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第29話 アンゴルモアは一筋縄ではいかない。

夕飯時、なんとか帰って来れたパパに向かって『如何にお母様の家系の血を残すかという話』を、叔母さんは熱く語っていた。

口から唾液がホトバシルぐらい、熱く……。


パパは初めのうちは引き攣る顔で微笑みながら受け答えをしていたが、最後の方は死んだ魚みたいな顔になっていた。


もちろん私も。

お母様はなんだか身内の恥を耐える、燃え尽きたボクサーのようになっていたし。


チラリとアンディを見てみたら、流石にドン引いていた。

自慢の笑顔が凍っていたもの。


叔母さんが言いたい事だけ吐き出して満足したのか、『よく考えておいて』と仁王立ちしていたので、アンディが平謝りで部屋へと回収していった。


なので我々、こっそりパパの書斎で家族会議。


今後の事を考える会発足。


お母様はひたすら私に謝っていた。


「お母様、大丈夫だよ。私はお母様とあの人が同じだと思ってない。」


そう言いながら私はお母様に抱きついた。

お母様はもう号泣で、もう絶対叔母さんを私に近づけないようにするって拳を震わせていた。


私たちが抱き合っている時、パパはずっと考え込んでいた。

それをママがずっと心配そうに見つめている。


そして2人で顔を合わせ頷き合うと、私の肩に手を置いた。



「本当はね、セイラが学園を卒業した辺りに話そうと思っていたんだけど……」


パパがチラチラとお母様を見た。

お母様もチラチラとパパを見ている。


なになに、なんなのこの空気、そう思って身構えていたら。

私はこんなタイミングで自分の出生の秘密を知ることとなった。


「そんな裏設定聞いてないけど!?」


思わず頭を抱えて天井を見上げて叫ぶ。


「てかなんでこのタイミング!?」


そして再び、天井に向かって叫んだ。


私の奇行に夫婦で手を取り合って震えているが、そんなの今知ったこっちゃない。


目の前に差し出されたのは一枚の写真。

そこにはうら若きママンと、パパによく似たイケメンの写真。

めっちゃイケメン。


「セイラはね、私の兄の忘れ形見なんだ……。」



この衝撃の言葉に固まっている間に、話は進んでいく。


……つまり、話はこうだ。


幼馴染同士だった平民のママンは、男爵家の長男と結婚の約束をしていたらしい。


父は私がお腹にいることを知らないまま、結婚式の直前に事故で亡くなってしまった。

憔悴したママンはお腹に私がいることがわかると、子供を男爵家に取られたくないと、パパとお母様が止めるのも聞かずにどこかへいってしまったということだった。


パパとお母様はずっとママンの行方を探していたが、やっと見つけた時にはママンは私を残して亡くなっていた、とのことだった。


そこからまた話は簡単じゃなかった。

平民の私を引き取るのに色々大人の事情があったのだ。


父が既に亡くなってしまったので、それを証明できる手立てもない。

私がブラウンの正当な後継者として周りと認めさせるには、パパの実子(隠し子)としてこの家に連れれてくるしかなかった。

つまりは、そういう事だったらしい。


この事はパパとお母様しか知らないとのことで、ナントカ叔母さんは『妹というモノがありながらよそで子供作りやがった男爵を許すな』とパパを目の敵にしているらしい。


そう考えたらちょっと、あの叔母さんいい奴じゃん?ってなっちゃう。

私、単純だから。


だってお母様がパパに馬鹿にされて可哀想と思って心配なんだよね?

あの言動もお母様を心配しての発言って事なんだよね?


昨日ウーからの情報聞いて、心底下がった好感度が一気に上がる。

私の中で、悪魔だと思っていた叔母さんが純白の羽を纏った天使に昇格した。


ちょっと不器用なツンデレ、なんだアンディはお母さん似か……フフフ。


「ということは、叔母さんアンディを使って男爵家を乗っ取ろうとしているのは私の勘違いだったってことだ!」


思わず清々しいほど口から溢れた独り言に、お母様は無の表情で言った。


「あ、それはしようと思っているわね、絶対。『血筋』『血統』大好きだから。」


「……」


思わずパパと顔を見合わせて下を向く。


前言撤回。

あの叔母さん、許すまじ。


「セイラ、私もマリアも君を本当の娘だと思っているのは変わらないよ。

今までと変わらず、私たちの娘でいてくれるかい?」


パパはちょっと泣きそうになっていた。

私もたまらずもらい泣きそうになった。


だから私も素直に。


「パパもママも、本当に、大好きだよ。」


私はそう言って2人に抱きついた。


『ママ』って呼ばれたお母様は号泣して、そしてパパも『ママ、よかったね!』って号泣。

私も一緒に大号泣で、書斎からすすり聞こえる大合唱はのちに従業員たちの間で怪談話の元となった。


お母様をママって呼べない負い目があった。

ママンとパパが浮気してできた子供だと思っていたから。


パパとママは誰が見てもラブラブなのに、子供が出来ないってだけでパパが浮気したのかと思ったら、ずっとずっとどこかしらパパを許せない気持ちもあった。


だから、この裏設定……。


「あってよかったああああ!!!」


泣きながら叫ぶ私。


パパとママがびっくりしててけど、自分の中で親子のわだかまりがなくなって、ストンと腑に落ちた。


てか卒業してから言おうと思ってたってことは、やっぱゲームには出て来ない裏設定だったりするのかな。

でも本当によかった。


部屋に戻って、ママンとパパンの写真を自分の机の上に飾る。

その横に私とママとパパの写真。


私には2人のパパと2人のママがいる。

どっちも自慢の親だ。


なんだかニヤニヤしている私に、ウーが深いため息をついた。


『結局話はどうなったのさ』


バサッと新聞のページを捲る音。

相変わらずこの犬は偉そうにソファーに座っていた。


寝巻きに着替え終わり、クローゼットの扉を締めながらウーの方を見た。


「家族会議の結果?」


『それ以外に何があるんだよ』


めんどくさそうにため息をつきながら、私を睨んだ。


「人生さ、いろいろとあるんだよこれが。」


私の言葉の意味がわからないウーが、ますます眉を寄せた。


「結果からいうと、アンディとは絶対婚約させないってパパが言ってた。

……むしろ結婚しなくてもいいって言ってた。」


ムフフと思い出し笑いする私に、ウーが壮大にため息をつく。


『じゃあ既成事実だけ避ければ安心だな。』


サラリと言われた言葉が聞き間違いではなかったかを確認するようにウーを見る。


「……は?」


『……え?』


「何そのキセイジジツって」


うちの真っ白な犬から想像もしなかった黒い言葉が飛び出て、耳を疑う。

耳を疑うとか言って何故か目を擦るぐらい動揺している。


唖然としている私に向かって、ウーがせせら笑った。


『人間は欲しいものを絶対手に入れたければ、傷をつければいいらしいぞ。その傷が自分の手で増えるなら、尚のことだって話。』


「傷!?傷ってなに!なんで犬のくせにそんなこと言うの!怖いんだけど!」


自分の肩を抱き抱え、怯える私にウーは続ける。


『世の中には色々情報があるわけだろ。それらは知識になるってこと。』


「……怖いんだけど!?」


言ってる意味がカッコ付け過ぎなとこも癪に触るし!

怯える私にウーがニヤリと笑いながら私を見つめた。


『俺が?ニコニコ男が?』


「どっちもだよ!!」


そんな反応に満足するように、ウーはワフフと楽しそうに笑った。


毎日新聞を読んでいるのはこう言う知識のためなのかと、悔しくなってウーから新聞を取り上げた。

そこに書いている記事が目に入る。


『禁断の恋!〇〇伯爵夫人が〇〇国の愛妾になるまで!』


ウーの知識の源が3面記事とか、笑えなさ過ぎでしょ。


とりあえず来週になったらライリーもノーマンも来てくれる予定だ。

アンディがいる限りは2人ともいてくれるだろうから、それまで気を引き締めないと……。


のっと・キセイジジツ☆

自分の手で増える傷とか、もしや、キセイジジツで妊s……こわッ!


今日の出来事を日記に書き終え、そっとランプを消そうとした時。


『コンコン』


と扉がノックされた音がした。


新聞を読み終えたウーが、扉に向かって低い声で唸っている。

こんな時間、ママさえ訪ねてこない。


なんだか嫌な予感がする。


「……誰?」


私の問いに、扉の外から声がした。


「遅くにごめん、アンディだけど……。」


……は?

え?今何時……っていうかこんな遅い時間に普通レディの部屋に訪れるとかアカーン!


1人でパニックになってるとウーが私のスカートの裾をグイッと引っ張った。


『部屋に入れずに用件だけ聞いて帰ってもらえ。』


低いイケボでこっそりと言われ、私は大きく何度も頷いた。


「あの、もう寝着ですし、流石にその、扉を開けられないというか……」


しどろもどろの私にアンディは小さく『開けなくて大丈夫だから、聞いてほしい。』と言った。


あれ?開けなくていいの?って狼狽たが、『何の用』かを念を押すように聞いた。


「さっきは、本当にごめん……うちの母が、本当に失礼なことばかり……。」


「あ、いえ……あはは……」


なんて返せばいいかわからなくて、扉の前で右往左往する私。

簡単に『気にしないで』とか言えない。だってこっちはメッチャ気にしてるから!


そんな私をウーがナイトのように私の前に立ち、扉に聞き耳を立てていた。


「それだけどうしても伝えたくて……無礼だったよね、ごめん。」


なんだかしょぼんとしているような声に、ちょっと芽生える同情心。


「わざわざ、お詫びに来てくれたのに、すみません……」


「いいんだ、それで、あの……」


アンディは何かを言いかける。

私はそれをあえて聞こえないフリして、『では、おやすみなさい』と言った。

だってなんか、可哀想になっちゃうから。

くぅぅ、我慢だ私。


「セイラ……、あのさ。」


私のおやすみなさいをかき消すように、声が少し上ずってくる。

まるで泣くのを堪えるように。


だめだよこういうの弱いんだって!


狼狽える私をよそに、扉がコツンと音を立てた。

そして扉に近いところで声がする。


アンディが扉に頭をつけている感じの、そんな感じの近さで声が聞こえた。


「セイラ、よかったらこれに懲りずに僕と仲良くしてくれない?」


「フォッ……」


フォってなんや。

思わず漏れた自分の声に口を塞いだ。

ウーが私の考えが手に取るようにわかるのか、目を細めて睨んだまま横に首を振っている。

シーっと人差し指を口に当てながら。


「母さんの言葉は関係なく、僕ら従兄弟同士だし……僕はセイラと仲良くしたいんだ……」


『なんて答えたらなんて答えたらいい!?』


パニックになって身振りでウーに返事を求める。

そんな私にウーは冷静に、大きく前足でバツを作っていた。


ですよね、ですよねわかります。


「仲良く、ですか……」


どういう仲良くだ!と思いながら、必死にお断る言葉を探す。

できればやんわりと、オブラートな感じの断りのお言葉。


「……あんな母親がいる僕じゃ、だめだよね……。」


声が扉から離れていく。

扉からアンディが離れたのだ。


「セイラ、本当にごめん……」


もしさ、もし。

アンディが設定通りのヤンデレじゃなかったら?


従兄弟として仲良くしたいだけだったら?


私ただのひどい人じゃないのか?


いいのか?これでいいのか?


どうしたら良いか分からず、頭を抱えたままゆっくりとウーを見る。


ウーは何度も私にバツを見せつけていた。

わかってるよ、だめだよね、わかってる。


私は単純だ。


単純で、とても……


「い、従兄弟としてなら。」


私の反応に声がまた扉付近に近づいてきた。


「セイラ……本当に?ああ、本当に嬉しいよ。」


扉の外から聞こえる声が僅かに変わる。


「嬉しいよ、セイラ。」


私は単純でとても、『チョロい』



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