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ねちゃごちゃとうるさいのよ

 ケモノの背中には前肢から後肢にかけて大きく盛り上がった瘤があった。落ち葉や木の枝や泥が盛られて山の形に固められている。体の骨格が大きく、骨太な印象だ。しかし体に比べて頭は小さかった。これも骨格からと言う印象で、そこだけ切り取って見れば非常にバランスが悪い。顔も奇妙な形状で目の下の辺りから口にかけて急激に窄まっていて、かなりの受け口だった。けれど、全体をぼんやりと見れば、なかなか美しく纏まっていた。


 僕らの元にひとりの中年の男がやって来た。背の高い三角の帽子を被っている。肩から角笛を提げて、愉快な微笑みを浮かべながら、我々に親し気な声を掛けた。


「やあ、どうもどうも。調子はいかがか?ボカぁ絶好調だよ。君たち見かけない顔だねえ、旅のお人ですかな?」


 僕は「そうです」と言い、アネモネは「ええ」と言い、シャキリは何も言わなかった。


「あの動物がなんてえか分かりますかなあ?」中年男は目を見開いて眉を素早く上げ下げした。


「いえ、知りませんとも。でも、なかなかと美しい動物じゃありませんか」


「やあ、どうもどうも。君は素敵な美的感覚を持っているんだねえ。関心関心」


 僕は「どうもどうも」と言った。


 男は角笛を咥えて、ポゥポラポララァ、と音色を奏でた。並んで歩いていたケモノが一頭、列から外れてノシノシとやって来た。

 ケモノは我々の前で止まると、不格好な仁王立ちとなった。酷く前傾な姿勢で両前足を横一杯に広げる。足腰がしっかりしているからか軸が通ってぶれが無かった。不格好だけれどなかなか様になっている。

 アネモネはケモノの周りを回って、注意深く観察する。時々頷きながら「へえ」と声を漏らした。シャキリはどこか上の空で、辺りを頻りに眺めながら、口笛を吹いていた。


「この動物は何と言う名前なんです?」僕は中年男に質問した。


 中年男は目をギンギンに剥いて「アントンファマァさあ」と答えた。


 アネモネは「アントンファマァサァ」と言う。


 中年男は「うんうん、関心関心」と言って、大袈裟に頷いた。


「これはどういう動物なんです?」


「アントンファマァはねえ、アリを飼うんでさぁあ。これね、これ。これはアリの巣!」中年男はアントンファマァの背中に乗っている瘤をゆび指した。「で! このアリは巣の表面にすんごく美味しいキノコを栽培するんだけどねえ。ボクらはその美味なるキノコを頂戴して生計を立ててるって寸法ね。 そう! つまりアントンファマァを放牧してるってわけさッ!」


「ええ、なるほど。わかりましたとも。しかし、どうして我々に?」


「うん、解せない、うんうん。まっこと悲しいことなんですがねえ、可愛いアントンファマァが一頭行方不明なんでさぁあ……ボカぁどうも悲しくってねえ……一族総出で三日三晩探し回ってるんでさぁあ、しっかし見つからんのですがねえ。由々しき事態なんでありますねえ。ええ、どうもどうも」そう言って額を三回ばかし叩いた。


 アネモネは「ふん!」と鼻を鳴らす。「なあに、あなた。あたしたちが美味なるキノコを泥棒したって言いたいわけなのかしら?」


「滅相もございません、お方様、どうもどうも。ボカぁねえ、可愛いアントンファマァが腹空かせているんじゃあないかって心配なんでさぁあ。わかりましょう? どうですか。わからないかなあ。それにねえ、お嬢さん方。一頭分のキノコが採れないとなると、こらぁもうヒドイ損害でねえ、一族が路頭に迷ってしまうんでさぁあ。ボカぁほとほと困り果ててねえ、まるで薄氷でも踏んでいる気分なんですねえ。ええ、実際には踏んだことは無いんですがねえ。ええ、どうもどうも」


「ハンス、ハンス! このヒト様子が可笑しいのよ! 気味が悪いわ!」


「おい、アネモネ! 思っていても本人の前で言うんじゃあないぞ!」


「いやあ、様子が可笑しいってボクのことですかな? まっこと悲しい、まっこと悲しい! うんうん。しっかしねえ、お嬢さん方、匂いがするんでさぁあ。クンクンクン……違いねえ、間違いねえ。羽のお嬢さんと仮面のお嬢さんから美味なるキノコの匂いがするんですがねえ……。ええ」


 アネモネは肩を竦めて、シャキリの方を見た。シャキリは下手な口笛を吹きながら、明後日の方向を向いていた。


 僕は首を傾げた。「いえね、御仁。シャキリは男の子ですよ」


「いやあ、ボクの鼻は誤魔化せませんぞ。確かにするんでさぁあ、そこのお嬢さん方から美味なるキノコの匂いが」


 僕は首を捻る「シャキリは女の子なのか?」


「自分はキノコなんて知らん」シャキリはそう言って仮面の位置を整えたあと「たぶん」と言う。些か自身が無いように見えた。なぜか性別については言及されなかった。


「へえ」僕は取り敢えずそう言った。そして昨夜食べた肉と、アネモネとシャキリが食べたキノコを思い出す。同時にシャキリとの会話も思い出して、物思いに耽った。


「ダメですよ、お嬢さん、嘘はいけない。匂いなんですよ、クンクン……キノコの匂いなんでさぁあ。白状してくれませんかねえ、ええ。ボカぁ争う気なんて爪の先ほども無いんですがねえ。お嬢さん戦士かなにかでしょう? 血の匂いが酷くってねえ、相当鍛えてきているんでしょう? 潜ってきているんでしょう? ボカぁ殴られるのも、殺されるのも好きじゃあ無いんでさぁあ。どうか非を認めてくれやしませんかねえ。ええ、どうもどうも」


 アネモネは深い溜息を吐いて「そう言えば、昨日キノコを食べたのよねえ。美味だったわ」と物憂げな目を中空に向けた。シャキリは「うぅむ」と喉から声を出した。僕は「外見も中身も美しいもんだなあ」と肉の断面を思い出しながら言う。


「ああ……あんまりでさぁあ……。嘆かざるを得ない、嘆かざるを得ない……。ボカぁほんっとうに悲しくて……おぃおぃおぃ……」中年男は本当に泣き出しそうに顔を手で覆った。やがて嗚咽を漏らし、鼻まで啜り始めた。


「どうするのよ、ハンス」


「おいおい、僕に聞くんじゃあないよ」


 アネモネはシャキリに向いた。「シャキリ、あなたよ! この、ぬすっ人! 責任を取りなさい!」


「……おぉッ!」シャキリは後退りする。振動で仮面がカポカポと動いた。


「いやぁねえ……ボカぁ、なにも死んで償えなんてえ言ってるんじゃあ無いんですよ、ええ。利益の補填の方をねえ、ええ。していただければ、大団円なんでさぁあ。そうじゃありませんですかねえ?」


 僕は中年男に聞いた。「お高い動物ですかな?」


「アントンファマァってったら、貴重な動物なんでねえ。五〇〇〇スペンスはくだりませんかねえ、ええ。なにも吹っ掛けているわけじゃあ無いですがねえ、ええ。なにぶん貴重なんでさぁあ。ええ、どうもどうも」


 僕らは黙って顔を見合わせるしかなかった。僕とアネモネの所持金は一一六スペンス。残り四八八四スペンス足らない。僕とアネモネはシャキリに目をやった。シャキリは首を横に振るだけだった。

 アネモネは顎をしゃくった。僕は包みを解いて、クレヴァリー大陸創世記を開く。これでヤヌザイから借りたお金を早々に失ってしまった。

 シャキリは申し訳なさそうに「……うぅむ」と言って俯いた。手を胸の前で合わせて、もじもじと指を動かす。


「いいわ、シャキリ。肉もキノコもおいしかったのよ。イッシュクイッパンのなんとかと言うやつよ」


「うむ」僕は言う。


 僕は出来るだけ遜る風に揉み手をして、中年男を覗き込むように「これだけしか無いのです」と微笑んだ。中年男は目を赤くして涙を溜めた。


「あんまりでさぁあ……。するってえとこれだけで手打ちにしろってえことですかなあ? ああ……ボカぁねえ、強気に出れないんでさぁあ……。なにせ、あんた方には戦士の方がいらっしゃるのでねえ。文句の吐けようが無いんですねえ、ええ。しっかし、一族を路頭に迷わせることなんて出来やしませんのでねえ。ここはひとつ警吏さんでも呼んで白黒つけませんかねえ? ええ、どうもどうも」


「いつか、返すのよ。お願いよ、今はそれで勘弁して頂戴よ」


「ええッ! お嬢さん! それは出来ませんですねえ、ヒトを見れば悪党と思えって叩き込まれてんですよ、ええ。出来ない相談でさぁあ、ええ」


 アネモネは舌打ちをする。とても下品な音だった。中年男は驚いて「ええッ!」と声を上げる。

 彼女はもう飽きたみたいに、辺りを歩き回った。なにか考え込むように下を向いていた。

 僕は何度も頭を下げて「いつか返しますよ、御仁。きっとです。約束します」と繰り返す。シャキリは何度も頷いた。中年男は今にも泣きだしそう唸りながら、無理だ、と言う旨の発言を続けた。

 そんな問答はしばらく続いた。我々としてはそうするしか方法が無いから仕方がない。中年男は警吏、警吏と聞く耳を持たなかった。


「僕らが警吏さんに捕まったらどうなるのでしょうねえ?」


「さあ、どうなるのでしょうねえ、ええ。あんた方は人の所有物を殺してしまったんでねえ。何らかの責任は取らないといけませんでしょうねえ。ええ、どうもどうも」


 僕はもう肩を竦めるしかなかった。


「さあ、警吏さんでも呼びましょうかねえ、ええ。よろしいでしょう?」


 中年男は言う。彼の背後、遠く向こうから駆けて来る歪な塊があった。黒く重い髪が靡いて、大きな一対の黒羽は真正面から不満気に風を受けていた。

 中年男は話を締めるように手を鳴らした。心底安心したような、穏やかな表情だった。


「ねちゃごちゃとッ!」アネモネは言う。手には彼女が得意としている木の棒が握られていた。「うるさいのよ!」彼女はそう叫んで中年男の肉を打った。彼は穏やかな表情のまま、前こごみに倒れた。


 僕は眉間を摘まんで「やれやれ」と言う。詰まる所そう言うしかなかった。


 シャキリは「……うぅむ」と声を漏らした。

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