01 まだまだ現役です
「昨日はお祭り騒ぎだったようじゃの」
「みんなお祝いしてくれたので、ありがたく乗っかりました」
魔道具師塔の最上階。メルグリス様と向かい合い、リョクチャをすする。
「して、最強の魔道具、だったのう」
「はい。僕がいなくても、彼女を必ず護れる。そんな魔道具です」
僕の顔を見てため息をひとつつくと、メルグリス様が切り出した。
「ヨル、まずお主が思う必ず護れる魔道具とは、どんなもんじゃ」
「敵の攻撃を察知する、防ぐ。反撃する」
「……ふむ。先にはっきり言うておこう、それらを必ず成し遂げる魔道具はない。ワシも作れん」
「……はい」
「本来であれば、使用者の意向を聞くもんじゃ。作り手が思う『護る』と、使い手が思う『護る』に齟齬があってはならんからのう」
「はい。ですが今彼女は眠っています」
「わかっておる。目覚めるのを待つ気はないのか?」
「ないです。むしろ目覚めたリリスにプレゼントしたい。プレゼントして、驚かせたい」
「……お主知っておるか?そういう先走ったサプライズとやらは、失敗の危険性も高いぞ?」
「……う」
東国のお菓子、マンジュウを口に運びながら、メルグリス様は窓の外に視線を投げた。
「まあそうさなあ、危機は脱したとはいえ、いつ目覚めるかわからん者の目覚めをただ待つのは堪えるものがある。とりあえず、ワシもヨル坊の可愛い婚約者の話を聞かせてもらおうかのう。何かヒントがあるかもしれん」
「……ってなわけでリリスめちゃくちゃ可愛いんですよー!!お茶会で棘があること言われても十倍百倍にして返しちゃうの!もう苛烈で惚れ惚れしちゃうー!!」
「ふぉふぉふぉ、随分と勇ましい姫さんじゃのう」
メルグリス様が楽しそうに笑った。
僕もリリスの話をすると元気が出る。しかも喜んで聞いてくれる人がいると嬉しい。
「リリス嬢は何か武術はやっておるのか?」
「剣の稽古はしていました。あくまでも習う程度で」
「なるほど。しかし護身目的で何か武器を持つなら、剣かな?」
「おそらくは。ただ、剣をあまりこれ見よがしに持たせたくなくて」
「ほう。理由は」
「……モテちゃうから」
「モテる」
「リリスとってもカッコいいんだもの、身体も細身だし、帯剣なんてしてたら男女問わずモテモテで僕の心がいくら広くてもヤキモチ妬いちゃう! 無理!!」
思わず立ち上がると、メルグリス様が目を見開き、ため息をついた。
「護身具なんじゃろう?」
「そうです」
「モテとは関係なかろう」
「大アリです!!」
「狭量な男は嫌われるぞ」
「うっ……それでも嫌だ、無理……」
しょんぼりソファに座る。やだ、無理、リリスのカッコよくて可愛いところが世界中の人に知られちゃう、無理。
「武器は指輪などの装飾品に収納することも可能じゃ。それなら帯剣は不要じゃろう」
「やった!」
「そうすると、剣を収める装飾品も考えなくてはなるまいのう」
「……指輪、ふふ、指輪かぁ」
想像して顔がニヤける。どんな指輪が良いだろう。魔石は大きいのが良いかなあ。
「落ち着け小僧」
メルグリス様が呆れた顔をしている。
「攻撃を察知する、防ぐ、反撃する、じゃったな」
「はい」
「どれも使用者本人の技量に左右されるのう」
「……はい」
「ただ、ワシが思い当たる中で、今回必要だと考える機能がある。これには技量は関係ない」
「それは」
「毒見じゃ」
「……毒見」
「毒に苦しんだ過去は心も身体も憶えておる。これの完全な克服は難しい。じゃが、毒を確実に察知できる魔道具があれば、毒に対する不安はかなり軽減される。皆無にはならんがのう」
「確かに……」
僕たちは毒に小さい頃から慣らされている。リリスも王城に移ってから少しずつ慣らしてきた。でも今回使われたものは特殊も特殊。……王族ですら盛られたら助からない可能性が高かった。
「護るのは身体だけではないぞ、ヨル坊。心もじゃ」
「……はい」
「毒見の魔道具は開発されてはおるが、さすがに魔女の毒にまでは対応しとらん。じゃが、魔女の毒が盛られることは理に従って使われる限りはないはずじゃから、それを気にしだすとキリがない。我々は人を殺すための毒は作らん。……そして、魔女の毒とそうでないものの毒には決定的な違いがある」
「違い?」
「祈りじゃ」
「祈り……」
「服んだ者がその願いを果たせるように、苦しまずに逝けるように。祈りと願いを込めておる。魔法は願いと意図。魔女が魔法を使う時にはこれを特に強く意識する。
お前さんの婚約者が苦しんだのは、使用された目的が異なっていたから。毒を使うような願いも何も、お前たちにはなかったじゃろう?」
「……はい」
当然だ、運命の相手に出会えていて、しかも婚約もしていて。僕たちに悲嘆して死ぬ理由なんてどこにもない。
こうやって改めて聞かされるとものすごく腹立たしい。なんでそんなものをリリスに使ったんだ。
……あの一族はヨランド様による報いを受けているとわかっているから、まだ溜飲は下がるけど、リリスはそんなの関係ないんだ。今もまだ、眠っているんだから。
「死ななかったが激しく苦しんだのも、少なからずこの辺が関わっておるとは思うぞ」
「……知らなかった」
「ヨランドを恨むなよ。まあ百年前に毒を作っていた頃は、ヨランドもだいぶぴゅあではあったがのう。あやつはあの件でだいぶ用心深くなった」
リョクチャを一口すすり、メルグリス様が僕を見た。
「剣は後で誂えれればよかろう。まずお前が作るべき魔道具は別にある」
「……毒、見」
うむ、とメルグリス様がうなずいた。
「魔女の毒よりも怖いのは人の毒じゃ。まずは自分で考えてみるんじゃのう。相談には乗るからいつでも来るが良い」
階段を降りたその足で、三階の書庫へ向かう。書庫には誰もいなかった。さすがにこの前の件から間もないから、逢引には使わないか。
毒について書いてある本を数冊見繕ってソファに座る。さっそく一冊目を開くと、本の世界に意識を沈めた。
「ああ、ここにいたのかイオルム」
呼ばれて顔を上げると、アルディナが書庫の扉を閉めるところだった。
「うん、どんな魔道具作ろうかなって調べてた」
「……毒、かい」
傍に積んだ本をチラリと見て、アルディナがつぶやく。
「うん。まずは毒対策だろうって、メルグリス様が」
「なるほどね。……隣、良いかい」
「どうぞ」
どっかりとアルディナが座る。
本に戻るか、アルディナと話すか迷っていると、
「本当にやり遂げちまったね」
と話しかけられた。
「ああ、うん。できるだろうなって確信はあった」
「コヌムのこともすまなかったね」
「ん?ううん、僕は何もしてないよ」
「あれの扱いにはみんな困っていてねえ……ユークリッド殿下とルルティアンヌ様が来ていたんだろ?わたしは休みで家にいたから知らなかったんだけど、殿下たちにも手間をかけさせちまったみたいで申し訳なくてね」
「ああ、休みだったんだ。ていうか、家?」
「ああ、ここは住み込みばかりじゃない、通いもいるんだ。あたしは家が皇都の隣の都市、ヴァルディンにあって、家族もそっちに住んでる」
「へえ」
「コヌムと同じくらいの子どももいるんだ。元々あれくらいの年頃は扱いづらいけど、コヌムは身分が高い子だったから塔の連中だと尚更手を焼いてねえ。
……今日来て姿が見えなかったからどうしたもんかと思ってたんだが、再教育だって聞いて申し訳なくなっちまってさ」
「ああ、仕方ないよ。あれは自業自得だ。アルディナやみんなが気に病むことはないよ」
「そうかねえ」
「うん。これは断言する。またコヌムがみんなの前に出てくることがあれば、今まで通りに接してあげたら良いよ」
「……イオルムが言うならそうかもしれないね。あんた、問題児だったらしいじゃないか」
「問題児だったらしい、じゃないよ。現役問題児だ」
そうニヤリと笑うと、アルディナがハハハと声をあげて笑った。
「そうかいそうかい、現役問題児が言うなら間違いないね。ありがとう、そうするよ」
アルディナが書庫を去って、また静寂が戻る。
毒見の魔道具、開発はされているけど受注生産のみで一般流通はしていない。細い棒を食べ物に差し込み、毒があると形状が変わるとか、そういう形のもののようだ。
「やっぱり接触させないと判別はできないか」
いかに多くの種類の毒を判別できるようにするかが重要な気がする。
あとは、いかにそれとバレないものにするか。
「精度の問題もあるよなぁ」
中途半端なものでは意味がない。あらゆる毒を判別できるくらい、精度の高いもの。
それに素材。銀のスプーンや食器が代表されるように、毒を検知するのはやはり銀。ここは奇を衒わずに、金属で作るのが一番良い。
「金属、かぁ」
オーバーホールをやる中で合金も作ったけど、魔石を気持ち多めに入れた合金、方向性はこれで良いだろう。
本棚から魔法合金に関する本を探す。
毒に反応させる系だと、銀とパルディームをベースにして魔石を混ぜるのが良さそうだ。
何の魔石を使う?そして触媒として何を使う?
ふと、ヨランド様の言葉が頭をよぎった。
ーーこの男が力尽きた時に猛毒ができるの。まあ三年くらいかかりそうねえ。大事に育てるわ。
「!!」
ガタン、と立ち上がる。書庫を飛び出すと、そのまま最上階まで駆け上がった。
「メルグリス様!!」




