商売の条件
「足りないものだけ見せられても、商売にはならない」
朝の倉でルシアが言った。倉番の古兵/薪束確認の炭焼き/通行金分類の女/門の者/メイナが立ち会っている。ミリアも表を持っていた。エルクは戸の外に兵を置き、中へは入れすぎない。
「足りないものなら分かるよ。塩・油・縄・釘・乾いた薪。冬前に欲しがらない領地はない」
塩袋の前で止まる。
「でもそれだけなら、高く売って終わり。領の銅貨は消える。私の荷は重くなる。それだけ」
「現金が入ると言いました」
ミリアが言う。
「入る形にするには、領が何を売れるかを見る必要がある」
「売れる物は多くありません」
倉を見渡した。塩は減る。油は足りない。縄は細いものが多い。釘は屋根と荷車で消える。乾いた薪も、冬を越す分には足りない。売ればその場では銅貨になる。だが冬が来た時に買い戻せなければ終わる。
ルシアの指が一本立った。
「物じゃない」
倉番の古兵が、湿った跡のある袋を少し手前へずらした。横向きの縄印が見える。
「ここは濡れた袋を隠さない。薪は上だけ乾いた束を見逃さない。門は見張り手間を取らない。通行税は荷の形で分ける。配給の列は門と混ぜない」
順に紙を見ていく。
「売れるのは、通れる日と濡れない倉枠だよ」
エルクが戸口で眉を寄せた。
「倉を売るのか」
「倉そのものじゃない。七日分の荷受枠」
返答は早かった。
「フェネル商会が冬前の荷をまとめて通す。塩・油・縄・釘・乾いた薪を入れる。その代わり、空いた荷車でこちらが買えるものを積む」
「こちらが買えるものとは」
ミリアの声は慎重だった。
「乾いた炭/修理済み金具/縄で束ね直した薪/空袋。大きな品じゃない。でも道が戻れば小さい品もまとめられる」
メイナがすぐに筆を走らせる。
「炭/金具/薪/空袋」
「空袋は売らないでください」
止めた。
「麦種の戻し/石包み/配給/井戸の縄印に使います」
ルシアの口元が少し動いた。
「そう言うと思った。じゃあ空袋は外す。売れるものを欲張る領地は、冬前に自分の首を絞める」
メイナが線を引き、空袋を消さずに残したまま横へ売却不可と書いた。
「消さないの、いいね」
紙を覗き込む声が軽くなる。
「商売でも、欲しかったけど売れなかったものは残した方がいい。次に同じ話をした時、なぜ売らなかったか分かる」
通行金分類の女が頷いた。
「銅貨が入らなかった理由も残すんですね」
「そう。入った銅貨だけ数えると、商売人は簡単に領地を騙せる」
女は少しだけ背筋を伸ばした。
倉の外へ出た。門前には荷車が二台ある。一台は空に近い。もう一台は濡れ荷の確認札を結んでいた。通行税第一案では空荷/軽荷/濡れ荷/別紙確認で扱いが違う。
「荷受枠を売るなら、通行税を下げては駄目です」
「下げないよ」
「下げたら、安く通りたい荷が群がる。そうなればフェネル商会の荷も遅れる」
「優先通行も出しません」
「出したら揉める。欲しいのは優先じゃない。戻れる日だよ」
ミリアが表を握り直した。
「戻れる日」
「行った荷が戻れる。濡れたら相手が分かる。門で余計な手間を取られない。倉に入れたら濡れた袋を隠されない。商人はそこに値を付ける」
同情ではない。領を助けたいという言い方でもない。フェネル商会が損をしない条件を探している。その方が信用できる。
「条件を出して」
ミリアが言った。
紙が一枚出された。
「一つ目。フェネル商会の荷は通常の通行税第一案どおりに払う。免除なし」
メイナが書く。
「二つ目。七日分の荷受枠を前金で買う。倉番/門の者/通行金分類/メイナの四枚控え。どれか一枚が欠けたら、その日の枠は使わない」
倉番の古兵が顔を上げた。
「俺の紙も要るのですか」
「要る」
古兵を見る目はまっすぐだった。
「濡れた袋を隠さない倉だから買う。そこが崩れたら、ただの古い倉だ」
古兵は左手で胸の前の布を押さえた。
「分かりました」
「三つ目。フェネル商会が入れる塩・油・縄・釘・乾いた薪は、領の配給と修繕分を先に分ける。残りを売る。全部を商人に戻さない」
エルクが低く言う。
「ずいぶん領に寄せるな」
「寄せてない。領が凍ったら、通る道がなくなる」
笑いはなかった。
「四つ目。領が出す品は乾いた炭・修理済み金具・確認済み薪束だけ。無理に増やさない。空袋・井戸縄・屋根釘・馬飼葉は出さない」
「馬飼葉まで」
ミリアが聞く。
「馬が倒れたら、荷が戻らない」
西畑組の馬番が門脇で小さく頷いた。
条件の順を見た。買うものと売るものだけではない。止めるものが入っている。止めるものがある商売は、まだ壊れにくい。
「五つ目は」
最後の空白で指が止まった。
「この条件を、フェネル商会だけの秘密にしない」
ミリアが目を上げる。
「公開するのですか」
「数字は出さない。けど条件は出す。免除なし/四枚控え/領の冬支度分を先に分ける。これを隠すと、私が領主代理と裏で組んだ話になる」
通行金分類の女が口元を引き締めた。
「噂になります」
「隠しても噂になる。なら門前で読める噂にした方がまし」
ミリアは黙っていた。領主代理として、商人に大きな枠を渡す。その見え方は軽くない。けれど条件を公開しなければ、腐った役所がやっていたことと近くなる。
「門前掲示は短くします」
ミリアが言った。
「荷受枠、免除なし。四枚控え。冬支度分を先に分ける。領外へ出さない物を明記する」
「それなら商売になる」
紙はまだ畳まれない。
「明日、フェネル商会の印で前金を置く。現金箱と倉の控え、両方の前で」
メイナの筆が止まった。
「前金は、銅貨ですか」
「銅貨で持ってきたら、門が沈むよ」
口角が少し上がる。
「銀貨で持ってくる」
大きな商売の匂いが、初めて紙ではなく現金の重さを持った。
冬前配置表を見る。倉番/門の者/通行金分類/メイナ。この四つが崩れれば、銀貨はまた腐る。
「明日、四枚控えをそろえます」
ミリアが言った。
「フェネル商会の印も領の控えも同じ台で見ます」
「じゃあ明日は取引にしよう」
倉の戸口で乾いた薪の束が低く鳴った。冬前の風が門の方から入ってくる。
まだ現金は置かれていない。現金箱は空のままだが、置く場所だけはもう決まっている。領が冬を越すための値段が、ようやく形を取り始めていた。




