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追放された雑用係、敗戦処理の天才だった ~崩壊寸前の辺境領を立て直す~   作者: 山田鰻
第十章 商人は死臭を嗅ぎ分ける

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残れる値段

「銅貨二枚のままでは、道は守れません」


約束の日の朝、門前の板に貼る前の紙を見て、空樽の女がそう言った。


回状は二度出ている。門前には初日より商人が多かった。荷を持つ者、まだ持たない者、ただ紙だけを読みに来た者。誰も大声では騒がない。騒ぐより先に、値段を見ている。


メイナの前には、通行税第一案と書かれた紙が三枚並んでいた。領主代理控え/門控え/商人閲覧控え。正式決定ではない。三日後に第一案を出すと約束した、その第一案だ。


第一案という名にしたのは逃げではない。ここで決定と言い切れば商人は従うか離れるかしか選べず、領民側の負担も紙の外へ追い出される。


ミリアが紙を押さえる。


「銅貨二枚は、通行確認料として残します。正式通行税に入る場合は差し引きます」


「では、税はいくらだ」


布荷の男が聞いた。


視線が紙の四行へ落ちる。空荷は銅貨二枚、軽荷は銅貨三枚、濡れ・割れで値が落ちる荷は銅貨四枚。油壺・大樽・腐りやすい荷は別紙確認。


空樽の女がすぐに眉を上げた。


「うちは二枚のまま」


「空荷なら」


「樽は空でも、割れたら困るよ」


「だから、荷台の固定を門で見るなら軽荷です。固定済みで戻り確認だけなら空荷扱い」


女は少し考え、釘を指で弾いた。


「面倒だけど、嘘ではないね」


面倒だと言われる方がまだいい。簡単すぎる税は、あとから誰かに隠れた損を押しつける。


薬種商の使いは四行目を見ている。


「薬布は」


「包みのままなら軽荷。薬液、乾燥前の薬草、濡れで効きが落ちるものは別紙確認」


「高くなる」


「高くしなければ、守る前に荷が増えます。守れない荷を安く通すと、損害の時に道ごと潰れます」


ルシアが紙の端を指で押さえた。


「商人側から見ると、安くはありません」


「高すぎますか」


「いいえ。高い理由が書いてある」


銅貨八枚の古い通り賃には理由がなかった。道を守る者、荷を止める者、橋を見ている者。誰に払っているのか分からないまま取られていた。


ここにある三枚と四枚は違う。見張り一人・水桶置き場の板・戻り確認・荷損時の照合。高いのではなく、どこへ使うかが見える。


査察官が紙を受け取った。


「税収としては、弱い」


「弱いです」


ミリアが答える。


「領の収入を増やす案ではありません。道を止めないための案です」


「王都は、税としての効率を問います」


「では、効率が悪いと書いてください。ただし、銅貨八枚で荷が消えた道と、銅貨三枚で荷が戻った道の比較も添えてください」


査察官の筆が止まる。


「比較資料は」


「出します」


メイナが別の紙を滑らせた。古い通り賃は銅貨八枚で、戻り確認なし・護衛距離なし・荷損時の相手なし。新第一案は銅貨二から四枚で、戻り確認あり・護衛距離あり・荷損時の相手あり。


安く見える数字と、残れる数字は違う。銅貨を半分にしても荷が一台も戻らなければ、領に入るものは何もない。


「税が半分以下なら、領は損をします」


「荷が戻らなければ、税はゼロです」


今度はこちらが答えた。門前にいた商人の目が、紙からこちらへ移る。


「税を取る前に、荷が来る道を残します」


それ以上は言わない。税の理屈を言い切るのは、領主代理の仕事だ。


ミリアが一歩前へ出る。


「この第一案は、三日間だけ掲示します。異議は商人控えに書いてください。領民側の負担は、次の紙で見直します」


「領民側?」


空樽の女が聞いた。


「道を守る兵、水桶置き場を直す人手、荷台を押す者。それを税とは別に無償で出させれば、通行税を下げた意味がなくなります」


ルシアの表情が少し変わった。


「そこまで書くの?」


「書きます」


ミリアは答えた。


「書かなければ、安い税の裏で人が減ります」


荷が戻れば商人は来る。けれど、その道を直す村が潰れればまた荷は止まる。銅貨の表だけでは済まない話だった。


商人の紙だけを整えれば、今度は道を支える人手が見えなくなる。見えない負担は税より早く村を削る。


査察官がそこで、別の紙を取り出した。


「徴発台帳も、確認します」


商人たちの目が徴発台帳へ移る。通行税の紙だけを見に来た商人たちにも、その言葉の意味は分かる。荷車・馬・人足・材木。戦後の名目で出せと言われれば、商人も村も逃げる。


「本日の予定にはありません」


ミリアが言った。


「王都への中間報告に必要です。街道通行の再開が、徴発逃れに使われていないかを見る」


徴発逃れ。その言葉は嫌な形に整っていた。村が残るために荷車を出せない日も、商人が荷を通すために馬を使う日も、言葉ひとつで残るための判断が罪になる。


逃げたのか、残すために使ったのか。外から見れば同じ空欄でも、現場では明日の畑と今日の荷を分ける線になる。


ルシアが静かに笑った。


「商人が戻った日に、その言葉を出しますか」


「必要な確認です」


「必要でしょうね。誰かにとっては」


査察官は反応しなかった。だが、筆は動かなかった。


ミリアがメイナへ目を向ける。


「徴発台帳を」


「ここへ出しますか」


「出します。隠せば、逃れになります」


メイナが一度だけ息を吸い、領主館側の若い書記へ走らせる合図を出した。


エルクが低く言う。


「門前でやる話か」


「門前で荷を戻したから、ここで聞かれたのです」


ミリアの声は硬い。


「なら、ここで逃げません」


商人閲覧控えの横には、まだ乾いていない通行税第一案がある。銅貨二枚、三枚、四枚。荷が残るための値段だ。


その値段だけなら、ようやく門に貼れるところまで来た。だが隣で徴発台帳が開けば、残れる値段はもう税だけでは決まらない。


その横へ、古い徴発台帳が運ばれてきた。表紙の革は乾き、角が黒ずんでいる。紙の端には村名と荷車数が見えた。南三村は荷車二、東井戸村は人足六、西畑組は馬一。日付は明日。


門前の者たちは紙を見たまま黙った。明日、荷車と人足を取られれば今日戻った道はまた細くなる。商人は来るが、道を直す手が消える。


査察官が革表紙を見下ろした。


「確認します」


「はい」


ミリアは頷いた。


「ただし、確認だけでは終わらせません。徴発の順番も、ここで見直します」


その声を聞いて、ルシアが回状の余白へ何かを書き足した。


それは商人向けではない、明日の紙の題だった。


門の板に貼られた通行税第一案の隣で、「税と徴発」の四文字が乾くのを待っていた。

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