第19話 小悪魔からの逃亡劇☆
シトロンが微笑むと同時だった。
救いのチャイムが鳴り響いたのは。
「助かったあああああ!!!」
思わず叫ぶ私の口をノーマンが慌てて手で覆う。
名前を聞いて第二王子だと気が付いたのだろうか。
『授業が始まってしまいますのでこの辺で失礼を』
と早口で捲し立てながら深々と頭を下げ、急いで私を小脇に抱えたまま、屋上を後にした。
……ノーマンの鍛冶場の馬鹿力発動。
走るのいつも遅いのに、すごい。
「……王子置き去りだったけどいいのかな?」
「……ああするしか無かったし、知らん。」
私この顔見たことある。
何日か前に私も同じ顔してた。
『不敬罪になったらどうしよう』ってね☆
「大丈夫だよ、しょーがないじゃん授業あるんだし。
ね?大丈夫だって!」
なんなら一緒に怒られてあげるぐらいの勢いで励ました。
午後の授業中、ノーマンの背中は翳っていた。
哀愁漂う背中に、励ましの指文字をしてあげたらすごい顔で睨まれたのだった。
……ごめんって!
それからしばらくシトロンの突撃を喰らうことになるとは、夢にも思わなかったよね、ホント。
神出鬼没すぎて、半分以上逃げる事が出来ずに捕まっていた。
なんなのこの王子、暇なの!?
流石に第二王子なので、ノーマンボディガードも強く出ることができず、のらりくらりと交わすことぐらいしか出来ずにいたのだけど……。
とうとう私は捕まってしまうのだった。
放課後、迎えの馬車を門の前でノーマンと待っていた。
先にノーマンの迎えが来てしまったので、馬車を待機場所に移動しに行くことに。
その間私はノーマンを見送りながらブラブラと1人で立っていたのだが、移動する先も目と鼻の先だったのもあって……またもや油断していた。
くぅぅ、学習しないな、私。
気を抜いていた私の体が、ふと軽くなった。
いやなんかふわっと浮いたと言うか。
思わず上を見上げると、シトロンが私を抱き抱えていたのだった。
「うぎゃ!?」
変な叫び声をあげて抵抗しようとしたが、ガッチリとホールドされて、身動きできない。
(あれ?デジャブ?この兄弟ホールド得意すぎない?)
「そこの君、彼女の馬車が来たら伝えて。
セイラは僕とお城でお茶をしてるって!」
シトロンは笑顔でそう言うと、私を抱えたまますごい早さで自分の馬車へと乗り込んだ。
末端貴族のとマルスペースに、王族の馬車がいるとか職権濫用すぎるだろおお!!
あっけに取られたノーマンがだんだんと小さくなっていく。
馬車は私を乗せて、すごい速さで学園を後にした。
……て言うか王族の馬車すげえ早いよ!
うちの馬車と比べ物にならないぐらい。
もしこの馬車がうちのに出来たら、私は10分遅く起きれるのに!なんて現実逃避している場合じゃ無かった。
ああああ、事件ですこれは。
誘拐です。
……誘拐されてます。
+++
「家に返してください。」
目の前に広がる美味しそうなスイーツたちが私を呼んでいる。
なので目線はスイーツに釘付けのまま、『帰りたい』と懇願している私。
その様子を目の前で見ているシトロンは、絶賛大爆笑なのだ。
しょうがないじゃん!美味しそうなんだもの!
うちじゃこんな高級そうなの食べたことないよ……。
大概いいもの食べてると思ったけど、これは比べ物にならないほどのお金がかかっている。
うちならタルトにイチゴが半分に切られて四個乗っているとするじゃん?
ここのタルトは切らないそのままのイチゴちゃんが3倍は乗っているんだよ。
見た目からイチゴのグレードは最上級だし、キラッキラだし。
他にも乗ってるフルーツ達はもう盛り沢山!オールメンバー終結って感じよ。
こっちとしては気持ち的に『こんなものに釣られるか!』な姿勢だけど、スイーツ食べたい欲求が遥かに勝っている状況。
葛藤しているが、葛藤できてなーい!
ううう、王子め……。
くそう、負けそう……。
ひとしきり笑い終え、むせ始めたとこでシトロンが涙を拭った。
「はぁーもう、死ぬ。笑い死ぬ。
横腹が……引き攣るかと思った……」
はぁはぁと呼吸が落ち着くことは難しいようだ。
そのまま引き攣って倒れればいい。
その間私は帰るから!
私はムスッと頬を膨らませた。
「こんな罠を張ってまで私を連れてきたのって何なんですか!」
頬をぷくっと膨らませ、腕を組む。
もうこの際不敬が重なっても罪は変わらんだろうと、変な理由をつけてちょっと強気な私。
「罠ってなに?」
「この美味しそうなスイーツたちですよ!!
これを一口でも食べたら、私の負けとか!」
「いやそんなの無いよ。お茶会に招待って言ったじゃん。」
「あ、言いましたね。てことは食べてもタダですか?」
「……え?タダ?タダって何だかわからないけど、食べて食べて。」
「何だ食べても良かったのか、やった!」
そう言うと目の前に切り取られたタルトを一口パクり。
なにこれうんまぁぁあ!!
イチゴうんまぁーい!
頬に手を当てて『んー!』と唸る。
そして次々とフォークを動かして、口に運んでいった。
どれもこれもうんまいと幸せに浸りきっていると、呼吸が整ったシトロンが私を見ながら足を組み替えた。
何だかシトロンの動きに不穏な空気を感じ、シトロンを見上げる。
まだお口の中にレモンケーキが詰まっているので、早くモグモグしなきゃ。
私が空気を感じ取りフォークを置いた瞬間、テーブル越しではあるがシトロンが身を乗り出し私に近づいてきた。
「セイラ嬢に頼みがあるんだ、僕。」
「お断りし……」
「まだなにも言ってないけど!!」
え、いやだってさ。
私、断る準備してたもん。
断る一択だもの。
だから必死でモグモグしてたんだし。
どうせそのお願い、ろくな事なさそうだし……。
私の反応にシトロンは笑っている。
でもさっきみたいな楽しそうな顔じゃなくて、何かを……こう、何というか企んでいる感じ。
この人ゲームでも性格悪かったしな。
小悪魔系の策士。
可愛いお顔と裏腹な腹黒さ。
そしてこの感じ、イベントとはちょっと違うけど覚えている光景。
シトロンは私にトーマの失脚を共謀させようとするのだ。
私にトーマを誘惑させ、ロゼリアと険悪にさせる。
派手に騒ぐ分だけ、トーマは周りの信用を落とすのだった。
シトロンルートはヒロインがシトロンの魅力に嫌々でも従ってしまう。
でも結局いい子なヒロインは誘惑できなくて、トーマに悪事がバレてしまうんだよね。
怒ったトーマはシトロンとヒロインを捕らえて牢屋で謹慎させるんだけど、全てが第二王妃の差金だったことが分かって、謹慎は解かれることに……みたいな感じだったな。
腹黒は第二王妃の性格に似ちゃったんだね。
自分の母親に利用されていると知って傷ついたシトロンをヒロインが支えるーみたいな。
結構シリアスだったんだよね、シトロンルート。
だが私は支える気はありません。
……一切な。
回想していた私を見つめていたのか、ハッと我に返った私を見て、若干引いていたが気にしない。
咳払いをして、気を取り直そうとしている。
『なんかこいつ調子狂うな……』とか本音が漏れてましたが、いやぁ失敬失敬。
逆に調子出されたらこっちが負けそうだからな……。
この小悪魔、強敵である。
「こんなにもてなした僕のお願い聞いてくれないんだ……」
あ、コイツめ。
可愛い路線で攻めてきおったな……。
くそう、それにはちょっと弱い。
可愛い……上目遣い可愛いっ!
グッと堪える私。
だが聞いてなるものか、そんなお願い。
「……無理ですっ!」
「どおして……?」
ウルウル大きな瞳にキラキラな水分が集まってくる。
今にもポロポロと溢れたら、また可愛さにプラスされた可哀想さを醸し出してくるはずだ。
負けてはいけない。
この悪魔に勝つのだ、セイラ!
「何で私なんですか?しかもほぼほぼ初対面ですよね……
私なんかが第二王子様のお願いなんて聞けるはずもないです!」
「えええ、どうしてー?」
というかむしろ王族の言うことに逆らっていること事態がヤバいのだろうけど……。
そこは気付いてないので知らんふりしてよう。
あああ、無事に帰れるかしな。
ウー様の犬臭さが懐かしい……。
と言うか泣きたいのはこっちだ。
もうお外は暗くなってきているのに、おうちに帰りたいよー!!
この押し問答に疲れてきて、思わず涙目でキッとシトロンを睨んでしまう。
「あの、おうちに帰りたいんですが……」
私の言葉にシトロンの表情がスッと無表情に戻った。
しかも『ちっ』と舌打ち付きで。
「お願い聞いてくれるまで帰れないよ。
何なら泊まって行ってもいいよ、兄上の部屋に。」
「強制的既成事実ううう!!」
私は叫びながらバンとテーブルを叩く。
「あなたの意思ですか?」
「……は?」
「そのお願いに、あなたの意思ってありますか?」
「……どう言う意味?」
私の言葉に小悪魔が怯んだ。
「そのまんまの意味です。」
睨みつける私の気迫に押されたのか、ちょっと狼狽えている。
ふっふっふ、このまま押しまくってやる。
そして怯んでいる間に走ってこの部屋から出て、帰ってやる!
立ち上がってシトロンに向かって指をさした。
「なに?なんか気持ち悪いこと言わないでよ」
さされた指をじっと見つめ、オドオドしているシトロンに私はニヤリと微笑んだ。
「お母さんの言うことに疑問を持て!!
それは本当にあなたがやりたいことかって事を。
そして本当にお母さんは、あなたの味方なのかって事を!」
そう言い終わると私はカバンを掴んで部屋から飛び出した。
シトロンがどんな表情してたなんて知らないし、見てもいない。
誰も知らない事実を喋っちゃった気もしないでもないけど、とりあえずお家に帰ることが目標です。
あとの事はあとで考えよう。
部屋の中は2人きりだったけど、扉の前には侍女や護衛がワラワラと立っていた。
「出口はどっちですか!?」
叫ぶ私に気押されて、侍女の1人が廊下の奥を指さす。
丁寧にお辞儀をして、私は走った。
一生懸命に走ったのだった。