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【小話】運命の出会い2 - 子供たち -


 僕は元々あまり考える方じゃない。


 苦手というよりは、行動することの方がうまくいくことが多かったからだ。

 だから、今回もまずは行動することにした。ローズがこの国に滞在する時間は少ない。その少ない時間を一緒に過ごして、ローズとの距離を縮めようと思ったのだ。

 本当は結婚の申し込みも一緒に考えたいけど、今の僕には無理だ。もっと時間をかけて考えないといい案は浮かばない。


「ジュリアン」


 どこに誘おうかと悩みながら寄った店で、顔なじみの女の子が寄ってきた。女の子と言ってもすでに15歳で、僕よりも年上だ。友人というにはほんの少し親しく、友達というには微妙な付き合い方だった。


 子爵家の次女である彼女は僕を結婚相手として捕まえたいんだよな、と思っている。彼女を結婚相手として見ていないから本当ならもっと距離を持った方がいいのだが、好意を突っぱねるだけの決定的な何かは特になかった。


「ヘザー。久しぶり」

「本当よね。ねえ、これからどこかに行かない?」


 ヘザーは当たり前のように僕のいる席に座る。そして、給仕の者にお茶を注文していた。


「ごめん。これから大事な約束があるんだ」

「断れないの?」


 やや不機嫌そうに言ってくるが、僕は笑った。


「どうしてヘザーを優先する必要があるのかな?」

「それは」

「沢山いる友人の一人としての付き合方しかしないと言ったと思うけど。できないなら、今後は声を掛けないでほしい」


 ヘザーは唇を噛み締めて俯いた。今までも距離を縮めようとしてきた女性は多い。だからこの辺りは慎重にしていた。ちょっと親しくしただけで、恋人だ何だと騒がれても困る。


 僕が関係を持つのは、既婚で暇を持て余している20歳以上の夫人だ。年下の男の子を育てようとしてくれているお姉さんタイプの人が多い。この国の貴族らしく、後腐れなく楽しく付き合える女性を選んでいる。そのあたりの作法は母の部下たちが教えてくれた。


「じゃあ、またね」


 僕はヘザーの注文したお茶が来る前に、自分の分を飲み干し立ち上がった。


「ジュリアン!」


 彼女は顔を赤くして非難がましく見てきたが、別に彼女と約束をしていたわけじゃない。ちょっとだけ手を上げて、店を出た。



***



「こんにちは。今日はよろしくお願いします」


 貴族令嬢らしい仕草で挨拶するのはローズだ。今日はふわふわした薄い水色のワンピースを着ている。髪もハーフアップにして同じ色のリボンを付けていた。


「ローズ、今日も可愛い」


 思わず手を出してしまった。するりと頭から撫でおろして頬を擽る。ちょっとくらい頬にキスをしてもいいだろうと思っていたのに、すぐにローズが僕の手からいなくなる。


「はい、そこまでね。僕も一緒にいるから」


 そういうのはローズを避難させたヒューバートだ。僕はちょっとだけ不満だった。デートに兄が付いてくるなんて無粋すぎる。


「ローズだけでいいのに」

「ダメ。その場合は、断っていいと言われている」

「それは困る」


 仕方がなく、ヒューバートも一緒に出掛けることになった。


「どこに行くの?」

「今日は街を案内するよ。色々あって楽しいと思う」


 そう、今日は楽しいところと思ってもらって、この国を好きになってもらうんだ。ずっと暮らしてもいいと思えるほどにね。


 ローズはいつもニコニコしているが、あまりしゃべらない。どちらかというとヒューバートばかりと話すことになってしまっていた。それに気が付いたのは、午後も回り、お茶の時間になってからだった。


「ローズともっと話したいのに……」

「無理じゃない?」


 予想以上に打ち解けたヒューバートが軽く言う。恨めしい気持ちで彼を睨んだ。ヒューバートはくくく、と笑いながら説明してくれる。


「ローズはもともとお喋りじゃないんだ。上に3人も兄姉がいるからね、話さなくても大抵気が付いてもらえる」

「……え」

「それでも話してもらえるようになったら、ちょっとは誇ってもいいかも」


 何だよ、それ。初めに教えてくれたら、ヒューバートなんて無視していたのに。


「お兄さま」


 ローズがつんつんとヒューバートの上着を引っ張った。


「靴が壊れちゃった」


 ローズはそういうと、足先をヒューバートに見せる。華奢な靴のバックルが取れてしまっている。ヒューバートが屈んで壊れた靴を調べた。


「ローズ、飾りを取ろうとした?」

「うん。違う飾りがよかったから。でも、取れなかった」


 仕方がないという様にヒューバートが優しく妹の頭を撫でた。どうやら無理やり装飾品を取ろうとして、バックルにも傷ができてしまっていたようだ。歩いているうちに、弱くなったところが壊れたのだろう。


「ちょっと買ってくるから。ジュリアン、ローズをお願いするよ」


 ぽんと肩を叩かれた。


 もしかして、気を遣ってくれたのかな。


 正当な理由で二人きりになれて、少し、いやかなり嬉しい。


「ちょっと抱き上げるよ」


 僕はローズを抱き上げる。ふわりと軽い体が持ち上がって、慌ててローズが首に手を回す。密着したことでローズからいい香りがした。香水のような香りではないから、ローズの使っている石鹸の香りかもしれない。


「ここでいいかな」


 僕は一つの店のパティオに入った。オープンスペースなこの店はよく待ち合わせなどに使われる。ここからなら、ヒューバートが戻ってきたのも見えるはずだ。


 抱き上げたローズを優しく椅子に降ろす。そのついでに、頬にキスをした。思っていた通りの滑らかな肌で、もちもちしていて気持ちがいい。ローズはぱっと頬を染めた。


「ローズ、可愛い」

「どうしてジュリアン様はわたしと結婚したいなんて言うの?」


 不思議そうに彼女は僕を見上げてきた。頬はまだピンクに染まったままで、本当に可愛い。誰にも見せたくないほどだ。


「だって、一目見て思ったから」

「わたしは何も思わなかったわ」

「いいんだよ。僕が君と一緒にずっといたいと思っているから」


 よくわからないわ、と彼女は首を傾げた。僕だってよくわかっていないのだから、当たり前だった。ローズは確かに可愛らしく、将来は美しくなるだろうとは思う。彼女の母を見ていれば、どのような女性になるかは想像できた。


 だけど、惹かれたのはそこじゃない。心の奥底から、彼女の存在自体を手に入れたいと思ったのだ。この思いがどこから来るのかは、全くわからない。わからないけど、否定するつもりもなかった。


「ジュリアン」


 至福の時を過ごしていたのに、邪魔な声が割り込んだ。僕は不機嫌そうに声の主に視線を向けた。


「何か用?ヘザー」

「大事な話があるの。少し時間をもらえないかしら?」

「今?本気で言っているの?」


 僕は立ち上がると、ヘザーからローズを見えないようにする。ローズは何が起こっているのか理解しようと、じっと僕たちを見つめていた。


「ええ」

「ローズ」


 僕はローズを振り返った。彼女はじっと僕を見上げてくる。


「嫌な思いをさせてごめんね。ヒューバートを探しに行こう」


 そう言って彼女を抱き上げた。


「いいの?」

「うん。今日はローズのために僕はいるから」


 ちらりとローズはヘザーを見る。自分が優先されなかったヘザーはふるふると怒りのためか震えていた。

 彼女の顔を見て、面倒だなと感じた。こんなにも面倒な子なら、友人なんてしなければよかったとさえ思い始めていた。


「ジュリアン、ヘザーを泣かせるなよ」

「ダン」


 ため息をついた。そう、ヘザーには取り巻きがいたのだ。いつもつるんでいる3人の顔を見て、ますますうんざりする。


 一体、何がしたいのか。


「勘違いしているようだけど。僕はヘザーと何でもない。僕はローズと結婚するし」

「「「は?」」」


 後からやってきた3人組が間抜けな声を出す。


「だから、邪魔しないでくれるかな?」

「ヘザーとは遊びだったというのかよ!」

「遊び?ちょっと声を掛けるだけが遊びというならそうだね」


 面倒くさいと思いながらも会話する。ローズが黙っているのが気になったが、とりあえずこいつらを撃退する方が先だった。僕はにっこりと笑みを浮かべた。


「僕の懇意にしているお姉さんたちを紹介しようか?優しいから色々遊びを教えてくれるよ。君たちも結構楽しめると思う」

「それは……」


 心を揺らしたのか、何人かの目が泳いだ。ヘザーに至っては悔しそうに唇を噛み締めていた。


「それにヘザーだっていろいろ遊んでいるんだろう?」


 意味ありげに取り巻きたちを見た。彼女が取り巻きと遊びで関係していることは知っていた。こういう話は色々なところから漏れてくるのだ。特に結婚を申し込んでくる貴族家のことは、父が細かく調べている。


「ヘザーが好きだったら考えたかもしれないけど、好みじゃないしね」

「おい」


 ダンが僕の言葉に反応した。まあわざとそうしたのだけど、もっと怒らせた方がいいかも……。そんなことを考えていると、ぱちんと頬が鳴った。音が鳴ったが、痛みはほとんど感じない。どちらかというと、驚きに目を見開いた。


「え?」

「ジュリアン様、大っ嫌いです!」


 どうやらこの国の普通はローズには受け止められなかったようだ。涙を浮かべ、顔を赤くして睨みつけている。抱き上げているから至近距離だ。


 怒っているところもいい。


 そんなことを考えているうちに、ローズが奪われた。


「全く何をしているんだ。ローズ、穢れるから離れような」


 ローズの新しい靴を手に入れたヒューバートがいた。ローズは兄の首にかじりつく。


「ローズ……」


 何とか言い訳しようと言葉を探しているうちに、ローズがぽろりと呟いた。


「わたし、ジュリアン様とだけは結婚しない……」


 僕は放心してしまった。



******



「馬鹿だね。身から出た錆だ」


 どうにか家にたどり着くと、待ち構えていた父に捕まった。無理やり応接室に連れていかれ、座らせられた。今日あったことはすでに知っているようだった。


 椅子に座り、項垂れていると目の前にお茶が置かれた。


「どうして知って……」

「子供だけで街など歩かせるわけないじゃないか。ちゃんと陰から護衛が付いていたんだよ」

「ああ」


 納得した。それなら一部始終を説明しなくてもいいだろう。がっくりと肩を落としていると、父がため息を漏らす。


「この国は自由恋愛だからね。この国の人間と結婚するなら、ジュリアンのやっていることは至って普通だ。だけど、僕の国ではそうはいかない」

「でも、キャンベル侯爵だって父上と愛人関係だったじゃないか」


 反発してみるも、父は鼻で笑っただけだった。


「ロナルドは恋人として付き合ったのは僕だけだし、グレースと結婚してからは愛人も作っていないよ。一途な関係しか見ていないローズがお前の素行の悪さに幻滅してもおかしくはない」

「そんな……」


 何の慰めにもなっていない言葉に、力が抜けた。


「それでもローズがいいと言うのなら、その覚悟をみせるんだな」


 母の声に顔を上げた。いつの間に帰っていたのだろう。もしかしたら、今日の顛末を聞いて帰ってきたのかもしれない。


「母上」

「そのくらい国が変わるというのは大変なことなんだ。特にローズは箱入り娘だ。こちらの国の文化を受け入れろというのはちょっと違うと思うぞ」

「母上は父上と上手くいっているじゃないか……」


 八つ当たり気味に呟けば、母が父の唇に軽くキスをする。


「そりゃあ、ルイスを選んだあとは全部綺麗に清算したからな」

「え?」

「お前がわたしの何を聞いたかは知らないが、大抵は独身時代の話だ。結婚後はルイス一筋だ」


 ちらりと父に視線を向けた。


「父上はそれで納得したんですか?」

「うーん。まあ、ね?襲われたけど、アリーシャは嫌いじゃなかったよ」


 それは父だから上手くいったんだ。そう確信した。


「これで諦めるようなら、それでいいんじゃないのか?ローズにもいい相手が国にいるだろう」


 薄情すぎる。


 僕は涙がポロリと落ちた。


 ローズが欲しいと思ったのは心からの気持ちだ。国が違うし年も離れているから難しいとは思っていた。だけど、こんな終わり方は嫌だった。


 でも何もできることがないのも本当だった。


******


 あれからローズには会えなかった。会いに行って、さらに嫌いだと言われたら立ち直れない。

 そんな尻込みした気持ちから、自分の部屋に引き篭もっていたのだけど。


「ローズ」

「こんにちは」


 ローズは会った時と変わらない笑顔で挨拶をする。じっと僕を見つめていたけど、ちょっとだけ背筋を伸ばすと頭を下げた。


「申し訳ありませんでした」

「え?」


 突然の謝罪に首を傾げた。ローズは頭を上げると、まっすぐに見つめてくる。


「国が違うのだから、考え方が違うのは当たり前だと。母に注意されました。ですから、否定したことを謝ります」

「それは」


 僕はじんと胸が熱くなるのを感じた。


「ですが、わたしには到底受け入れるとは思えません」

「う、ん。そうだね」


 それは理解できた。

 父の話を聞いた後、僕自身が彼女の国の作法に合わせられるかと父に問われて気が付いたのだ。無理だと。

 だからとても悩んだ。


 ローズが好きなのだ。どうしても一緒にいたい。

 でも、別れの挨拶をして去っていく彼女に何も言えなかった。


「何も言わなくて、よかったの?」


 ローズを見送った後、父が聞いてきた。僕は父を見て頷く。


「うん。今はまだ。でも、諦めない」

「ふうん」


 きっと彼女にも好きな人ができるだろう。結婚の話も出るかもしれない。


 でも、僕以上に彼女を愛する人などきっといない。


 だから。

 だから、ちゃんとするまで待っていて。

 大丈夫。彼女が結婚できるようになるまで時間はある。僕だってやればできるのだ。


「……変な方向にならなければいいけど」



 絶対に手に入れる。僕の天使を。



Fin.




最後は蛇足的でちょっとダレてしまいました。


単純に、グレースがルイスとロナルドを許すために話し合いに来たという状況が欲しかっただけなんですが。


ジュリアンの一目惚れの話になってしまいました。少年、ガンバレ。


これで完結になります。

最後のしょうもない話までお付き合いいただいて、本当にありがとうございました。



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