第29話 暗雲
「どうすればいいんだ....これ」
わたしはクローゼットの中に身を潜めていた。窓を開けた途端に目にしたハエの大群。一斉にこっちに向かってきた....
いまやこの部屋もバイオハザード。羽音がすごいことになってるし、間違いなく外で何かが起こっている。だけどこのクローゼットの中じゃあ、なにも確認ができない。
エクサは遠征をしているので、彼女らの救助を待つ線はない。近くにいる教団の関係者は、獄獄とギガだけ。頼れないなあ....。
その時、ぽつぽつと音がした。
木の扉のクローゼットに雨粒がぶつかるような音が不規則に鳴っている。
――まさか、気づかれた?
その音もだんだんと打ち付けるような激しい音になっていく。
――え、え。
やがて発砲音と共に、クローゼットの扉に一寸の穴が開いた。一筋の光が差し込んでくる。
ハエが弾丸の速度で突っ込んできたのだ。
そして後を追うようにクローゼットを打ち破る光の筋も5、6本と増えていった。
――やばい!
クローゼットを押し開けて、わたしは走り出す。ハエにだけは殺されたくない!!
ヴァニタスがいくら斬ったところでこの量のハエが収束するわけがないし、スケルトンたちは妙に怯えている。マグ・メルを使ったとしても近距離の攻撃はわたしにはできないし....
本当に逃げるしかない!
躓きそうになりながらも階段を駆け降り、埃臭い廊下を走り抜け、外に飛び出した。多くの建物が並ぶイーゼルの下町、一時的でもいい、避難ができるところを探さねば。
外で待ち受けていたのは暗雲のようなハエの塊、すでにその群れの一部がわたしに気づいたようだ。
街ゆく人々も襲われているが、それよりも明らかにこちらへの注目度が高い。
「目標確認!!!」
数台の馬車がブレーキをかけて、中から武装した兵士たちが出てきた。全員がガスマスクのような仮面をつけていて、手には長い魔法の杖。
「嬢ちゃん、馬車の中に避難しろ!」
国立魔物駆除兵団、聞いたことがある。王都に現れた魔物を徹底的に駆除するエリート集団。
わたしは兵士の補助を受けて、馬車の中へと駆け込んだ。
「助かった....」
馬車を囲うようにして並んだ兵士たちが掲げる杖が光りだした。しかしその途端、ハエは彼らに一斉に襲いかかる。
束の間の安心も砕かれた。
黒い渦に飲み込まれ、兵士たちの悲惨な叫び声が数秒間聞こえたのち、おぞましい羽音だけとなった。
そしてすぐに、ぱらぱらとした音が馬車に降りかかる。ここも安全じゃない、そのうちハエは弾丸のような速度で突っ込んでくるのだから。
馬車の扉を勢いよく押し開けて、わたしは再び逃げる。今度は建物の間の、日陰の薄暗い路地を駆けた。
運動不足が体に響く。ぜーぜーとした自分の息の音が大きくなる。
「そうか....魔力か....!」
わたしは走りゆくまま、手のひらから黒い液体のような魔力を滴らせた。
そして地面にできた水たまりのような魔力を感知したのか、ハエたちは見事に釘付けとなった。
それでも背後に聞こえる羽音のボリュームは大きくなる。魔力をエサとしたハエたちがおそらく増えているのだ。
魔力を固めて作ったハエ叩きを使ったら数が増えたのだからそういうことだろう、おそらく。
やつらは魔力をエサにその数を増やすのだ。
この細い路地をまっすぐ行けば、獄獄の商店にたどり着く、とりあえずそこまでいくしかない!
魔力を吸い尽くしたのだろう、ハエたちの羽音は数を増してこちらに向かってきているのがわかった。
絶えず魔力を垂れ流し続けているが、もはやハエたちは興味をなくして魔力の源泉に向かってきている。
間に....合わない....!
――「エクストラ残留弾っ!!」
sfチックなレーザー音、ともに目に映った眩い光。頭上をかすめた光線が建物の間に大きな風穴を開けたのだ。
そこに残留した魔力の光球に踵を返したハエたちが一斉に吸い付く。
「ミント様、こちらなのです!!」
キョンシー武器商店の前に佇む二人。獄獄とギガ、
二人は数メートルにも及ぶ巨大なバズーカを肩に担いでいた。




