表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された雑用係、敗戦処理の天才だった ~崩壊寸前の辺境領を立て直す~   作者: 山田鰻
第十三章 冬支度と人材再配置

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
81/139

商売の条件

「足りないものだけ見せられても、商売にはならない」


朝の倉でルシアが言った。倉番の古兵/薪束確認の炭焼き/通行金分類の女/門の者/メイナが立ち会っている。ミリアも表を持っていた。エルクは戸の外に兵を置き、中へは入れすぎない。


「足りないものなら分かるよ。塩・油・縄・釘・乾いた薪。冬前に欲しがらない領地はない」


塩袋の前で止まる。


「でもそれだけなら、高く売って終わり。領の銅貨は消える。私の荷は重くなる。それだけ」


「現金が入ると言いました」


ミリアが言う。


「入る形にするには、領が何を売れるかを見る必要がある」


「売れる物は多くありません」


倉を見渡した。塩は減る。油は足りない。縄は細いものが多い。釘は屋根と荷車で消える。乾いた薪も、冬を越す分には足りない。売ればその場では銅貨になる。だが冬が来た時に買い戻せなければ終わる。


ルシアの指が一本立った。


「物じゃない」


倉番の古兵が、湿った跡のある袋を少し手前へずらした。横向きの縄印が見える。


「ここは濡れた袋を隠さない。薪は上だけ乾いた束を見逃さない。門は見張り手間を取らない。通行税は荷の形で分ける。配給の列は門と混ぜない」


順に紙を見ていく。


「売れるのは、通れる日と濡れない倉枠だよ」


エルクが戸口で眉を寄せた。


「倉を売るのか」


「倉そのものじゃない。七日分の荷受枠」


返答は早かった。


「フェネル商会が冬前の荷をまとめて通す。塩・油・縄・釘・乾いた薪を入れる。その代わり、空いた荷車でこちらが買えるものを積む」


「こちらが買えるものとは」


ミリアの声は慎重だった。


「乾いた炭/修理済み金具/縄で束ね直した薪/空袋。大きな品じゃない。でも道が戻れば小さい品もまとめられる」


メイナがすぐに筆を走らせる。


「炭/金具/薪/空袋」


「空袋は売らないでください」


止めた。


「麦種の戻し/石包み/配給/井戸の縄印に使います」


ルシアの口元が少し動いた。


「そう言うと思った。じゃあ空袋は外す。売れるものを欲張る領地は、冬前に自分の首を絞める」


メイナが線を引き、空袋を消さずに残したまま横へ売却不可と書いた。


「消さないの、いいね」


紙を覗き込む声が軽くなる。


「商売でも、欲しかったけど売れなかったものは残した方がいい。次に同じ話をした時、なぜ売らなかったか分かる」


通行金分類の女が頷いた。


「銅貨が入らなかった理由も残すんですね」


「そう。入った銅貨だけ数えると、商売人は簡単に領地を騙せる」


女は少しだけ背筋を伸ばした。


倉の外へ出た。門前には荷車が二台ある。一台は空に近い。もう一台は濡れ荷の確認札を結んでいた。通行税第一案では空荷/軽荷/濡れ荷/別紙確認で扱いが違う。


「荷受枠を売るなら、通行税を下げては駄目です」


「下げないよ」


「下げたら、安く通りたい荷が群がる。そうなればフェネル商会の荷も遅れる」


「優先通行も出しません」


「出したら揉める。欲しいのは優先じゃない。戻れる日だよ」


ミリアが表を握り直した。


「戻れる日」


「行った荷が戻れる。濡れたら相手が分かる。門で余計な手間を取られない。倉に入れたら濡れた袋を隠されない。商人はそこに値を付ける」


同情ではない。領を助けたいという言い方でもない。フェネル商会が損をしない条件を探している。その方が信用できる。


「条件を出して」


ミリアが言った。


紙が一枚出された。


「一つ目。フェネル商会の荷は通常の通行税第一案どおりに払う。免除なし」


メイナが書く。


「二つ目。七日分の荷受枠を前金で買う。倉番/門の者/通行金分類/メイナの四枚控え。どれか一枚が欠けたら、その日の枠は使わない」


倉番の古兵が顔を上げた。


「俺の紙も要るのですか」


「要る」


古兵を見る目はまっすぐだった。


「濡れた袋を隠さない倉だから買う。そこが崩れたら、ただの古い倉だ」


古兵は左手で胸の前の布を押さえた。


「分かりました」


「三つ目。フェネル商会が入れる塩・油・縄・釘・乾いた薪は、領の配給と修繕分を先に分ける。残りを売る。全部を商人に戻さない」


エルクが低く言う。


「ずいぶん領に寄せるな」


「寄せてない。領が凍ったら、通る道がなくなる」


笑いはなかった。


「四つ目。領が出す品は乾いた炭・修理済み金具・確認済み薪束だけ。無理に増やさない。空袋・井戸縄・屋根釘・馬飼葉は出さない」


「馬飼葉まで」


ミリアが聞く。


「馬が倒れたら、荷が戻らない」


西畑組の馬番が門脇で小さく頷いた。


条件の順を見た。買うものと売るものだけではない。止めるものが入っている。止めるものがある商売は、まだ壊れにくい。


「五つ目は」


最後の空白で指が止まった。


「この条件を、フェネル商会だけの秘密にしない」


ミリアが目を上げる。


「公開するのですか」


「数字は出さない。けど条件は出す。免除なし/四枚控え/領の冬支度分を先に分ける。これを隠すと、私が領主代理と裏で組んだ話になる」


通行金分類の女が口元を引き締めた。


「噂になります」


「隠しても噂になる。なら門前で読める噂にした方がまし」


ミリアは黙っていた。領主代理として、商人に大きな枠を渡す。その見え方は軽くない。けれど条件を公開しなければ、腐った役所がやっていたことと近くなる。


「門前掲示は短くします」


ミリアが言った。


「荷受枠、免除なし。四枚控え。冬支度分を先に分ける。領外へ出さない物を明記する」


「それなら商売になる」


紙はまだ畳まれない。


「明日、フェネル商会の印で前金を置く。現金箱と倉の控え、両方の前で」


メイナの筆が止まった。


「前金は、銅貨ですか」


「銅貨で持ってきたら、門が沈むよ」


口角が少し上がる。


「銀貨で持ってくる」


大きな商売の匂いが、初めて紙ではなく現金の重さを持った。


冬前配置表を見る。倉番/門の者/通行金分類/メイナ。この四つが崩れれば、銀貨はまた腐る。


「明日、四枚控えをそろえます」


ミリアが言った。


「フェネル商会の印も領の控えも同じ台で見ます」


「じゃあ明日は取引にしよう」


倉の戸口で乾いた薪の束が低く鳴った。冬前の風が門の方から入ってくる。


まだ現金は置かれていない。現金箱は空のままだが、置く場所だけはもう決まっている。領が冬を越すための値段が、ようやく形を取り始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ