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2話 じゃあやっぱりここに住みます


「…………」

「あれ? 天使さーん、生きてますかー」


 僕が勇気を出して同居を申し込んだというのに、天使さんは大きく口を開けたまま何も言わない。



「……はっ!? なにやら信じられない言葉が聞こえたような……」


 やっと意識を取り戻し、ふるふると首を振る。


「いやいやいや、そんなはずはありません。 さ、レッツ異世界――」

「行きませんってば」


「…………」

「…………」







「オッラァァァァァァァァッ!!! 行けやァッ!!!」

「ぐおおおおっ!? 痛い痛いっ! 吸い込まれる!!」


 ブラックホールのような球体に吸い込まれそうになるもなんとか耐える。

 っていうかめっちゃ痛い何これ。


「死ねやあああぁぁぁぁぁぁッ!!!!」

「うおおおおっ! 死ねはおかしいと思います! チートパワーを全開だッ!!」



 僕とブラックホールの格闘は体感30分、実際のところ30秒くらい続いた。





「ハァ、ハァ、勝った……!」


 結果は、僕の……いや、僕のチートパワーの勝利。 やったね。


「ハァ……ハァ……っ!」


 床に膝をつき肩を震わせる少女に、僕は手を差し伸べる――


「いい勝負だった、本当に……天使さん、あなたは僕の宿命のライバルだったのかもしれないな。 これが戦友というやつなんだろう……」

「ぶっとばすぞマジで」

「OK一旦話し合おう」


 凄みが完全にヤンキーのそれだ。 怖い。


「お前よぉ……どういうつもりだ? あぁ?」

「それが天使さんの『素』なんですね」

「だからなんだよ、質問に答えろ」

「はい」


 そう言われても、ただ「行きたくなかった」としか答えようがない。


「異世界無双だぞ異世界無双! なんの取り柄も無いお前が唯一輝ける大チャンスじゃねーか!」

「色々言いたいけど……真正面から悪口はやめてください。 無表情かもだけどちゃんと傷ついてるんです」


 表情筋が硬いだけで僕の心はガラス細工。 もう少しいたわってほしい。


「……あ、天使さんのお名前聞いてもいいですか?」

「ここで!? もうお前の会話のテンポ意味わかんねぇ!」


 少女は一つ舌を打つと、『ガブリエル』と名乗った。名前の天使感すごいな。


「では、ガブちゃん」

「殺すぞ」


「……ガブリエルさん」

「よし」


 微妙に満足そうなガブリエルさんになんだか微笑ましくなりつつ、冷めた紅茶をすすり一息つく。

 あのブラックホールでよく無事だったなと思ったが、ほかの家具も無傷なところを見るにどうやら「そういうもの」らしい。


「あ、僕は『烏丸宗次郎』です。 名前だけはイケメン風ってよく言われます」

「知ってるよ」

「名前がイケメン風と言われることまでご存知だとは……」

「いや名前しか知らんわ」



「……それで、名前がイケメン風な僕からちょっと物申したいんですけど」

「ホントお前みたいな奴は初めてだよ……で、なんだ?」


 少しは認めてくれたのか、はたまた諦めが勝ったのか。 ほんの少し態度が軟化した気がする。

 なら、僕の思いの丈をぶつけてみようじゃないか。 拙い言葉でも、伝わるものがあるかもしれない。


「僕は全員が全員、異世界で無双したいとか、そういうこと考えてるわけじゃないと思うんですよね」

「……わからんではない」


「やっぱり考え方は人それぞれだし」

「だろうな」


「なので異世界には行きません」

「いや浅っ!!?」



「あっっっっっさ!!! え? それだけ? いい事言う流れじゃねぇの!?」

「え? はい……」


「え? ほかに何かあります? みたいな顔してんじゃねぇよ! 少しでも真面目に聞こうとした十数秒前の私を殴りたいわ!!」


 すごく怒っている……何か悪い事をしてしまったのだろうか。


「頭いてぇ……もうお前とまともに会話すんのはやめだ、普通じゃない」

「そんなこと言わないでくださいよ。 まず置かれている状況が普通じゃないんですから、これで人の常識非常識は測れないでしょう。 僕は普通だ」


「理屈は否定できないがお前は普通じゃねぇ!!!」




     ◆




「……そういえばあのブラックホールみたいなやつ、アレまたやらないんですか? 僕を異世界送りにしたいのでは?」

「アレは借り物だから規定により間隔を空けないと使えない。 だからお前に腹を立ててるんだが?」


 新しい紅茶を淹れながらガブリエルさんはぶつぶつと悪態をつく。


「まあまあ、ちなみにどれくらいの間隔で?」

「お前達の感覚で言うと24時間。 この間に次の転生者が来たらどうしてくれんだまったく……」


 しれっと僕のカップにも紅茶を注いでくれるあたり人が良い。 性格が悪いと思ったのは謝ったほうがいいかもしれない。


「性格が悪いと思ってまことにもうしわけない」

「……それ絶対口に出さないほうがよかったやつだな?」


「礼儀を重んじる誠実さで好感度を上げたところで」

「下がってんだよ」


 ここで紅茶を一口。 うん、あんまり美味しくない。


「僕を元の世界に戻すことって出来ないんですか?」

「……言うと思った」


 呆れているふうにも憐れんでいるふうにもとれる表情で、ガブリエルさんはため息を吐いた。


「僕ね、一応まだ未練があるんですよ」

「……そりゃそうだ」

「やりたいこともあったし、家族もいるし、一応友達もいるんです」

「ハッ、友達がいるとは思わなかった」

「失礼な、いますよちょっとくらい……まあそんなこんなで、出来れば元の世界に戻りたいんです。 仮にも17年程生きてきた世界ですから」


 戻ったところで何か成し遂げられるとは思わないし、それほど幸福に満ちた人生をおくれるとは思わないけど、これは僕の正直な気持ちだ。


「残念ながら、その権限は私にはない」

「ガブリエルさんには……じゃあ、神様なら戻してくれると?」

「許可さえ出れば私でも出来る。 だが許可なんておりるわけないだろ?

お前をここに寄越したのはその神なんだぞ?」


 ガブリエルさんは今度こそはっきりと、憐れみの表情を浮かべて頭を振る。


「ここに来た時点で、お前には選択肢なんて無い。

ただの死者として消えるか、もう一度新しい生を受けるか……それだけだ」

「…………そうですか」


「……ここには昼夜の概念は無いが、今日はもう寝とけ。そのソファ――」




「じゃあやっぱりここに住みます」

「結論がおかしい」


 何もおかしくない。 僕は常に第3の選択肢を追い求めているだけだ。


「イカレてんの?」

「イカしてるんです」

「…………」


 あれ?渾身の返しだったのに全然ウケてない。 感動しているだけか?


「そういやさっきも同じことぬかしてやがったな……いいか? ここは私の家だぞ? 許可無しで住めるわけねーだろうが」

「じゃあ許可ください。 出来れば僕に毎日味噌汁作ってください」

「何? サイコなのお前?」


 失礼な、サイコではない、サイコーである。 ……って言ったらまたスベるんだろうな。


「はぁ~~…………」

「人生でこんなに深いため息聞いたの初めてですよ」

「お前のせいだからな?」

「いや、僕もう死んでるようなものでしたね。 はっはっはっ」

「意図的にボケるとつまらないぞお前」



「……逆に聞きたいんですが!!!!」

「キレんなよ、ゴメンて」


 何度でも言おう。 僕のハートはガラス細工。 僕のハートは、ガラス細工。


「僕はね、許可も無く突然ここに連れてこられたわけなんですよ。 多少の横暴は大目に見てください」

「理屈はともかくお前の感情の起伏が分からない。 いきなり落ち着くな」


「いいじゃないですか、一緒に住みましょうよ。 多分チートで家事出来ますよ?」

「お前に出来ることは私も大抵できるんだよ」

「あ、なら家事は全部お任せしますね」

「逆にすごいなお前」


 褒められた……!? ガブリエルさんはとうとう僕を認めてくれたらしい。


「これからよろしくお願いします、ガブちゃん」

「お前絶対異世界適正あるわ、こんな図太い奴見たことないもん」

「ガブちゃんがすっごい褒めてくれる……嬉しい」


 見た目年齢は僕より幼いガブちゃんだが、誰が見ても図抜けた美少女である。

こんなにヨイショされると流石に好きになってしまう。


「つかしれっとガブちゃん呼びしてるけど許可してねぇからな? あぁ?」

「いや、やっぱり怖いな」


「マジメな話お前絶対転生者向きだって、強すぎる力に溺れたり潰れたりしないだろお前。 そういう精神もってるのって珍しいんだぞ?」

「えー、でも転移ってこのまま異世界行きでしょ? 転生じゃダメなんです?」


 『転移』と『転生』、結構違いがあったはずだ。 人生のリセットを考えるなら転生のほうが面白そうではある。


「いやいや、冷静に考えてみろ? 転生してまともに動けるようになるまでどれだけかかると思う? 人生やり直しだぞ? しばらくは立つこともできん」


 赤ちゃんが歩けるようになるまで大体1年くらいだったか。 確かにそれなりのデメリットだ。


「そう考えると退屈で脳腐りそうですね。 あとお母さん美人だと性癖バブりそうだし、転移もメリットありますね」

「性癖は知らんけど、前向きに考えてくれたか」




「まあ転生だとしても絶対行かないんですけど」

「理由も無いのに何でそんなに頑ななの?」


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