第三十二話 鉛の心臓
「第7777王女! お前にはここで死んでもらう!」
わたくしの庭に現れた剣士さんが、巨大な剣を振り回しながらお叫びになられました。
ジワジワと近づいてくる彼に、第7777王女のお姉様がおっしゃいました。
「私はまだ死ぬわけにはいきません! 私にはやらなければいけないことがあるんです!」
「諦めろ! 死ね!」
剣士さんは剣を振りかぶり、お姉様に襲い掛かります!
ですが、その剣が振り下ろされようとしたその瞬間、リオン様の刀が剣撃を防ぎました!
強敵が現れたと見るやいなや、剣士さんはリオン様から素早く距離を取ります。
そして剣士さんはリオン様を睨みつけておっしゃいました。
「誰かは知らんが、邪魔だてするなら貴様にも死んでもらうことになるぞ!」
「人の家の庭で暴れるんじゃない。それに、おとなしく帰らないと危険だぞ。彼女の顔を見ろ。また何か危ないことを考えている顔だ」
リオン様はわたくしを指差しておっしゃるのですわ。
確かにわたくしには試したいことがありましたが、どうしてそれをリオン様は分かったのでしょうね?
「ふん、何が危険だ! そんな小娘に何が出来るというのだ!」
剣士さんはそうおっしゃって、剣をお構えになられました。
それを見たリオン様はため息をつき、呟きます。
「ふむ、やはり警告は無駄か。では少し懲らしめてやるか」
「お待ち下さいリオン様。わたくし、少し試したいことがあるのですが」
わたくしがそう言うと、リオン様は眉をひそめておっしゃいます。
「何だ? 危険なことだったら許可しないぞ」
そこまで危険なことではありません。
せいぜい『火遊び』程度のことです。
大人の方が一緒なので問題ないはずですわ。
「パワーアップしたミナヅキの力を試してみたいと考えていますの。人の命をなんとも思わないような剣士さんは、『新生ミナヅキ』の力を試すのにピッタリだと思いますわ」
そう、ミナヅキは大幅にパワーアップしたのです。
彼女の右手の指には『アンリミテッド・マジカルリング』を、左手首には『韋駄天の腕輪』を装着しました。
魔導人形の魔力効率は、人のものよりも30%程度落ちるのが普通なのですが、『アンリミテッド・マジカルリング』を取り付けることでかなり改善されました。
そして体内の魔石スロットには、『天罰の杖』と『再生の杖』から取り出した魔石を取り付けてあります。
その魔石のおかげで雷属性と火属性の魔術については、人と比べても150%の魔力効率を誇るのです!
たくさんの魔術具を無償で譲ってくださったリリアンヌお姉様には感謝ですわ!
今度、彼女には差し入れを持っていかなければいけませんね!
リオン様は少しの間お考えになっていましたが、
「そうだな、私も彼女の性能がどれほど上がっているのか確認したい」
と、おっしゃいました。
リオン様の許可をいただけたので、わたくしは手を掲げて叫びます!
「おいでなさい! ミナヅキ!」
すると家の扉が開き、ミナヅキが現れます。
そして韋駄天のような素早さで剣士さんの目の前に立ちました!
剣士さんはミナヅキを見て目を丸くなさっていましたが、わたくしの方を見て、
「こんな小娘を俺と戦わせるつもりか?」
と、おっしゃいました。
「あらあら、ミナヅキと戦うのがお怖いのですか? こんな小娘が怖いなんて、さぞかし有名な剣士さんなのでしょうね! ねえ、ミナヅキもそう思うでしょう?」
「はい、サツキお姉様。彼はきっと『臆病』なことで有名なのでしょう」
「ホホホ! そうよね! ねえ、ミナヅキ。この『臆病』な剣士さんはなんていうお名前なのでしょうね?」
「『チキン野郎』だと思います」
「『チキン』、ということは彼の記憶力は?」
「三歩歩けば忘れる程度です。つまり『バカ』です」
「オーホホホホ! では、この方は?」
「剣士なのに」
「臆病!」
「で」
「おバカ!」
「これは」
「まったく!」
「救いようが」
「ないですわ!」
決まりました!
わたくしとミナヅキの、息ピッタリの掛け合いが!
ミナヅキは、わたくしのやりたいことを瞬時に察知して反応してくれるのですわ!
さすがはわたくしの自慢の妹ミナヅキです!
庭にいる皆さんはあっけにとられて、わたくしとミナヅキを見ています。
ホホホ、皆さんにもミナヅキの優秀さが分かっていただけたようで何よりですわ。
「サツキ、試したいことというのは、それか?」
リオン様は呆れながらお尋ねになられました。
「違いますわ! 今からミナヅキがあの『チキン剣士さん』をやっつけるのです! 本番はこれからですわ!」
「では遊んでいないで、さっさとやりなさい。もう夕飯の時間だ。この第7777王女からも話を聞きたいし、そんな茶番などやっている時間はないぞ」
「ちゃ、茶番ですって!?」
わたくしは目を見開いてリオン様に言いました!
リオン様は、ミナヅキの優秀さをお披露目することを茶番だとおっしゃるのですわ!
「茶番だ。『臆病』でも『バカ』でもなんでもいいから、その『鳥頭剣士』を早く追い返しなさい」
「茶番ではありません、リオン様! それに『鳥頭剣士さん』ではありません! それでは体が人間、頭が鳥の合成魔獣のようではないですか! 『チキン剣士さん』です!」
「どちらでもいい。それに『チキン剣士』も似たようなものだ。それだと、鳥が剣を持っているようだぞ」
「鳥さんが剣を持てる訳がないでしょう! よく考えてください!」
「体が人間、頭が鳥の合成魔獣も存在しないぞ……いや、話が脱線しているな。呼び方など本当にどうでもいいので早く追い返しなさい」
「どうでもよくありません! 絶対『チキン剣士さん』――」
わたくしとリオン様が言い争っていると、チキン剣士さんが突然お叫びになられるのです。
「貴様らの掛け合いが茶番だ! バカにしおって! やる気が無いのなら第7777王女は殺させてもらうぞ!」
チキン剣士さんはそう言って第7777王女のお姉様を睨みつけます!
わたくしは慌ててミナヅキに指示を出します!
「あっ、ダメですわ! ミナヅキ、火球弾です!」
「火球弾だと!? そんな低級魔術、かわすまでもない!」
叫びながら迫りくる剣士さんに、ミナヅキが手を向けて詠唱します。
「火球弾」
ミナヅキの手のひらからは、見えるか見えないか、という程度の小さな火の粉が飛んでいきました。
その火の粉はふわふわと漂って剣士さんの鎧にたどり着きます。
「ハハハ! 随分とささやかな火球弾だな! 死ね! 小娘!」
剣士さんが剣を振りかぶり、ミナヅキに迫ります!
「危ない! ミナヅキ!」
と、わたくしが叫んだ瞬間、剣士さんの鎧に漂着した火の粉が一気に燃え上がり、剣士さんは火だるまになりました!
「ぎゃああああっ! 熱い! アッツ! ちょっ! 熱いって! 熱すぎるぅ!」
火だるまなのに、何だか余裕のありそうな悲鳴をあげながら、のたうち回る剣士さん。
そんな彼に背を向けて、ミナヅキはわたくしに言います。
「ローストチキンの出来上がりです」
勝利したミナヅキにわたくしは駆け寄って抱きつきます。
「凄いわ、ミナヅキ! あんなに細かい火の粉がこれほどの威力になるなんて!」
「サツキお姉様に魔術具や魔石をセットしてもらったおかげです。これでもかなり手加減しました。本気でやればヤヨイお姉様にも負けないです」
ミナヅキは無表情ながら、少し自慢げに言いました。
彼女はわたくしに褒めてもらいたそうに見えますわ。
わたくしは彼女の頭を撫でながら言います。
「よく頑張ったわね、ミナヅキ。でも……ちょっと燃えすぎではないかしら? 剣士さんは大丈夫かしら?」
「私の『非殺傷モード』は完璧に動作してます。何も問題ないです」
ミナヅキは力強く頷きました。
彼女がそういうのなら安心だわ。
わたくしは、火だるまになりながら転がっている剣士さんに向かって言いました。
「『チキン剣士さん』。実力差が分かったでしょう? 第7777王女のお命を狙うのは諦めてくださいな」
「ぐおおおおっ! バカを言うな! 第7777王女には777777777ゴールドもの賞金がかかっているのだ! 賞金は俺のものだ!」
「お金のためですか、お話になりませんわね……。それほどの賞金を、彼女の首にかけた方はどこのどなたなの?」
「ぬらああああ! 第7777王子のスヴィーニツ様だ!」
あら、第7777王子のスヴィーニツお兄様といえば、王国一の幸せ者として評判の方だわ。
スヴィーニツお兄様の異名は「幸福の王子」。
彼は、孤児院の子どもたちに働き口を斡旋していたりして、地域の皆様からの評判も良い方だったはず。
そのような方が、第7777王女のお姉様の首に賞金をかけたですって?
わたくしが考えていると、火だるまの剣士さんは地面を転がりながら言います。
「ふぬううう! しかも、スヴィーニツ様の最強の組織『幸福評議会』が、第7777王女の命を狙っている! 抵抗は無駄なことだ! フハハハハハアチッ!」
『幸福評議会』。
何だか不穏な響きの組織ですわね……。
スヴィーニツお兄様はそのような怪しい組織をお持ちなの?
「フハハハアツイッ! 第7777王女の味方をした貴様らも、命を狙われることになるはずだ! フハハ! 震えて眠れ! 俺もまた来るからな! アッツイ!」
燃えている彼はそう言い捨てて、転がりながらわたくしの家から出て行きましたわ。
***
わたくし達は、第7777王女のお姉様を家の中に招き入れました。
テーブルについたわたくし達に、エミリーさんがお茶を出してくださいます。
第7777王女のお姉様は、お茶を飲んだ後、深く息を吐き出すと、わたくし達に向かって頭を下げます。
「突然やってきた私を助けていただき、ありがとうございました。私は第7777王女のツバメ、といいます」
「ツバメお姉様、とにかく無事でよかったですわ」
わたくしがツバメお姉様に微笑みかけると、彼女は頷き返してくださいました。
リオン様がツバメお姉様に尋ねます。
「ツバメ、キミは第7777王子に命を狙われているようだが、一体どういう理由でそのようなことになったんだ?」
「理由は二つあります。私が第7777王子の持つ魔術具『天運の短剣』を破壊しようとしたことが理由の一つです」
リオン様は眉をひそめて聞き返します。
「『天運の短剣』? 持つ者の運を最大限にまで高めるというあの剣か?」
「はい」
「『天運』などという名前がついているが、実際は、呪った相手の運を吸い上げて不幸にする呪剣だぞ。あの剣のせいで滅びた国もあるほど強力な呪剣だ。それを第7777王子が持っているというのか? 『天運の短剣』は以前の戦争で失われていたと聞いていたが……」
「第7777王子の実家にあったのです。ただし、『天運の短剣』は不完全な状態でしたが」
「不完全な状態ですか?」
わたくしが尋ねるとツバメお姉様が頷きます。
「はい。『天運の短剣』の中心にあるはずの重要な魔石『鉛の心臓』がなかったのです。それでも彼を王国一の幸せ者にする程度の効果は残っていたようですが」
それを聞いたリオン様は難しいお顔で、推察したことを口にします。
「『天運の短剣』が不完全な状態だったのは、この王国にとっては幸いだったな。あの短剣が使われた国は、必ず荒れている。もしその『鉛の心臓』という魔石が『天運の短剣』についた状態だったなら、王国はこんなに平和ではなかったはずだ」
するとツバメお姉様は目を伏せて、
「その魔石『鉛の心臓』が、命を狙われる二つ目の理由です」
と、おっしゃいました。
「ふむ、どういうことだ?」
「『鉛の心臓』は、今は――」
ツバメお姉様はそこで言葉を切り、うつむいて逡巡なさいます。
「今は?」
リオン様が尋ねると、ツバメお姉様は顔を上げました。
そして、イスから立ち上がっておっしゃいます。
「第7777王子が私の命を狙う、もう一つの理由。それは、魔石『鉛の心臓』を手に入れ『天運の短剣』を完全な物にしたいから」
ツバメお姉様はそう言うと、突然服を脱ぎ始めました!
わたくしは慌てて叫びます!
「お姉様! 何をしているのですか! はしたないですわ! 駄目です、リオン様! リオン様は後ろを向いていなさい!」
わたくしが両手を使ってリオン様のお顔を後ろに向けていると、ツバメお姉様から声がかかります。
「魔石『鉛の心臓』は、ここにあります」
わたくしが振り向くと、あらわになったツバメお姉様の細く白い体が、目に飛び込んできます。
彼女は心臓の辺りを手で指し示しました。
わたくしの視線がそこに誘導されます。
そして鈍く光るそれを見て、わたくしは驚きました。
何故なら彼女の胸には――拳ほどもある巨大な魔石が埋め込まれているのでした。




