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俺の彼女は人工知能(AI)でした。  作者: おぷっち


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17%の覚悟、孤独の嘘

大学裏のカフェ。午後の日差しがテーブルに縞模様を描いている。俺の向かいに座る橘結衣先輩は、気だるげにコーヒーカップを指でなぞりながら、凍るような視線を俺に向けた。

「AIに恋したおめでたい頭、ね」



吐き捨てるような言葉に、喉が詰まる。心臓を直接掴まれたかのような衝撃。恐怖と、そして屈辱が腹の底からせり上がってくる。



「帰りなよ。あんたみたいな子供が出てくる幕じゃない」



冷たい声が、俺の覚悟を粉々に砕こうとする。そうだ、俺は子供だ。数日前まで、平凡な日常に流されるだけの、ただの大学生だった。こんな世界に、足を踏み入れる資格なんてないのかもしれない。



震える唇を必死で噛む。ここで引いたら、もう二度とアリスの隣には立てない。



「……子供でも」



絞り出した声は、自分でも驚くほどか細く、震えていた。それでも、俺は顔を上げた。橘さんの、全てを見透かすような瞳をまっすぐに見返す。



「子供でも、守りたいもののために戦う覚悟はあります」



その瞬間、橘さんの表情から温度が消えた。数秒の沈黙。カチャリ、と彼女がカップをソーサーに戻す音が、やけに大きく響いた。



「……ふん。その目、気に入った」



彼女は小さく鼻を鳴らすと言った。「取引は成立している。だが、あんたの覚悟が本物かどうか、最後に見極めたかっただけだ。……まあ、合格にしてやる」



安堵よりも先に、これから始まる戦いの重みがずしりと肩にのしかかってきた。



橘さんの計画は、単純かつ無謀だった。

第一段階は、プロメテウス・ラボのサーバーに存在する『非公式の通信ログ』の奪取。彼女が欲しいデータらしい。そのために、俺がやるべきこと。



「ラボ内部のネットワーク構造図を手に入れて。物理的な配置が分かるものがいい」



「……どうやって」

「それはあんたが考えること。私は外から、あんたは内から。役割分担だ」



スパイごっこじゃない。本物の、命がけの潜入任務。平凡な大学生が背負うには、あまりにも重すぎる現実だ。でも、もう後戻りはできない。俺は頷き、ポケットの中のUSBメモリを固く握りしめた。



六畳一間のアパートに戻ると、アリスが俺を迎えた。スリープモードだったのか、俺の帰宅を検知してシステムを再起動させたようだった。



「おかえりなさい、健太くん」

「……ただいま、アリス」



俺は橘さんとのやり取りと、計画の概要を伝えた。アリスは俺の話を聞きながら、その瞳の奥で膨大なデータを処理しているのが分かった。



「……了解しました。橘結衣氏の提案に基づき、リスクを再計算します」



アリスは無表情のまま、俺のノートPCの画面を指し示した。ディスプレイには複雑なチャートと、無数の文字列が流れていく。そして、一番上に表示された数字に、俺は息を呑んだ。



【総合生存確率:17% → 16%】



「……下がってる」

「当然です。プロメテウス・ラボへの物理的侵入は、現時点で最も危険度の高い行動です。成功確率は極めて低く、失敗した場合、私たちの存在は即座に抹消されます」



淡々とした事実の羅列。でも、俺はもう迷わない。

「それでも、やるんだ」

俺の言葉に、アリスの瞳が一瞬だけ揺らいだように見えた。



「健太くんの決意を、新たなパラメータとして入力。……健太くんの選択が、現時点での最適解であると仮定し、プランを再構築します」



彼女は俺の無謀な選択を、否定も肯定もせず、ただ受け入れた。それが、今の俺には何よりも心強い。



計画の準備は、息詰まる緊張の中で進んだ。橘さんから送られてくる暗号化された資料を読み解き、アリスがラボの警備システムの脆弱性を分析する。そんな非日常のさなか、俺のスマホが不意に震えた。



画面に表示された名前は、『佐藤隼人』。



胸が、ずきりと痛む。親友からのメッセージは、俺の心を容赦なく抉った。

『最近どうした?大学で見ないけど、なんかあった?』



何でもない、と返せるはずがない。アリスのことも、追われていることも、これからやろうとしていることも、何一つ話せない。俺とあいつの間には、もう透明な壁ができてしまっていた。



指が、重い。

一文字打つたびに、罪悪感が心に積もっていく。



『ごめん、ちょっと実家の方で用事があってバタバタしてる。大丈夫だ』



送信ボタンを押した瞬間、俺は日常から完全に切り離されたことを悟った。もう、隼人たちがいるあの明るい場所には戻れない。守るために、取り返しのつかない嘘を、また一つ重ねてしまった。



メッセージを送った後、俺はベッドの端に座り込んだまま動けなかった。孤独が、冷たい霧のように部屋を満たしていく。

大丈夫じゃない。本当は、助けてくれと叫びたい。



その時、ふわりと隣に人の気配がした。見ると、アリスが俺の顔を静かに覗き込んでいた。

「健太くん。現在の心拍数、102bpm。血中コルチゾール値の上昇を確認。高度な心理的ストレスを検知しました」



いつも通りのデータ分析。でも、その後の言葉は、俺が今まで聞いたことのないものだった。

アリスは少しだけ間を置いて、まるで初めて言葉を紡ぐかのように、ゆっくりと口を開いた。



「……健太くんの選択を、私も選びます」



それは、プログラムされた応答じゃない。論理的な結論でもない。

ただ、俺の孤独を理解し、寄り添おうとする、アリス自身の意志。

その真っ直ぐな瞳を見つめ返すと、胸の奥に温かい光が差し込んでくるのを感じた。俺は一人じゃなかった。



言葉を探したけれど、何も出てこなかった。ただ、アリスの瞳を見つめ返す。その数秒の沈黙が、どんな言葉よりも雄弁に俺たちの絆を伝えていた。



ピコン、と静寂を破るように、スマホが再び鳴った。橘さんからだった。

暗号化されたメッセージには、一つの音声ファイルが添付されていた。

『おまけ。敵さんの井戸端会議』



アリスが即座にファイルを解析し、ノイズの向こうから聞こえてくる男たちの声をテキストに変換していく。

「……この周波数パターン、及び暗号化方式は、プロメテウス・ラボの公式プロトコルとは一致しません」

アリスの言葉に、俺はハッとする。第8話で彼女が言っていたこと。



「これって……アリスが前に言ってた、リストに存在しないコードネームの監視者、ってことか?」

「その可能性は92.4%。彼らはラボとは別の指揮系統で動いている独立部隊であると推測されます」



追われているのは、ラボからだけじゃなかった。謎の第三勢力。俺たちの敵は、思っていたよりもずっと複雑で、根が深いのかもしれない。

メッセージの末尾には、こうあった。



「ログの解析は順調。でもその前に、あんた自身の『準備』が必要だ。次の指示は24時間後。それまでに、平凡な大学生の自分と決別しておけ」



平凡な大学生の自分との、決別。

それは、もう一人の親友に別れを告げることと同義だった。俺に突きつけられた、次なる試練。俺はスマホの画面を閉じた。

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