第十八話 試験結果発表
ターゲットの旗を完全に消滅させたわたくしは、いまだにブツブツと呟きながら俯いているリリアンヌお姉様に言いました。
「いかがですかリリアンヌお姉様! 我ながら完璧だったと思いますわ! この結果なら合格ですよね!?」
そう言って胸を張るわたくし。
すると彼女はギョロリとした目をわたくしにお向けになるのです。
「……認めないわ。認めない! あんなに広範囲に起こる爆発なら、精度も何も関係ないじゃない!」
「えっ、どうしてですか? 威力も速度も申し分ないですよね? それにターゲットがあった場所が爆発の中心部でしたわ。精度も良かったと思いますが……」
わたくしが理論的に説明すると、ヤマト先輩も「確かに」と頷いてくださいます。
ですがリリアンヌお姉様は首を横に振ります。
「ダメ! だってこんなのおかしいじゃない! 落ちこぼれのあなたがこんな大魔術を扱えるわけがないもの!」
大魔術だなんて……魔術クラブ部長のリリアンヌお姉様にそう言われると照れてしまいますわ。
「何照れているのよ! 褒めてないわ! あなたがこんな大魔術を使えるはずがないと言っているの! 何をしたのか説明なさい!」
「まあっ、いやですわ、リリアンヌお姉様。これは大魔術などではありませんわ。ただのD級魔術です。お姉様にだってこれくらいは簡単に出来るでしょう?」
わたくしが頬に手を当てて首を傾げると、リリアンヌお姉様はお顔を真っ赤にしておっしゃいました。
「ダメよっ、私は認めない。こんな非常識な威力、なにか不正をしたに決まっているもの!」
「威力が上がっているのは説明できますわ。わたくし、他の方より魔力量が多いのです。そのために少しだけ魔術の威力が上がったのでしょう」
「フン、語るに落ちたわね! 少し威力が上がったですって? 少々魔力量が多いのだとしても核撃爆破がこんな威力になるはずはないわ! 何か不正したのでも無ければね! つまりあなたは何か不正したのよ! だから不合格! あなたは不合格よ! はいっ残念でした!」
こんなに一方的に決めつけられたら、わたくしも胸中穏やかではいられませんわ。
リリアンヌお姉様には納得できる説明をしてもらいたいものです。
「お姉様は先程から不正だとおっしゃいますが、一体どのような不正をしたとお考えなのですか? 魔術に使う魔力量を増やす以外に、威力を上げる方法があるのですか?」
「そっ、そんなものはないわ! だからあなたはもっと姑息な手段でも使ったのでしょう? 例えば、試験会場にあらかじめ爆薬でも仕掛けておいたりとか……」
「そのようには見えなかったですよ。あれは間違いなく魔術による爆発でした」
ヤマト先輩が言うと、リリアンヌお姉様はキッと彼をお睨みになりました。
「もうすぐ退部する予定の平民が口を挟まないで! とにかく、私が不合格といったら不合格なのよ! これで試験はおしまい! さようなら!」
リリアンヌお姉様はわたくしに一方的に不合格を言い渡すと、肩をいからせながら部室へと引っ込んでしまわれました。
その場にはあっけにとられているわたくしと、ヤマト先輩が残されました。
「不合格、ですか……」
わたくしがため息をつくと、ヤマト先輩が慰めてくださいます。
「落ち込むことないさ。僕の目から見れば合格だった」
「ですがリリアンヌお姉様には認めていただけませんでしたわ」
わたくしは頭を振って呟きました。
「キミがあれほど威力のある核撃爆破を撃ったのが、彼女のプライドを傷つけたんだろうな。落ちこぼれだと思っていたキミが、魔術クラブの部長である自分より、高い威力の魔術を撃つものだから」
「そうですか、でも不合格にはかわりありませんわ」
再びため息をついて肩を落とすわたくし。
ようやく魔術クラブのメンバーになれると思ってここまで来ましたのに……。
しかも部長のリリアンヌお姉様があの調子では、今後わたくしが入部することも難しくなってしまいましたわ。
わたくしはうなだれます。するとヤマト先輩がわたくしの顔色をうかがうようにしておっしゃいました。
「サツキ。僕は新しく魔術のクラブを作るつもりなんだが、こっちに入る気はないか? 『第二魔術クラブ』という名前で立ち上げるつもりなんだが……」
『第二魔術クラブ』と言われて少し興味が出たわたくしは、ヤマト先輩に聞き返しました。
「新しくクラブをおつくりになられるのですか? そういえば先程、ヤマト先輩がもうすぐ退部するということをリリアンヌお姉様がおっしゃっていましたね。何故退部なさるのですか?」
するとヤマト先輩は悲しそうにお笑いになるのです。
「実は、魔術クラブに出資してくださっている方の意向でね、下級貴族と平民はクラブに在籍できない事になったのさ。僕は平民だからクラブを追い出されることになったんだ」
「え? ヤマト先輩は副部長ですよね? そんなに簡単に追い出されてしまうのですか?」
「ああ、リリアンヌ様もその方の案に賛成したし。ふたりとも王族だから反対できる者もいなかった」
魔術クラブの出資者も王族……
なんだか嫌な予感がいたします。
「ヤマト先輩、その出資者の方はなんというお名前なのですか?」
わたくしが恐る恐る尋ねると、
「第72王女サラサ様だ」
で、出ましたわ!
いつもわたくしの邪魔をなさるサラサお姉様!
彼女はどこにでも現れますわね。まるであの黒い害虫のよう!
最近サラサお姉様の名前を聞くと心拍数が上がるようになってしまいました。
まさかこれは恋?
いえ、そんな訳はないですわね。
サツキ、落ち着きなさい。
わたくしは深呼吸をして冷静を取り戻してから、ヤマト先輩にお尋ねします。
「ヤマト先輩が退部なさること、他の部員の方はなんとおっしゃっているのですか」
「特に何も。僕の退部を残念がってくれる子もいるんだけど、反対することまではしてくれないな」
「そうなのですか。それでヤマト先輩は新しい魔術クラブをお作りになろうと考えたのですね」
「ああ、そう考えているんだけど中々人が集まらないんだ。魔術クラブを追い出された僕なんかがつくる部に入ったらリリアンヌ様に目をつけられるだろうから、それを怖がっているんだろうな……。それで、どうだろう? キミは僕の部に入ってくれないかな?」
再び彼に誘われてわたくしは少し考えました。
『第二魔術クラブ』には興味があります。なにせ魔術の天才であられるヤマト先輩が部長なのですから。
『魔術クラブ』に未練はありますが、リリアンヌお姉様に拒否されてしまったので、入部は難しそうです。
この際ですので、『第二魔術クラブ』に入ってみましょうか。
「ええ、ぜひよろしくお願いします」
わたくしが頭を下げて言うと、ヤマト先輩は本当に嬉しそうな笑顔をなさるのですわ。
「入ってくれるか! そうか! あれほど強力な核撃爆破を操ることができるキミが入ってくれて心強いな。来週、学園内の『魔術試合団体戦トーナメント』があるだろう? 『第二魔術クラブ』のメンバーでチーム参加するつもりなんだ。当然、『魔術クラブ』も幾つかのチームで参加するはずだ。僕はそのチームを押しのけて優勝し、サラサ様やリリアンヌ様を見返してやりたい。僕は平民だが、魔術師としての優秀さに身分なんて関係ないということを証明したいんだ」
「その心意気、ステキですわ!」
クールな天才かと思えば実は熱血タイプのヤマト先輩。
彼は女生徒からの人気があり、ファンクラブなどもお持ちのようですが、見た目のクールさと内面の熱さのギャップも女生徒をときめかせる要因になっているのでしょうね。
わたくしは勝手に納得した後、第二魔術クラブのことについて尋ねました。
「それで、新しいクラブのメンバーの方々はどれくらい集まっているのですか?」
「僕とキミの二人だな」
「はい?」
わたくしの聞き間違えかしら。
二人、と聞こえた気がします。
魔術試合団体戦トーナメントは来週なのに、わたくしとヤマト先輩の二人しかメンバーがいないとおっしゃるの?
いえいえ、そんなはずはないですわ。
ヤマト先輩は天才、ならば部員集めなどはすでに終わっているはず。
では今のは冗談かしら?
ホホホ、天才の冗談というのはあまり面白くありませんわね。
わたくしが面白くない冗談に苦笑いしていると、彼は真面目くさったお顔でおっしゃるのですわ。
「中々人が集まらないと言っただろ。まだ二人しか集まっていないんだ」
冗談ではなかったのですね……。
わたくしは少し呆れながらもお尋ねします。
「それでは部としての申請も通らない上に、魔術試合団体戦トーナメントにも参加できないのではないですか? 部の申請は五名以上、トーナメントも五名いなければ参加できませんよね?」
「ああその通りさ。しかもメンバーになってもらうつもりだった友人たちにも全て断られた。だがこの困難を乗り越えて、必ず魔術試合団体戦トーナメントを勝ち抜いてやる!」
ヤマト先輩は拳を握りしめて大きな声で宣言なさいます。
心意気だけはステキなヤマト先輩。
彼に部員集めを任せておくことはできないようですわ。
***
ヤマト先輩と別れた後、家に帰るとリオン様が出迎えてくださいました。
リオン様は滅多にそんなことをなさらないので、わたくしは身構えてしまいます。
「どうされたのですか?」
わたくしが尋ねると、リオン様は『黒い封筒』を取り出し、こちらに向けてピシリと差し出しました。
やはり、良くないことでした!
王位継承権に変動があったときに届けられるその黒い封筒は、わたくしにとって悪夢の象徴!
わたくしが青い顔でリオン様を見ると、彼はいつもの冷静なお顔で、冷静におっしゃいます。
「王位継承権管理省の職員が持ってきた。ブラック商会を潰したことを評価されたらしい」
また王位継承権が上がってしまったというのですか!?
こんなに短期間に二度もランキングを上げてしまったら、また底意地の悪いお兄様やお姉様方に目を付けられるではありませんか!
大体、わたくしは王位には興味ありませんのに!
「破り捨ててください! その黒い封筒は見たくもありませんわ!」
「第何位まで上がったのか、一応確認したほうがいいのでは?」
「必要ありません! わたくしの王位継承権が気になるのなら勝手にご覧になってください! でもわたくしには知らせないでください!」
わたくしは、黒い封筒を差し出すリオン様を無視して自分の部屋へ戻りました。
わたくしは部員集めのことを考えるのに忙しいのです。
そのような黒い封筒に気を取られている時間はありません。
なにせ魔術試合団体戦トーナメントまで、すでに一週間を切っています。
明日のうちに新クラブのメンバーを揃えてしまいたいところですわ。
『第10000王女サツキの王位継承権を18002位より改め17113位とする 王位継承権管理省』