出頭の手順
「封じ写しは、一箱だけお持ちください」
召還受付所の出頭官は朝の最初にそう言った。
机は磨かれている。椅子の背には王都の紋が彫られている。窓際には二人の書記。兵の姿は少ない。脅す部屋ではない。だが机の上の紙は、こちらが座る前から三枚並んでいた。
一枚目、出頭確認。
二枚目、聴取日程。
三枚目、持参物預かり控え。
最初から預かる前提の紙だ。
「一箱だけ、ですか」
ミリアが確認する。声は低くない。領主代理として、聞くべきことを聞く声だった。
「はい。内容確認ではございません。保管場所の都合です」
「二箱とも宿に置く方が、かえって危うくありませんか」
出頭官の筆が紙の端を叩く。
「召還者用官宿は安全です」
安全という言葉に、どの範囲が含まれるのかは書かれていない。盗まれないことか。開けられないことか。開けた者の名が残ることか。
封じ箱の一つを机へ置く。中身は戦後処理板の写しと、封じ順の控えだけにしてある。誘引資材の封じ写し・押印写し・商人控え写し・片隅の受領印写しはもう一箱に残した。
「こちらを預けます」
「全てではありませんね」
「指定は一箱です」
出頭官の目が少しだけ上がった。咎めるほどではない。だが、箱の数を把握している目だ。昨日の宿帳はもう届いている。
受付所の棚には、召還者ごとの札が掛けられていた。赤札・青札・白札。ハルヴェインの札は白だった。功績でも罪でもないという意味なのか、単に未分類なのか。聞かない。札の色だけを覚える。
隣の札は赤い。名前は布で隠されている。赤い札の下には、押収品一とある。こちらの下には、封じ写し一。似ているようで違う。違うようで、同じ棚にある。
「では、預かり控えに箱番号を」
「こちらで番号を振ります」
持参した細い札を出す。王都預け一。封じ順控え入り。原本所在、ハルヴェイン領本館前。封じた者の名・見た者の名・触らなかった者の名。
書記の筆が追いつくまで待つ。
「細かいですね」
「後で誰が開けたか分かるようにするためです」
「王都の保管です。無用の心配かと」
「心配ではありません。手順です」
出頭官は笑わない。代わりに、預かり控えの欄外へ小さく書き足した。持参側札あり。開封前照合必要。王都の紙に、こちらの手順が一行入る。
それで十分だった、とは思わない。十分と思った瞬間に足をすくわれる。いま取れたのは、箱を開ける前に一度止まる場所だけだ。
聴取日程は二日後だった。
「明後日の午前、第一聴取室にて。なお本日夕刻、功績確認の会論に同席を求めます」
「功績確認ですか」
「はい」
「聴取とは別に」
「別です」
紙の上では別。だが呼ぶ側が同じなら、場を分ける意味がある。先に顔を見せ、誰がどの位置にいるか測る場。そこで出す紙と、出さない紙を選ばせる。
「会論へ持参するものは」
「領主代理印、召還命令文、戦後処理板の写し。封じ箱は不要です」
「不要」
同じ言葉を返すと、出頭官の肩がわずかに固くなる。不要と書いた者は、箱の中身を見せたくないのか。あるいは、まだ見たくないのか。
「承知しました」
ミリアが領主代理印の袋を閉じる。会論へ持ち込むのは、紙一枚と印だけ。軽すぎる装備で重い場へ行く。
受付所を出ると、通りの向こうに市が見えた。朝の王都は声が多い。焼きパン・干し肉・革靴・墨。店の札は綺麗にそろっている。
値だけが、そろっていなかった。
同じ粉麦の袋に、古い札と新しい札が重なっている。古い札は昨日付、新しい札は今日付。値は二割上がっていた。隣の店も同じ。さらに奥の油壺は、民売りなしの札を出しているのに、裏手から小壺が三つ運び出される。
「見ますか」
ミリアが小さく聞く。
「見ました」
「書きますか」
「今は書きません」
市の値は、怒れば民の話になる。追えば商人の話になる。だが王都へ来た理由は、まず持参の紙を相手の言葉にされないことだ。物価の異様さは別の控えに残す。頭の中の棚へ置き、まだ札を付けない。
角の店で、フェネル商会の小さな印を見つけた。看板は大きくない。王都では目立たないようにしているのだろう。店先に立つ若い帳場係が、荷紐を結び直すふりをしてこちらを一度見た。
ルシアの紙は届いている。
確かめには行かない。帳場係は荷紐へ目を戻し、こちらも歩みを止めない。向こうも近づかない。逃げ道を残す紙で、というルシアの言葉がここで形になっている。
南官宿へ戻る途中、軍用札を付けた車が二台、市の裏道を曲がった。荷台の上には空の樽。だが記録札には油とある。昨日の門と同じずれだった。
「王都では、空の樽にも油と書くのですか」
「本当に空なら、そうは書きません」
「本当に油なら」
「車輪跡がもう少し沈みます」
ミリアはそこで足を止めない。止めれば見たことになる。領主代理が王都の道で軍用札を見て立ち止まった、という事実を作らない。
曲がり角の向こうで、樽車の一台が止まった。男が荷台を叩く。乾いた音だった。油壺なら、あんな軽い音はしない。だが車の前に立つ兵は札だけを見て道を開ける。中身より先に札が通る。
ハルヴェインでは逆にした。先に現物を見て、後から札を書く。王都では札が先に歩いている。
宿に戻ると、預けた箱の控え写しがもう届いていた。早すぎる。受付所から宿までの距離を考えれば、使いが走ってすぐの速さだ。王都の手続きは遅いはずなのに、こちらの箱の控えだけは早い。
控え写しの下に、別紙が挟まれている。
功績確認会論、夕刻第二鐘。召還者席、南側。発言は求められた場合のみ。持参紙は係官へ渡すこと。
「発言は求められた場合のみ、ですか」
ミリアの指がその一行で止まる。
「話させない場か、先に話させたい場です」
「どちらでしょう」
「行けば分かります。分かった時には、もう場の中です」
持参する紙を一枚だけ選ぶ。戦後処理板の写し。勝利の大字を書かなかった板だ。そこには負傷兵・遺体・捕虜・残車、そして王都へ持っていく写しの順がある。
セドリックの名は、まだどこにもない。
だが王都へ戻った時から、いずれ同じ部屋へ入る可能性はあった。
夕刻の紙を折り直す。折り目は一度だけ。余計な目印を残さないためだ。
ミリアが領主代理印を布袋へ入れる。
「今日は押しますか」
「求められれば」
「求められなければ」
「置くだけです。押していない印も、場に残ります」
会論へ持っていくものは軽い。だからこそ、動かす順を間違えれば軽いまま奪われる。紙を折り、印を包み、箱のない手で夕刻の場へ向かう準備をした。
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