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118 狂骨姫の慈悲

 せっかく『魔法都市アクルックス』まで来たので、兄上に会っていこうかと思ったのだけれど、それは叶わなかった。


 なんでも、召喚儀式が終わって王都からブルネルティ領に戻ってきて、一度はアクルックスまで報告に来たのだけど、すぐにダートリアにいる姉上と一緒に、城館(実家)へ呼び戻されたそうだ。

 もしかしたら、あちこちにダンジョンが出現したことと、キャネセル家が『葬骸寺院アンタレス』の攻略に失敗したことを受けて、各地の貴族家や領主家からのコンタクトが多いのかもしれない。家族総出で対処しているなら、兄上もしばらくはアクルックスに来られないだろう。


「久しぶりに顔を見せたと思ったら、わたくしに会いに来たのは、兄弟に会えなかったついでね? 元王族を二の次にするなんて、相変わらず無礼な子供ね」

「やだなぁ、ロロナさま。元王族に平民がアポなしでホイホイ会おうとするなんて、畏れ多いじゃないですか」

「そういうのを、慇懃無礼というのよ。本当に、口が達者で、憎らしいのだから……」

「あだだだ」


 僕の頭をわしづかみにして乱暴に撫でる(?)手は、骨と皮ばかりだった時に比べて、ずいぶんふっくらと張りが戻っていて、肌艶も良いようだ。


「ははっ。お元気そうで、よかったです」

「ええ。楽しくやっているわ」


 アクルックス魔法学園の制服であるローブ姿で、不敵な笑みで僕を見下ろしてきたロロナ・ヨーガレイドは、現国王ゼーベルト・リンベリュートの実妹である。

 すでに四十歳を過ぎているので、この世界の常識では高齢者にあたるが、長年の軟禁生活で弱った身体は、迷宮都市で生活している内に元気を取り戻すどころか、より壮健になっているようだ。


(身なりも背筋もピシッとしているし、伊達に王族と公方家の夫人をやってきてないな)


 子供の頃に負った害獣からの障毒のせいで、脚や腕に少々の不自由があると言っていたが、そんなことはまったく感じさせないほど、動作はキビキビとしている。


 学園長室を退出した僕は、ルナティエも市庁舎へ帰し、ロロナ様を誘って魔法学園のカフェテリアに落ち着いた。


 普通なら、僕もロロナ様も侍女や護衛が付いていて、二人きりになることなんてないのだけれど、閑散としたカフェテリアには僕たちしかいなかった。もちろん、僕が人払いをしたからだ。

 僕らの前には、アイスコーヒーフロートが出ていて、ロロナ様は美味しそうにストローからついばんでいる。


「それで、わたくしに何をしゃべらせようというのかしら? 愚兄の愚挙については、謝らないわよ」

「それはロロナ様の責任じゃありませんし。兄上も無事に帰ってきましたからね」


 平然とした顔のロロナ様だが、モンダート兄上が無事でなかったら命の保証はなかったと思っているだろうし、まあ、あながち間違いでもないだろう。


 ゼーベルト王の暴走が、幼い頃にロロナ様や当時の王妃が生んだ王子が害獣に襲われたことによるものだとしても、僕の家族や召喚される稀人たちには関係のないことだ。


「実は今、旧ニーザルディア領に行っているんです」

「なんですって」


 咽そうな顔をしてストローから口を離したロロナ様に、僕も肩をすくめてみせた。そういう反応になるとは思っていたからだ。


「いまのニーザルディアがどうなっているとか、聞いています?」

「まさか。息ができないほどの“障り”が蔓延して、いまは人っ子一人いないとしか聞いていないわ」

「息ができないほど……」


 それは事実なのか、それとも比喩なのか、僅かに眉を寄せた僕に、今度はロロナ様が肩をすくめてみせた。


「わたくしはそれを見ていないし、わたくしのお父様も、それを見たかどうかはわからないわ。おじい様かその部下なら、実際に見たでしょうけれど」


 半世紀以上前の出来事なのだから、ロロナ様が知らなくて当たり前だ。だけど、王家に言い伝わる、なにか特別なものはないだろうか。


「それで、ニーザルディアはどんな所だったかしら?」

「まだ辺境ですけどね。生き物の気配も枯れたような、寂しい風景しかありませんでした。そういえば、大嵐や大洪水があったとか、聞いたことありますか? カルモンディ渓谷とニーザルディアとの境目が、土砂で埋まっているんですよ」

「あら……そうねぇ、大嵐は何度か経験したけれど、カルモンディ渓谷の洪水は聞いたことがないわ。国外のことだし、外務省になら、報告があるかもしれないわね」


 とすると、これは伯父上に聞いた方がいいか。

 昔のことならシロたちから情報が出てくるけど、ほんの数年前のことだと、わからない場合がある。


「じゃあ、ロロナ様は、“障り”のオバケのこと知ってますか?」

「“障り”のオバケ?」

「はい。ニーザルディアで見かけたんですけど、黒い霧というか煙というか、そういうモヤモヤしたもので、大きさは……このくらい。“障り”の塊みたいなものらしいんです」


 椅子から降りた僕が両腕を広げて、ミストのサイズをだいたい示すと、ロロナ様はハッとしたあと、ぎゅっと唇に力を入れた。


「……まさかね」

「ご存じなんですか!?」

「わたくしは見たことないわよ」


 慌てて首を横に振るロロナ様は、乳母に聞いた話だと続けた。


「わがままを言う子供を脅かすための、作り話だと思っていたわ。王が善政を敷かないと、邪神の呪いに呑まれた亡者が復讐に来るのだ、って。邪神の呪いとは、つまり“障り”のことよね。……ずっと忘れていたわ」


 どこか懐かし気に頬に手を当てて、ロロナ様は小さく息を吐いた。

 十二歳でヨーガレイド家に嫁がされて以来、王城に戻ることなく、軟禁生活を余儀なくされていたのだ。幼い頃のことを思い出すのだって、しばらくなかっただろう。


(しかし、抽象的な話だな)


 王が善政を敷かないということは、生活に苦労する国民が大勢いて、死者も増えるという事だ。“障り”が負の感情の凝ったものだと知らない人々であるのに、そんな経験則があったのだろうか?


「……つかぬことを聞きますが、ニーザルディア王家の最後の治世は、どんな風だったのでしょう?」

「かなり悪かったと聞いているわ。ただ、現在の王家が、当時は辺境の一貴族だったということを、考慮に入れておくべきね」


 あまり正確ではないという事か。情報が薄いとか、偏見や都合も混じっているに違いない。


「ニーザルディアは、統一されてから二百年くらいは経っていたのよ。王都ディアフラを中心に“障り”が蔓延していても、不思議ではないわ」


 統一前は、いくつもの小国とも呼べないような豪族の支配域が、くっついたり分裂したりしていたらしい。その始まりは、ライシーカ教皇国成立以前の時代にまでさかのぼる。


「それでも、大きくなった国を捨てなければならなかったんですよね。その時がどんなだったのか、ちょっと想像がつきません」


 おじい様やひいおじい様に、お話を聞ければよかったんだけどなぁ。こればかりは仕方がない。


「ああ、そうだ。話は変わるけれど、貴方、ラムズスとは会ったかしら?」

「え? ああ、ヨーガレイド家のご当主ですか? ありませんよ」


 急に飛んだ話題に、僕はフルフルと首を横に振って、ロロナ様の義弟にあたる人を思い浮かべた。三十代になったばかりの若さで、ギラギラした感じの多い公方家の当主たちの中では涼やかな印象の青年だ。先代からの冒険者ギルドとの繋がりをガッチリと掴んでおり、さらに家の不名誉になる危険を冒してでもロロナ様が出奔するのを見逃した、なかなに読めない人だ。


 僕の両親や兄上は、王都で会っていたけれど、僕自身は彼との面識はない。


「最近、ダンジョンや迷宮都市が増えて、貴族がうるさいでしょう? 他の家はどうでもいいけれど、あの子とは、あんまり喧嘩しないでやってちょうだい」


 感情にベールをかけた表情で言うロロナ様に、僕は目を瞬いた。


「……意外でした。ロロナ様から、そんなお言葉が出てくるなんて」

「どういう意味よ。まあ、わたくしも、ラムズスと顔を合わせたことなんか、数えるほどしかないけれど」


 それでも、当主になってヨーガレイド家の実権を握ってから、ロロナ様を解放する現実的な方法を模索していたそうだ。


「先代のアザンテは、冒険者ギルドや、あの事件で子女を失った貴族と結託はしたけれど、王家に対して従順な姿勢は崩さなかった。わたくしという手札がある限り、王家も多くの貴族家を傘下に収めたヨーガレイド家へ無茶を言えなかったからよ」


 その辺のバランス感覚は、さすが公方家というべきか。言いがかりに等しい理由でロロナ様を押し付けられても、駆け引きを諦めない粘りは尊敬に値する。……その後、ロロナ様を半ば放っておいたのは、いただけないが。


「ラムズス卿は、先代の方針とは違う考えなのですか?」

「うーん、どうかしら。単に、わたくしが怖いのではなくて?」

「怖い?」


 再び予想外な答えがロロナ様から出てきて、僕はあっけに取られてしまったけれど。ロロナ様は当然ではないかと頷いた。


「だって、自分が生まれた時にはすでにいた兄嫁よ。しかも、障毒で身体が動かない疵物で、配偶者であるはずの兄も早世してしまった。いつ自分の隣に、自分より十以上も年増の化物が来るか、知れたものではなかったはずよ」

「え、えぇ……」


 言われてみればそうかもしれないが、本当にそれだけだろうか、という気もする。


「ラムズス卿にも、はやくから婚約者がいたはずでは?」

「王家の一言でひっくり返る可能性は? わたくしは元とはいえ、王女なのよ?」

「……」

「だからね、ラムズスを責めないで上げて欲しいの。こうして、わたくしが死ぬ前に、自由にしてくれたしね」


 珍しく邪気のない透き通った微笑みを見せたロロナ様に、僕は頷くしかできなかった。


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