第三十一話 家庭教師からのプレゼント
優勝記念パーティで、わたくしは強いお酒をたくさん飲んで酩酊いたしました。
ですが、皆さんの前で失態を晒すことはなかったようです。
わたくしがそのようなことになる前に、リオン様とミナヅキによって家まで運ばれたのです。
……わたくしは全然覚えていませんけどね。
次の日わたくしが起きると、すでにお昼過ぎでした。
わたくしは慌てて支度をして学園へと向かいます。
お昼休み中の教室へ足を踏み入れると、クラスの皆さんが一斉にこちらを見るのです。
わたくしはあっという間に、こちらに詰め寄ってきたクラスの皆さんに囲まれてしまいました。
驚いているわたくしに、皆さんが次々に質問をなさいます。
「昨日は大活躍だったね! 格好良かったよ!」
「あ、はい。どうもですわ」
「サツキさんはどなたに魔術を教わったのですか!? やはり、ご両親ですか!?」
「あ、そうです。あと、最近いらした家庭教師の方にも教えていただいています」
「一時期キミが『北区のシマを手に入れるためにブラック商会を乗っ取った』だなんて噂が流れていたけど、あれはデタラメだね! 魔術闘士賞を受賞したキミがそんなことするはずがないもんな! あの新聞に載っていたキミが魔王に見えたのは、たんに写真写りが悪かっただけだよな!」
「その通りですわ! そして、噂は当然デタラメですわ!」
皆さん昨日の『魔術試合団体戦トーナメント』を見ていてくださったのです。
彼らは口々にわたくしを褒め称えてくださいます。
わたくしがクラスの皆さんの質問に答えていると、ウヅキお姉様がニコニコしながらわたくしの側にいらっしゃいます。
「サツキ、こんな時間にやってくるなんてお寝坊さんなのね」
「はい、昨日の疲れが残っていたようです。ウヅキお姉様は試合に出場していないのでお元気そうですね」
わたくしがそう言うとウヅキお姉様は、
「なっ、何を言っているのよ! 私も大活躍だったじゃない!」
「え? だってあれはウヅキお姉様ではなくてミナヅキ――」
「ホホホホホホホホホホホ! サツキったらまだ寝ぼけているの!? 面白い事を言うのね!」
「え? いえ、バッチリ目が覚めていますわ。昨日試合に出場していたのはミナヅキ――」
「ホホホホホホホホホホホ! サツキったら急に人気者になったから混乱してるのね! ちょっとこっちに来なさい!」
と言って、ウヅキお姉様はわたくしを教室の隅へと引っ張っていました。
彼女は背伸びをして、わたくしに耳打ちしようとなさるのですが、身長の差がありすぎて全然届いていないのです。
そのご様子にわたくしはほっこりしながら微笑みます。クラスの皆さんもウヅキお姉様を見ながら微笑んでいらっしゃいますわ。
彼女は「このっ! 妹のくせにこんなに背が高いのはどういうこと!? ちょっとしゃがみなさい!」と言って、わたくしの制服を引っ張りました。
わたくしが身をかがめてウヅキお姉様の身長に合わせると、彼女はわたくしの耳にお口を近づけて、
「なんで私とミナヅキが入れ替わっているのに気づけたのよ!? やっぱりミナヅキには、私のような『姉オーラ』がなかったから!?」
と、おっしゃいました。
『姉オーラ』?
ウヅキお姉様がそんなものをお持ちになっているはずはないのに、彼女は何をおっしゃっているのかしら?
わたくしが不思議に思っていると、彼女は自慢げなお顔で頷き始めます。
「やっぱりそうなのね。ミナヅキは優秀だけど、私のかわりを務めることはできなかったのね。『私より優秀な妹は存在しない』。図らずとも私の持論が証明されてしまったようね」
ウヅキお姉様は謎の持論を持ち出して、お一人で納得していらっしゃいますわ。
「ウヅキお姉様がミナヅキより優秀なら、替え玉作戦などしなくても良かったのでは?」
わたくしが指摘すると、彼女はわたくしをキリッと睨んでおっしゃいます。
「何を言っているの! 妹に経験を積ませるのも姉の仕事なの! そんなことより! クラスのみんなには替え玉作戦は内緒にしておきなさい! 私はもう少しチヤホヤされたいの!」
なるほど、昨日の魔術試合で活躍したと思われているウヅキお姉様も、クラスの皆さんから質問攻めにあっていたのでしょうね。
ですが、チヤホヤされたいだなんて、なんともお子様な欲望をお持ちのウヅキお姉様ですわ。
彼女のあまりにも正直な発言に、わたくしは肩の力が抜けてしまいます。
わたくしに釘を差したウヅキお姉様は、皆さんの輪の中にお戻りになられます。
そして皆さんの尊敬の眼差しを受けながら、嬉しそうになさるのでした。
***
学園から帰ったわたくしはいつものように、リビングでお茶を飲みながら、エミリーさんやミナヅキとお話していました。
すると、そこにリオン様が現れて「サツキ、そろそろ今日の魔術レッスンを始めよう」とおっしゃいました。
わたくしはリオン様の後について、家の庭へと移動します。
「今日は普段より時間が早いですね。何か特別なレッスンがあるのですか?」
わたくしがリオン様にお尋ねすると、彼は厳しいお顔でおっしゃるのです。
「昨日、リリアンヌの仕掛けた魔術死合のコートに入ったことについて、小言を言っておきたくてな。あのような挑発をされたなら、頭に血が上るというのも分からないでもないが、自分の命に関わることだぞ、軽はずみな行動は慎みなさい」
「申し訳ありませんでした」
わたくしが深々と頭を下げて謝ると、リオン様は表情を変えないままおっしゃいます。
「ふむ、似たような小言を何度も言っているような気がするが、それはキミが軽率な事を何度もしたということだろうな。キミが冷静に行動できるようになるまで、何度でも小言を言い続けるつもりなので承知しておくように」
リオン様は「キミの体が再生の炎に包まれたときは肝を冷やしたぞ」と呟きました。
そして、ふと何かに気付いたようなお顔でわたくしを見ました。
「そう言えば再生の炎からはどのようにして逃れたんだ? 炎に包まれた瞬間、キミはリリアンヌの背後に移動していたな。それも、私の目でも追えないほどの素早さで。リリアンヌから魔術具を盗んだ方法も分からなかった。一体キミは何をしたんだ?」
わたくしは考え込みます。
リオン様には、わたくしが女神様にお会いしたことを話してもいいのでしょうか?
彼はわたくしの家庭教師ですので、『時空魔術』のことを知っておいてもらわないと、今後のレッスンにも影響がありそうです。
それに、リオン様は口がお堅そうですし、他の方々に口を滑らせることもないでしょう。
わたくしはそのように考えてリオン様に、女神様にお会いしたことの一部始終をお話しました。
すると彼は、頭の残念な子を見るような目を、わたくしに向けるのですわ!
「女神……? 嘘をつくにしてももう少しマシな嘘があるだろう? 私は、キミが再生の炎から逃れた方法を知りたいだけなのだが……。その方法を私に知られたくないのだとしても、正直にそう言えばいい。私はそんなことで怒ったりしないぞ」
「まあっ! リオン様はわたくしの言うことを信じてくださらないのですね!」
「いや、流石に女神に会ったというのは無理があるだろう」
「しかもリオン様は『女神様』のことを『女神』とおっしゃるのね! なんて不敬な方なの! わたくし、怒りましたわ!」
「む、キミを不快にさせたことは謝るが――」
「謝っていただかなくて結構ですわ! それより、わたくしが女神様にお会いしたことを証明できれば、リオン様には女神様を敬っていただきますからね!」
「それは構わないが、一体どうやって証明するというんだ?」
「こうするのですわ! 空間転移!」
わたくしが叫んだ瞬間、わたくしとリオン様は『紅き翼』のいる火山へと瞬間移動いたしました。
***
突然家の庭から火山へ移動したことにリオン様は驚いていらっしゃいました。
ですがお亡くなりになっている『紅き翼』を見て、街から離れた場所に移動したことを理解なさいます。
リオン様は、わたくしが空間転移を使えるということを信じてくださいました。
そして、リオン様は少しの間お考えになった後、「キミが女神様に会ったと考えるなら、納得できることもある」とおっしゃいました。
「リリアンヌによって両親の危機を伝えられ、ショックを受けていたキミが、急に冷静になったのは女神に――」
「『女神様』です」
「――ゴホン。女神様に、キミの両親が無事だと知らされたためか」
「そうですわ」
「それにリリアンヌの再生の炎をかわしたり、彼女の魔術具を一瞬で盗んだのも『時間停止』がなければ不可能なことだ。キミが私の目にも留まらぬほど素早く動けるとは思えないしな」
「そういうことです。リオン様は女神様をお敬いになりますね?」
「む、そうだな。約束だから仕方ないな」
「あら、『仕方ない』ですって?」
わたくしはリオン様に笑顔を向けました。
彼はわたくしの笑顔に何か感じ取ったのか、半歩下がります。
「ホホホ、リオン様はまだ不敬でいらっしゃるようですわ。ですので今度の休日は、わたくしと一緒にミサに行きましょうね。大丈夫です。もしリオン様が邪神を崇める方だったとしても、女神様は寛大です。それにとてもお優しいんです。そしてあんなに神々しく美しい方なのに、とても親身になってくださるんです! しかもどのような所作にも優雅さがにじみ出ていて、女神様が女神様だということが分かるんです! わたくし、『箱の中から探しものをする』という動作に優雅さを感じたのは初めてでしたわ! その上、女神様は――」
わたくしが興奮しながら女神様の素晴らしさを説くと、リオン様は汗を流しながらおっしゃいます。
「分かった分かった。実際に会ったキミが言うのだから、どれも本当のことなのだろう。だがその話をする前に家に戻らないか? 立ち話をするには、ここは暑すぎるぞ」
女神様の素晴らしさを話すのに夢中だったわたくし。
リオン様にそう言われるまで気が付きませんでしたが、わたくしもリオン様も火山の熱のせいで汗だくなのでした。
***
ということで、わたくしとリオン様は家に戻ってきました。
これで気兼ねなく女神様の素晴らしさを語ることが出来ますわ。
そう思って口を開こうとした時、それを見透かしたかのようにリオン様が手のひらを突き出して、わたくしを制止いたします。
「なんですか? やはりリオン様は不敬者なのですか?」
「キミの話は長くなりそうだ。先に私の話を聞いてほしい」
そしてリオン様はポケットから二つの指輪を取り出し、わたくしに差し出しました。
「これは?」
「こちらの指輪は魔力を制限する指輪だ。今キミがはめているものより制限がゆるくなっている。昨日の魔術試合を見て、制限の緩いものに変えても問題ないと判断した」
「では、わたくしはまたレベルアップしてしまったということですね!」
わたくしは嬉しくなって言いました。
「そういうことだな。まあ、補助魔術が爆発する等、不安な点はいくつかあるがな」
と、リオン様がおっしゃいました。
そして彼は二つ目の指輪の説明をなさいます。
「もう一つの指輪だが……。こちらは、無茶ばかりするキミに、私からのプレゼントだ」
わたくしはリオン様からその指輪を受け取って指にはめました。
それは、わたくしの指の上で、青い輝きを放っています。
指輪の上には純度の高い魔石が、いくつも散りばめられています。
たくさんの魔石が付いているのにゴテゴテしておらず、デザインも上品なので、わたくしはすぐに気に入ってしまいました。
「ありがとうございます! ステキなデザインですわ!」
「気に入ってくれたならよかった。以前から『魔術具工房』に頼んでいた特注品だ。私と工房長の二人で考えながらデザインしたんだ。この魔石に組込まれた魔術陣は、様々な災いからキミを守るはずだ」
「これをリオン様がデザインなさったの? プロの仕事にしか見えませんわ」
わたくしがリオン様の意外な才能に驚いていると、彼はニコリとお笑いになりました。
そして、すぐ仏頂面に戻っておっしゃいます。
「もともと私は魔術具のデザインをする職に就きたかったんだ。家の事情でそれは叶わなかったが……。まあ、私のことはいい。その指輪は、魔術攻撃と物理攻撃の両方からキミを守るはずだが、過信は禁物だぞ。頭に血が上った時は、その指輪を見て私の小言を思い出しなさい。そして冷静になってくれることを何よりも期待する」
「分かりました! これを見て冷静になりますわ! リオン様、ステキな指輪をプレゼントして頂き、ありがとうございます!」
***
わたくしがリオン様の指輪を見てニヤけていると、来客がありました。
その方は息を切らしながら家の庭にやってきて、わたくしの目の前でハデにおコケになられます。
あら? この方は確か、わたくしのお姉様の一人……。
名前を思い出そうとしていると、彼女は起き上がり、わたくしの肩を掴んで必死に懇願なさいます。
「サツキ! お願いします! 私を助けてください!」
わたくしとリオン様がその必死さに驚いていると、巨大な剣を持った剣士さんがやってきて言いました。
「どこに逃げようとも無駄だぞ! 第7777王女! お前にはここで死んでもらう!」
あらあら、わたくしのお姉様に『死んでもらう』とは穏やかではありませんね。
それにわたくしのお家の敷地内でそんな事件を起こされては、たまったものではありませんわ。
物騒なことをおっしゃる剣士さんにはお帰りいただきましょう!




