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番外編 今はもう遠いあなたへ・前編 -不忍彩香


「ロリコンの犯罪者」

「子供が目当てで再婚相手選んだんでしょ」


『ちがうの! お父さんは、なにも悪い事してない!』


「彩香ちゃんは、まだ子供だからね……」

「いやぁね、子供のくせに……」


『だから、違うんだってばぁ!!』


 懸命に否定しているのに、まわりの大人は誰も彩香の言う事を信じてくれない。


 母の再婚相手は、本当に潔白だ。彩香は養父となった男に、学校であったことを話したり、勉強を教えてもらったりしただけだ。


 それなのに、大人たちは彩香の母の話ばかり信じて、彩香や養父の言う事なんか、ちっとも聞いてくれない。


 養父と最後に会ったのは、彩香の病室で。しかも、なぜか警察官が一緒だった。


「だから子持ちとの再婚なんてやめておけって言ったのよ……!」

「こっちに帰ってこい。どうせ居辛いだろ」


 病室の外から聞こえる苦々しい声が、彩香をひどく責めているように思えた。


『ごめんなさい。ごめんなさい……!』


 血の繋がっていない彩香にも優しかった養父は、それきり、見舞いにも来なくなった。もしかしたら、正確には来られなくなった、なのかもしれないが、彩香には何も教えてもらえなかった。


 彩香が否定すればするほど、かばえばかばうほど、彩香はかわいそうな目を向けられ、養父の立場が悪くなっているような気がした。


 彩香を傷付け、留置所に入れられた母の言う事ばかりが、なぜ信用されるのか。


『どうして、誰も私の話を聞いてくれないの!? なんでみんな、気持ち悪い事ばっかり言うの!?』


 彩香の様子を訝しく思った看護師が、小児精神科医を呼んでくれたおかげで、ようやく警察もまともに彩香の言う事を聞いてくれるようになった。


 しかし、彩香の声が大人に真っ直ぐ届けられるようになったころには、事実無根の誹謗中傷に晒され続けた養父は、彩香の前から姿を消していた。


『ごめんなさい……!』


 どうしてこんなことになったのか、そればかりが頭の中を満たして、何も考えられない。


 母は、いったい何を見ていたのだろうか。


 彩香も養父も、なにもやましいことなどしていない。


「彩香ちゃんのお母さんはね、彩香ちゃんを心配しすぎちゃったんだよ……」


『心配したから、私の顔をこんなにしたの!? お母さんが、あの人を奪わないで、って言ったんだよ。私が何したの? あんたもお養父さんが私にエッチなことしたっていいたいの? 気持ち悪いこと言わないでよ!! 出ていって!!』


 身内から犯罪者を出したくなかった母の親戚が雇ったらしい弁護士に、彩香は泣きながら面会拒否を叩きつけた。


 彩香だって、母のことは嫌いではない。彩香が小学生の時に、実父が事故で亡くなってからも、女手一つで育ててくれた。明るい笑顔を絶やさない、素敵なお母さんだった。だから、養父と出会って再婚することに、彩香は反対しなかった。母にも、幸せになってほしかった。


 それなのに……。



― あんたなんて、いなければいいのに……!!




「やめて……。やめてよぉ……!!」

「クゥン」


 べろん、と鼻を舐められて、彩香はびっくりして目を開けた。


「……」

「ワウッ」


 詰まった息をそろそろと吐き出し、ガチガチに固まった身体をそろそろと伸ばす。少し痺れた腕を布団の中から伸ばし、心配そうにこちらを覗き込む、三角耳が飛び出た頭を撫でた。


「みたらし……」

「わふぅん」


 暗い部屋の中でも、ぶんぶんと尻尾が振られているのがわかる。


「ぅ……ひっく……みたらしぃ……うぅ……」


 彩香を責める大人はもういないけれど、同じ屋根の下に住んでいるお世話係に聞かれなくて、フカフカしたみたらしに抱き着いた彩香は、震える声をさらに押し殺して泣いた。




「おはようございます、お嬢様」

「おはよう……」


 美味しそうな朝食が並んだ、明るいダイニングで待っていた彼女を選んだのは、彩香自身だ。


 両親を思わせる大人の男女は嫌。彩香と同じくらいに見える子供も嫌。もふもふは好きだけど、中途半端に人間っぽい外見なのは嫌。手助けは欲しいけれど、むやみに寄り添ってこようとしないで。頼りがいがある人がいいけど、甘やかしてくるのはやめてほしい。おしゃべりは希望しないので、静かな人がいい。お手伝いさんは一人でいい。

 そんな我儘を並べて恐縮する彩香に、人材派遣担当のオクダは、「なんでもいい、が一番困るのよ。して欲しい事、して欲しくない事は、じゃんじゃん言ってちょうだい」と笑いながら言ってくれた。


 そんな彩香の要望を叶えたのが、いま目の前にいる執事服を着た短髪の若い女性だ。均整の取れた高身長で、栗色のくせ毛の下には、生真面目に引き締まった涼やかな顔。いわゆる「おっぱいがついているイケメン」である。『TSタウンサービス.00227c1』それが彼女の識別番号であり、彩香は『ニーナ』と名付けた。


 ニーナは家事全般と警護を受け持ち、その態度と佇まいは、秘書か執事と言ったところ。けっして不愛想ではないが、ビジネスライクな距離感は、かえって彩香を安心させた。


「はふ、おいしい……」

「恐縮です」


 夜中に泣いたせいで若干疲れたままの彩香だったが、シナモンシュガーがかかった、さっくりふわふわなトーストをコーンスープで流し込み、じんわりとした温かさが胃を中心に広がるのを心地よく感じた。


(久しぶりに見たかなぁ)


 それでも、悪夢を見たのは一週間ぶりくらいだろうか。以前は二日と空けずにうなされて飛び起き、常に寝不足だった。

 この町に来たばかりの頃も、悪夢を見た翌朝は、丸きり食欲がわかなかったが、最近はニーナが作る料理の香りに逆らえなくなっており、ゆっくりでも腹に入れることができるようになった。


「まだお疲れのようですし、本日はこの後、お休みされますか?」

「ううん。みたらしと散歩に行くよ。昼寝はするかもしれないけど」

「かしこまりました」


 ケチャップをつけたスクランブルエッグの美味しさが眠気を誘ったけれど、彩香はなんとか朝食を食べ終え、日課の散歩に出ることにした。


「いってきまーす」

「いってらっしゃいませ」


 家の奥から「いってらっしゃい」と言われることすら、胸にちくりとした痛みがはしる。それでも、習慣で自分が「いってきます」と言ってしまうのだから、返事がない方が嫌だ。


「今日もいい天気だねぇ、みたらし」

「ワンッ」


 麦わら帽子越しに見上げる青空は高いが、天気予報では、明日は雨らしい。

 ツクツクボウシの声が響くひのもと町の季節は、すでに八月の終わりだ。しかし、彩香が地球にいた頃よりも、ずいぶん涼しく感じる。おじいさんの枡出や、おじさんの金木によると、五十年くらい前の日本の夏は、こんなものだったそうで、十月まで半袖で過ごしていた彩香は、信じられないと首を振ったものだ。


(でも、暑すぎると、みたらしと外に出られないもんね)


 彩香は軽いリュックを揺すり上げ、みたらしのリードを掴み直し、白杖をつきつつ、迷宮案内所を目指して、てくてくと歩き始めた。


 彩香が住んでいるのは、ひのもと町の山の手区一丁目にある、比較的大きな家だ。一人で住むには広すぎるが、みたらしは大型犬だし、なによりピアノを置ける防音室があるのが気に入った。ニーナが住み込みで管理してくれるので、問題ない。

 彩香は動物が好きだが、ペットを飼ったことがないので、みたらしの世話ができるか少し心配だったが、みたらしは食事もトイレも基本的に必要ないと聞いて驚いた。


― それって、生き物っていうのかな?

― 言わないよ。迷宮の住人や動物は、受け答えができる人形ロボットみたいなものだからね。


 ケラケラと笑うショーディーを、少し怖いと感じたのは、この時だけだ。

 ショーディーは彩香の半分くらいの年齢でしかない男の子だが、中身は金木と同級生だった人らしく、難しい話もするし、ときどき子供っぽくない表情もする。それでも、彩香が新しい人生をスタートさせる準備をしてくれた恩人だ。


「いらっしゃいませ」

「こんにちは」


 だから、少しでも役に立ちたいと、彩香は思う。


 ほぼ毎日のようにみたらしと迷宮案内所まで行き、ショーディーが「ログインボーナスとデイリークエストです」と言っていた、彩香用の依頼をいくつか選び、即座に達成された分の報酬をもらう。その後は、依頼にある場所へ散歩に行ったり、同じ稀人と会えばおしゃべりしたりする。それが、彩香の日課だった。


「今日は、『下町区三丁目に行って、無人販売でキュウリとトマトを買ってくること』だって。無人販売って、なんだろう?」


 自動決済の店舗でもあるのかと思ったが、迷宮案内所のスタッフによると、屋外の棚に商品が並べてあるだけで、お金を入れる場所があるらしい。


「えぇっ、それ、盗まれないの?」


 現代っ子の彩香には、ひどく不用心に思えたが、とりあえず行ってみることにした。


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