第1話 死は終わりであっていいのか?
第1話 死は終わりであっていいのか?
星空のように煌めく、イーゼルの都。少女は闊歩した。月明かりが王宮をよく照らし、彼女はそれを眺めた。
目の前には彼女にピストルの銃口を向けた人物。腕をガタガタと震わせて怯えた表情の彼に、少女はただ微笑む。
彼は撃てず、腰の力が抜けるように崩れ落ちる。少女は彼の前を優雅に通り過ぎた。
「....準備が整いました。ミントちゃん」
どこからか、桃髪の少女が現れた。真っ黒な軍服に袖を通した彼女は無邪気な笑顔を見せた。
少女ミントは立ち止まる。
「お久しぶり、エクサ」
「....始めさせていただきます」
「うん」
ミントが頷くと、すぐに静かな夜景に大砲の音が響き渡った。
王都で軍服に身を包んだ < アンデッド >どもが宴を始めるのだ。
「撃てェ!」
ダークエルフの女性が砲撃の指示を出す。
「気合い入ってるじゃないですか」
「だまれ、骨」
隣に上品に佇むスケルトンは軍帽を押さえながら、もう片方の手で指をパチンと鳴らす。
ジェスチャーに反応するように、石畳を剥がしながら裸のスケルトンどもが這い出でる。
無数に湧き出る大群のスケルトンは隊を成し、カタカタと音を立てながら王宮へと走っていく。
またその近くでは、立て並ぶ住居よりもさらに大きい岩肌のゴーレムたちが、街を壊しながら王宮へと進んでいった。住民たちは阿鼻叫喚で逃げ回る。
それらの破壊の音が少し遠くに響くところで少女、ミントは鼻唄を奏でていた。彼女は王宮が1番よく見える小さな広場に来ると、ゆっくりと宙に浮かびゆく。
夜風が髪を揺らし、朗らかな表情をうかべる。華奢な手には黒色の禍々しい剣が握られていた。
その剣先をすっと王宮の方へと向けると、彼女は呟いた。
「メメント・モリの執行者として。我、ミントは......これより“英雄”の復活を行う」
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第一話
“死”と“生”が曖昧なもの。
西洋には“メメント・モリ”という言葉がある。死を忘るるなかれ、つまり“生”の延長線上に“死”があるのだと言いたいのだ。
始まりは古代の警句であったか、しだいに時は進んでメメント・モリは形を持った。
遠い親戚が亡くなった時。葬式で遺体をガラスの棺に入れて、その周りを色とりどりの花が飾っていた。
....花たちが見せる表情は、まるで死者に手向けられたものには見えない。
曖昧に入り混じる不気味さ、それを俺は漠然と恐れていた。とはいえ若干海外の墓場に苦手意識を持っていると言ったくらいで、大したものではない。
いや....あの時までは。
ところで俺はごく普通の人生を歩んでいた。とくに何も問題なく小中高と卒業。大学卒業後に働く気力もなかったため、大学院へと進んだ。
いわゆる“無キャ”だ。とくに露出した才能もなければ情熱もない、友人はいても親友はおらず、とにかく省エネに生きている。そこそこ心地の良い人生を送っていたと思う。
ハングリー精神というのは常に現状に満足していないから発生するものだ。
苦労もなく大学院に行けるほどの環境にも恵まれりゃ、これ以上に望むものなんてない。
俺、天原無助あまはらむすけは平穏に生きていた。
でもこの日は少し違っていた。
12月は晴天でもその冷たさが感じられる。分厚いダウンジャケットに身を包んだ俺は、赤信号の前で立ち止まっていた。
いつもと同じ1日のはず。しばらくして青く光る信号が見えたので、歩き出す。
....そして急な終わりを迎える。
空気が嫌に揺れた。ふと横に目を向けると巨大なクラクションと共に、横から迫ってきたトラック。
何故暴走しているのだろうか、もう俺のすぐ左に迫っていた。
思考が追いつくころには衝撃に打たれ、宙に飛ばされ、周りの景色がゆっくりと動くのが見えた。
“...ああ、左右確認は忘れちゃダメなんだな”
最期に思うのはそれくらいのことであった。意外にも迫り来る恐怖などなかった。
その後に続くブレーキの音。女性の叫び声。
俺の視界は黒く塗りつぶされていった。何も見えない。
でもしばらくすると、なぜだろうか。もうすぐシャットダウンするであろう俺の脳はある光景を映し出した。
光が見えた、それもぼんやりとした光が俺の視界に差し込む。
気づけば綺麗な花が咲き誇る丘にいた。不思議な景色だ。
「美しいか?」
そう問うのは女性の声、彼女は私の前に立っている。輪郭がぼやけて容姿はよくわからない。
これが臨死体験だろうか、せん妄に近いものだろうな。もしくは死神?....違うだろうな。
それに対してわざわざ疑問を持とうとは思わなかった。いかんせん興味がなかったのだ。
俺はスカした表情で、彼女の顔を見上げながら答える。
「ああずいぶんとね、走馬灯は見せてくれないのか?」
「汝の人生に振り返るべき瞬間などなかっただろう」
結構痛いところをついてくる、自分なりに楽しく生きたつもりだったが。
――にしても鼻につく言い方だ、少し負けたような気持ちになってしまった。
「それもそうだな、ところで君は?」
彼女は少し黙ってから口を開く。
「その問いに答える前に....一つ質問がしたい、なぜ汝は立たぬのか?」
不思議な質問だ、俺は視線を下に向ける。
しゃがむような姿勢で両手は地面を掴んでいた。意識はしていなかったが、ずっとこの姿勢にいたみたいだ。
「ん?別に意味はないよ」
軽くそう言って私は立ち上がろうとした、でもなぜだか体に錘おもりがついたかのように立てない。
というよりもっと、自分自身が立ち上がることを拒んでいるかのようだった。息が苦しくなる。
「ここは....」
目の前の光景に視線を向けると、
夕日とも朝日とも言えるような淡い日差し、そこかしこに転がる頭蓋骨。そして立てられた十字架の数々。
俺は、慄いた。
彼女は口を開く、
「わたしは“メメント・モリ”。汝の置かれている状況、そして汝そのものだ」
俺の苦手なやつだ、“メメント・モリ”....でもなぜだろう。その光景を見た俺は思ってしまうのだった。
「怖いか?」
彼女は意地悪く俺に問う。
自身がそれ対して感じたのは恐怖というよりも....雄大な自然を前にした時のような、言葉にするのが難しいような感情。
「恐ろしいだろう、哀しいだろう、でもそれ以上に....」
「....美しい」
彼女はふっと笑うのだった。まさにそこは死と生が溶け合った楽園である。
これが俺の、死に際の、初めての情熱となった。
“死は終わりであってはならない”
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幸運にも死の先には生があった。まず、いくつかの断片的な雑音が聞こえる。
――“なぜアンデッドが生まれるの!”
――“忌み子だ、殺せ!”
――“生きていてね...お嬢様”
...
そして目覚めたわたしは奇妙な無力感を感じる。
「おかしい」
第一声はそれであった。わたしを抱えた女性はその言葉を聞いて青ざめる。
左右に見える短い手足、ぼやけた視界。そして誰かに抱えられたこの状況。
そしてあの惨状から生き残るのは、まああり得ないだろう。
なので、あえて希望的観測に基づいて推測をするのであれば...
「わたしは転生したのか?」
――「ヒッ!?」
2声目を聞いた女性は再び驚く。




