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追放された雑用係、敗戦処理の天才だった ~崩壊寸前の辺境領を立て直す~   作者: 山田鰻
第十四章 流通は領地の血だ

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写された荷札

「これ、うちの札じゃない」


ルシアが差し出した荷札は薄く削られていた。表には塩と油布の名がある。裏には別の倉印が浅く残っている。昨日の封に入っていた写しと同じ印だ。濃く押したものを剥がしたのではない。荷札を重ね、上からなぞった跡だった。


メイナが札を受け取り、端を光へ向けた。


「読めます。荷主名と戻り鈴まで」


「値段はないね」


声は軽くない。


「値段を書く前の札だから」


門前には今日も待ち札を持つ商人が並んでいる。塩商/縄商/油布の荷主/空車の御者。昨日より列は短い。けれど同じ顔が増えた。待てる者が残り、待てない者が引いたあとだ。


荷札を机へ置いた。


「どこで写されたものですか」


「隣の倉。荷を止めたわけじゃない。出る前に、札をもう一枚作らせた」


「理由は」


「道を間違えた時の控え、だって」


通行金分類の女が鼻で息をした。笑いではない。商人の言葉として、あまりに整いすぎている。


「道を間違えた荷は戻り鈴まで写しません」


「そういうこと」


ルシアが荷札を指で押さえる。


「荷主が誰で何を持っていつ戻るか。そこまであれば、荷を止めなくても流れは読める」


ミリアの目が門の外へ向いた。


「止められてはいないんですね」


「まだね」


エルクは北へ向かう道を見ていた。第一便の返りはまだ戻っていない。砦の不足も柵の傷みも、次の鈴まで分からない。そこへ南や西の荷の目まで重なってきた。


「敵か」


「商売の顔をしたものは、すぐ敵とは呼べません」


写された札の横に白紙を置く。写し控え/荷主名/荷種/写された場所/戻り鈴/理由。


「また表か」


エルクが言う。


「こちらが写されたことを、こちらで残します」


「止めるためか」


「止める前に、どこで見られたかを知るためです」


メイナが筆を取った。荷主名はそのまま書かない。門前台帳の番号へ置き換える。荷種は残す。戻り鈴も残す。値は書かない。番号へ置き換えるだけで、紙を読む者は一手遅れる。商人控えの箱と門前台帳を合わせなければ本名へ戻れない。手間は増えるが、写される名は減る。


「名前を消すのですか」


「こちらの紙から外へ出す名を減らします。門の中では番号、商人控えでは本名。照合は二枚でします」


「商人が嫌がる」


ルシアが言った。


「嫌がるでしょうか」


「嫌がるよ。でも名があちこちで写されるよりはましだと分かる商人は残る」


塩商が列の後ろから口を挟んだ。


「残らない商人は」


「別の道へ行く」


答える前に、ルシアが言った。


「そして別の倉で名前を書かれる」


塩商は黙った。昨日よりも早く、札を胸元へしまう。


午前のうちに写し控えは三つ増えた。一つ目は油布。隣の倉で「雨待ち控え」として写された。荷は止められていない。だが戻り鈴まで書かれていた。


二つ目は馬釘。西回りの道で空車預け金が上がった。理由は馬の多用。馬を貸す者が、こちらへ向かう荷を先に聞き始めている。


三つ目は乾いた薪束。荷主ではなく荷台の持ち主名が写されていた。売る物より、運べる車の方を見ている。


写された場所も同じではない。倉/道/車の持ち主。見ている目が、荷そのものから流れへ移っている。


「荷より車か」


エルクの声が低くなる。


「車があれば荷はあとから載せられます」


「人もだ」


第3便の商人が門前台へ油布を置いた。昨日なら屋根補修へ回すか、商人戻しにするかだけを見た。今日は違う。どこで写されたか。戻り鈴が知られているか。荷台の持ち主が誰か。通る前に見る場所が増えた。


メイナの筆が詰まる。


「戻り表、待ち札、写し控え。三つを一緒に見ると行がずれます」


「ずれたまま使うと、荷だけ戻って理由が消えます」


門前台の配置を変えた。左に戻り表/中央に待ち札/右に写し控え。通行金分類の女が本名を照合し、メイナは番号だけを書く。最後にミリアが領主代理の確認印を押す。


「本名を隠しているように見えます」


ミリアが小さく言った。


「隠します」


「正面から言うんですね」


「名前は荷より軽い。軽いから、先に運ばれます」


ルシアが口元だけで笑った。


「嫌な言い方。でも正しい」


昼前、第一便の返り鈴が門へ届いた。車は戻っていない。戻ったのは兵の小札だけだった。砦側で受けた人手四名/道具別車確認/追加食料不要。代わりに外柵縄の結び直しにもう半日ほしい、とある。


エルクが小札を読む。


「半日なら残せる」


「古兵は戻します」


「分かっている。兵を二人残す」


即答だった。昨日より早い。だが雑ではない。


「兵二人なら門の外警備を薄くします」


「今日の門は俺が見る」


その声に兵が背筋を伸ばした。門を守るためだけではない。荷の名前が外で写されるのを見落とさないために立つ顔だった。


夕方、ルシアが二枚目の写しを広げた。


「こっちは面倒」


薄紙には、こちらへ向かう荷の名ではなく戻るはずだった荷が並んでいた。乾いた炭中束三。修理済み金具小箱一。空袋二枚。戻り鈴の横に細い線が引かれている。


「戻り荷まで写されている」


メイナの声が小さくなる。


「誰が得をしますか」


ミリアが聞いた。


ルシアはすぐに答えなかった。紙の端を指で叩き、少しだけ考える。


「いま得をする人じゃない。次に値をつける人」


「買うためですか」


「買うためか、止めるためか、先に押さえるためか。そこはまだ分からない」


その言葉は隠すためではなく、余計な敵を作らないための線だった。


写し控えの末尾に戻り荷写しとだけ書いた。原因も相手も書かない。分からないものに名前をつけると、次の紙が全部そちらへ引かれる。


門の外で商人たちがそれぞれの札を確かめている。通れる日がある。戻れる日もある。だから荷が寄る。荷が寄れば名前が写される。


ミリアが写し控えを閉じた。


「ここは、見られ始めていますね」


「はい」


乾ききっていない墨を見る。


「流れが戻った証拠です。悪い証拠ではありません」


「良い証拠でもありません」


「はい」


ルシアが商人控えの箱から別の封を取り出した。


「それで、これは商人の封じゃない」


封の紙は厚く、角がまっすぐだった。荷札の写しでも砦の早便でもない。宛名はハルヴェイン辺境領役所。


表に追加報告様式と細く書かれていた。門前の音が、もう一度だけ遠くなった。封の重さだけが門前台に残り、誰もすぐには手を伸ばさなかった。

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