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追放された雑用係、敗戦処理の天才だった ~崩壊寸前の辺境領を立て直す~   作者: 山田鰻
第十四章 流通は領地の血だ

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増える鈴札

「戻り鈴が三つ増えています」


朝の門前台に鈴札が並んでいた。昨日まで中心だったのはフェネル商会の荷だ。今朝は顔ぶれが違う。塩の小袋を積んだ車、薬種の箱を抱えた荷主、縄束を油布で巻いた男。印も荷台の癖も少しずつ違った。


門の者が最初の札を持ち上げる。


「塩。小袋六。戻り荷、乾いた炭希望」


「希望は欄の外へ」


メイナの筆先は止まらない。戻り表にあるのは戻る鈴/積む車/荷損時の相手/倉へ入る順/配給へ回す分/商人へ戻す分。希望を書く欄はない。


荷主が眉を上げた。


「炭が戻ると聞いたから来たんだ」


「炭が戻る日はあります。あなたの車に戻るとはまだ決まっていません」


ミリアが掲示台の横に立った。領主代理の紋章は出していない。けれど門の者も荷主も、その声で手を止める。


「戻り荷は先に冬支度へ回します。残った分だけ商人へ戻します」


「では商売にならん」


ルシアが荷台の脇から顔を出した。


「商売にするためにここへ来たんでしょ。全部取れる道なら、あなたの前に十台並んでいるよ」


荷主の口が閉じた。フェネル商会の印を見て引く者と、値踏みする者がいる。門前にはその両方が混じっていた。


札ではなく車輪の跡を見る。浅い塩の車は軽い。だが戻りに炭を積めば沈む。薬種の箱は小さくても揺らせない。縄束は濡れなければ軽いが、濡れれば重さではなく匂いで倉を汚す。


「塩は午前の倉入れ。戻りは夕二番以降。炭ではなく修理済み金具の小箱まで」


「炭じゃないのか」


「あなたの車では戻りの坂で軸が鳴ります」


荷主が車輪を見る。言い返す前に、馬番が膝へ手を当てた。


「この車なら軽荷までです」


昨日まで馬飼葉を見ていた手が、商人の荷を止めている。塩の札が横へ動いた。戻り鈴は夕二番。積む車は軽荷。荷損時の相手は門控えと商人控え。乾いた炭希望は欄外。


「欄外とは何です」


「叶えないという意味ではありません」


紙の端に小さく印を入れる。


「今日は決めない、という意味です」


二台目は薬種だった。小箱が三つ。油紙の内側に乾いた草の匂いがこもっている。薬草というより、傷口を洗う粉と腹を下した者に出す苦い葉だ。兵舎薬箱へ入れる物もある。


「買い上げですか、預けですか」


メイナが聞いた。荷主が箱を抱え直す。


「預けだ。戻りに薪束を受ける」


「兵舎薬箱に回す分を先に見ます」


「それは困る。箱で売る」


「中を見ない箱は倉へ入れません」


エルクの兵が一歩出た。威圧ではない。箱を開ける場所を空けるためだ。荷主の目が兵の肩へ行き、また箱へ戻る。


ルシアは笑わずに言った。


「ここでは箱ごと信用しない。中を見て信用する」


「フェネルの荷もか」


「もちろん」


通行金分類の女が小刀を差し出した。封は切る。だが雑に破らない。油紙の角を開き、粉袋/乾き葉/小瓶を分ける。小瓶の中身には手をつけない。封を確かめ、兵舎薬箱とは別に置いた。


粉袋をメイナが数え、乾き葉をミリアが匂いで確かめた。


「粉袋二つは兵舎薬箱。乾き葉一包は配給控え。小瓶は預かり不可、持ち戻り」


荷主の顔が険しくなる。


「小瓶が一番高い」


「高い物ほど、使い道が決まらないうちは入れません」


戻り表の余白へ薬種とだけ書き足した。値は書かない。高いという言葉を表に乗せると、必要な順番が揺れる。


三台目の縄商は門前で止まる前から声が大きかった。


「濡らしていない。巻きも揃っている。先に通してくれ」


縄束は確かにきれいだった。油布も新しい。けれど荷台の端に泥が固まっている。車輪の泥ではない。縄束を一度、地面に置いた跡だ。


ガレスが倉の奥から出てきた。何も言わず、縄束の下に手を入れる。指先が泥を拾った。


「底だけ見ます」


縄商の声が落ちた。油布を開くと上の縄は乾いている。底の二束だけが重い。


「道で落としたか」


エルクが聞く。


「置いただけだ。雨はない」


「置いた場所が悪い」


ガレスの指が泥を潰す。湿り気が残っていた。全部を拒まない。乾いた束は屋根補修へ、少し湿った束は井戸周りへ回す。泥を含んだ二束は商人控えへ戻す。


「戻すのか。売りに来たんだ」


「売れない物は戻り荷です」


筆が泥二束、商人戻しと動いた。


「捨てないだけ損は小さい」


縄商は唇を噛んだが、札を受け取った。


昼前、門前の列が道の曲がりまで伸びた。増えたのは荷だけではない。見る目も増えた。門の者/倉番/馬番/通行金分類の女/メイナ/ミリア/ルシア。誰か一人が済ませると、どこかで混ざる。


戻り表の端に欄外の札が五枚重なった。乾いた炭希望/薪束希望/釘の小分け希望/油壺の預け希望/薬種の次回持込希望。


メイナが筆を置く。


「希望だけで表が埋まります」


「希望欄は作りません」


紙を一枚、横に置いた。


「代わりに待ち札を作ります。今日決めない荷を、明日も同じ顔で見られるように」


ミリアはすぐに頷かなかった。


「待たせる商人が増えます」


「待てる商人だけ、戻る道に残ります」


ルシアの目が細くなる。


「それ、商人には嫌な言い方だね」


「嫌なら別の道を選びます」


「別の道が悪いから、ここへ来てる」


門前の音が少し変わった。荷主たちは聞いていないふりをした。だが車輪の向きと馬の息、握った札の強さが変わる。


別の道が悪い。


この門がよくなったのではない。ほかで通れない荷が、流れを探して寄っている。


メイナが待ち札の紙を切る。子どもが横結びの縄を持ってきた。配給と混ざらない結びだ。


「待ち札は横結びでいいですか」


「戻り荷と同じでは困ります」


ミリアが縄を受け取り、結び目を一つ増やした。


「横結びに短い端を残しましょう。待ち札は戻りではなく保留です」


子どもが真剣な顔で真似をする。小さな手が、流れを分けた。


夕方、塩の車が軽い金具の小箱を積んで戻った。炭ではない。それでも荷主は札を返さなかった。


「夕二番で戻れた」


門の者が戻り線を引く。塩は小袋六。戻りは修理済み金具小箱一。炭希望は待ち札へ。一台が通り、一台が戻った。希望だけが残り、損は出ていない。


ミリアが門の外を見る。列がまだ短くならない。


「流れているのに、減りませんね」


「流れ始めたから、増えています」


ルシアが回状控えを閉じた。


「明日は今日より遅く来る商人がいるよ。早く来たら待たされるって、もう分かったから」


「では門を開ける前に待ち札を配ります」


「いいの?」


「門の前で詰まるより、道の上で順番を持たせます」


エルクが外の列へ目を向けた。


「兵を増やすか」


「兵だけでは荷の順番は分けられません」


戻り表の下に新しい行を引いた。待つ荷/曲がる荷/戻る荷/残る荷。


線の外で知らない商人がもう一台、車を止めた。荷台に何も載っていない。空の車だけが、道の端でこちらを向いていた。

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