
「各個撃破か。さすがは賢者殿だな。大胆な作戦だ」
マクファーデン少佐がそう呟く。
ハース中将の説明が終わると、アイアンズ艦長がマイクを握った。
「今の放送の通り、明日の〇八〇〇には敵との決戦が待っている。できる準備は確実に行ってほしい。副長は艦長室へ。以上だ」
その後、決戦に向けての準備が始まった。
と言っても一番重要なことは休養だ。欺瞞情報という可能性もなくはないが、ジュンツェン防衛艦隊が動かなければ、こちらの方が戦力的に勝っているからあまり心配はいらない。
八時間ごとの休憩によってリフレッシュした私たちは精力的に艦の整備を行った。
七月二十三日、標準時間〇一〇〇。
第五惑星のJ5要塞からジュンツェン防衛艦隊が出撃した。その数は一万七千隻。しかし、その編成は戦艦と駆逐艦が主力といういびつなものだった。
「後方の敵は当面気にする必要はない。どうせ300光秒以内に入ってはこないのだから……」
艦長の言葉に全員が頷く。
ジュンツェン防衛艦隊はヤシマ侵攻艦隊がジャンプアウトする前に交戦することは望んでいない。また、絶対数が少ないことから、いつでもJ5要塞に逃げ込める位置に待機し、ジャンプアウトのタイミングに合わせて進撃してくるはずで、それより前に動くことはあり得ないためだ。
標準時間〇七三〇。
ジュンツェン防衛艦隊はアルビオン艦隊の後方300光秒の位置で止まっている。
アルビオン艦隊も三十分後の敵のジャンプアウトに備え、陣形を整えていた。シアメンJPから30光秒の位置にあり、ジュンツェン防衛艦隊と合流されないよう間に入っている。
サクストン提督の第一艦隊を中心に第五、第六、第八、第九の四つの艦隊が黄道面に垂直に十字を描くように配置されている。
リンドグレーン提督率いる第三艦隊は最右翼に配置され、ジュンツェン防衛艦隊に対し、退路であるハイフォンJPへの航路を確保すると共に、ヤシマ侵攻艦隊の側面を窺うことになっていた。
我々第九艦隊は最左翼に位置し、その機動力を生かして敵の側面を突くことを期待されている。全体の陣形だが、横倒しになった十字架の形で、第九艦隊が頭部に、第三艦隊が脚部に当たる形になっている。
標準時間〇八〇〇。
予定時間が近づいていたため、私はメインスクリーンを見上げていた。そこに次々と現れるゾンファの戦闘艦の姿が映し出された。
『シアメンJPに未確認艦艇多数ジャンプアウト……』というAIの中性的な声がCICに流れる。
その直後、多数のエネルギーの束が我々を襲った。敵はジャンプアウト直後の有利さを生かして攻撃してきたのだ。
「総司令部から入電! スペクトル解析によりゾンファ共和国軍艦艇であることを確認! 全艦隊攻撃を開始せよ! 繰り返す! 全艦隊、敵ヤシマ侵攻艦隊に向け、攻撃を開始せよ! 以上です!」
通信士の焦りを含んだ声がAIの声に被る。
「航宙日誌に記録。SE四五一八年七月二十三日標準時間〇八〇〇。戦闘開始」
艦長が冷静に記録すると、
「最大加速で前進! ファントムミサイルは戦隊司令部の命令に従って発射!……」
第二次ジュンツェン会戦が始まった。




