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135 旅の修行僧

 巨大害獣から逃げ隠れしつつ、砂嵐から身を護りつつ、僕たちはやっとの思いでトルマーダ砂漠の東側出口にたどり着いた。砂漠を抜けるのに半月もかかったよ。広すぎ!

 砂漠を抜けて最初の集落が見えた辺りで、僕らはとりあえず箱庭に戻り、疲れを癒すと同時に人里に入るための準備に取り掛かった。


「秋の早い内に通り抜けられて、ようございましたね」

「これからまわれば、各地で収穫祭などをやっている頃でしょう。どこも賑やかだと思いますよ」


 ハニシェとスハイルも、どこかホッとしたように明るく言ってくれたが、ソルだけは少し思案気に言葉を濁した。


「たぶん、教皇国の人間が多くなる。気をつけて」

「そうだね。僕の教皇国語は頼りにならないから、ソルに負担を掛けちゃうよ」

「大丈夫です。がんばります」


 きりっと返事をしてくれたけど、本当にここからはニーザルディア語が通じなくて、ソルの教皇国語頼りになる。


「ナスリンも来てくれると、助かるが」

「いいですよ。ファラも一緒で良いのなら……」


 ソルの提案にナスリンが頷いたので、僕も許可した。

 ファラが大山羊車から落っこちないように、丈夫な抱っこ紐を用意しないとな。


 トルマーダ砂漠の東には、フロダ国、ジェルス国という、二国が接している。そして二国のさらに東隣に、南北に細長く海に面したルスサファ国があったのだが、現在は地域ごとに分裂してしまい、それぞれフロダとジェルスに飲み込まれようとしているらしい。

 国際情勢が不安定な場所に行くことになるが、“障り”が濃い場所も同じになるので、仕方がないことだ。パッと行って、サッと帰ってくるしかない。


「冒険者ギルドには行くけど、いくら職員証があっても、僕みたいな子供じゃ信用されないだろうし、軽く情報を渡すだけにするよ」


 迷宮都市やダンジョンの情報は渡すけど、むこうから聞いてこない限りは、手取り足取り教えてやるつもりはない。僕がこの辺りの地域を離れてから迷宮を出現させるので、あとは勝手にすればいいと思う。



 なんて、軽く考えていたんだけど、そうは問屋が卸さないらしい。


「思っていたより厳戒態勢すぎる。ちょっと困ったな」


 北側のフロダ国から入ったんだけど、あっちこっちに兵士が立っていて、物々しいったらありゃしない。まわりの緊張感が伝わってしまうのかファラがぐずるので、せっかく大山羊車に乗ってもらったけれど、いくらもしないうちに、ナスリンたちはまた箱庭にいてもらうことになった。


 さらにひどいことに、町に入ったなら辻ごとに止められるような状態で、クーデターでもあったのかと疑いたくなったが、そうではないらしい。


「愚者の刃が、活発に動いているみたいです」


 モンタレという町の冒険者ギルドに立ち寄った時に、支部長が話してくれたことをソルが通訳してくれた。


「ルスサファが崩壊して、軍を動かしたせいで、治安が悪くなったと」

「なるほど」


 隣国を併呑しようと国軍を動かしたせいで、国内の治安維持で手薄なところが増えたらしい。


 そもそも、この辺りは教皇国から遠く、古い信仰もあった土地らしい。ルスサファ国が滅んだのは、教皇国を受け入れて稀人を召喚したせいだと、各地で年々、不満や不安が高まっているそうだ。


「“障り”を祓うために、巫女様がルスサファに来たみたいです。ただ、兵士も一緒なので、すごく緊張しています」

「お触り禁止だからな。見境のない愚者の刃を近付けないように、どこもピリピリしてるってワケか」


 いくら教皇国が嫌いな人間でも、“障り”を祓う力のある巫女はありがたい存在だ。ただ、稀人に関する物はすべて焼き払えとか思っている、過激派にとっては、どうかわからない。


「わかった。なるべく兵士を刺激しないように、大人しく進もう」


 『稀人の知識』が出てくるせいで、愚者の刃の反発を受けそうだが、障毒に侵された身体を癒す温泉が使えるというメリットが大きいので、フロダ国の冒険者ギルドも迷宮には興味がある。モンタレの支部長は、首都本部にいるギルド長あてに紹介状を書いてくれた。


「数々の助けに、感謝申し上げる」

「旅のご無事と幸運を」


 お互いにたどたどしい教皇国語で、僕と支部長は握手を交わした。


 それでは出発しようと冒険者ギルドを出たところで、びっくりするほど滑らかな発音の教皇国語に呼び止められた。


「はい?」


 僕を護るために壁になった従者たちの向こう側に立っていたのは、質素な旅装に精悍な顔立ちをした青年だった。


「トルマーダ砂漠を踏破せし御仁の報を聞き、まかり越した。それがしは民の安寧を得んがため、害獣の討伐を務めとしている。不躾なれど、お話を伺いたい」


 スハイルと同じくらい背が高く、スハイルよりもがっしりとした体つきをしている。何より目を引いたのは、腰に下げた二振りの刀と、胸元に揺れるグルメニア教の紋章。


(修行僧か?)


 いつだったか、カガミから聞いたことがある。

 教会は独自の武力をほとんど持っていないが、稀に諸国を旅する修行僧や、布教の旅をしている僧とその護衛がいる、と。


 布教の旅というのは、要は稀人の知識を広めるために、各地で文字の読み書きなどを指導することだ。識字率の低い地方に、教皇国語を広める役目もある。

 対して、修行僧は魔獣や害獣の討伐が主な活動だ。教皇国の重装兵のような装備は持っていないが、人並外れた身体能力と戦闘技術を持っているらしい。また、教皇国の法律にも明るく、頼まれれば諍い事の調停を受け持つこともあるとか。


「いいよ。どこか落ち着ける場所に行こう」

「よろしいのですか?」


 心配そうなハニシェに、僕は笑って頷いた。ここで断る方が不審がられるだろう。


「大丈夫。ソル、通訳して」

「はい」


 僕らは近くの露店が立ち並ぶ一角にある、簡素なイスとテーブルが並んだ飲食スペースに陣取った。


 蕎麦茶っぽい温かいお茶をすすりつつ、僕と差し向いに座った修行僧は、バニタスと名乗った。教皇国の辺境出身で、教皇国の兵がいなかったり冒険者が活動できなかったりする場所の、害獣駆除を行っているらしい。


(教皇国の人って、肌の色が濃いのか?)


 間近で見たバニタスは、濃い金茶色の髪に、アーモンドの皮のような茶黄色の肌とグレーの目をしていて、全体的にゴツゴツとした骨格をしているようだ。僕のようなニーザルディア系とも、ソルのようなセーゼ・ラロォナ系とも違う民族に見える。

 リンベリュート王城にいたミシュルト大司教も監視モニター越しだったので、単に日焼けした色、立派な体格の人だと、特に気にしていなかった。


 この世界では初めて見る、日本刀に似た刀を得物として持っているあたり、彼ら修行僧が修めている武術は、稀人から伝えられたものだろう。


(辺境出身と言いつつ、たぶん生まれはちゃんとした家かもな)


 修行僧になるには、勉学も出来なくてはならない。おそらく、貴族階級の三男以下か、庶子ではないだろうか。


 僕は隠すことなく、トルマーダ砂漠で目撃した害獣のことを話して聞かせた。冒険者ギルドにも同じ情報を提出しているので、まったく問題ない。


「実に興味深い。かような害獣が跋扈するならば、ニーザルディアが滅びしも、致し方なしか」


 思慮深げに呟くバニタスは、歴史の前後関係を勘違いしている。

 ニーザルディアが滅びる前までは、トルマーダ砂漠の交易はあったのだ。つまり、たった半世紀ほどで、トルマーダ砂漠は手が付けられない状態になってしまったということ。


(まあ、いま指摘してやるつもりはないけど)


 教皇国で教えている歴史と相違があったとして、ここでは話がややこしくなるだけだろう。


「僕も害獣の情報を集めているんだ。冒険者たちが、安全に害獣を駆除できるようにね」

「その幼さで、まこと立派な志。貴重なスキルをお持ちとあり、さぞ高位なるご出自とお見受けいたす。重ねて、非礼をお詫びする」

「問題ないよ。僕も家名を捨てたし、いまはただの、冒険者ギルドの職員だよ。こちらこそ、敬虔で民思いの僧侶殿とお話できて、光栄です」


 僕の言葉から仲間意識を覚えたのか、きりっとしたままだったバニタスの顔に、はにかむような微笑が浮かんだ。どうもバニタスは根っからの生真面目なようで、意見がぶつかれば面倒そうだが、やりようによってはチョロく転がってくれるかもしれない。


「そういえば……失礼でなければ、バニタス殿のレベルをお伺いしてもよろしいですか? お一人で害獣駆除の旅をされるなら、とてもお強いのでしょう?」

「いやいや。某など、教皇国の正規軍に揃う精鋭たちには、及びもつきませぬ。されど、修行僧として外遊の資格を得るためには、五十を超える必要がありますゆえ、それなりに……」

「んな……」


 僕たちのびっくり顔が可笑しかったのか、バニタスは穏やかな表情のまま。彼らにとっては、これが普通のことなのかもしれないが……。


(な、ななんですとぉぉぉぉぉ!?!?!? ごじゅう!? 五十って言ったか、このにーちゃんは!!)


 僕の内心は大混乱です。


 だって、いまの僕とレベル変わんないよ!?

 あ、でも資格取るのにそれだけ必要ってことで、いまはもっと高いの!?

 それでいて戦闘技術持ってるとか、どんだけ強いのよ??

 そもそも、迷宮も無しに、どうやったらそんなレベルになるんですかー????

 しかも、正規軍の精鋭はもっとレベル高いんでしょー????


(魔獣の肉と一緒に、魔石まで食って育ったんじゃないだろうな……)


 僕は今まで知らなかった教会戦力の内情に慄きながら、表面上は無邪気を装って、尊敬の眼差しをバニタスに向けるのだった。


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