番外編。エイデンの婚約者の場合。
私の名前はビアンカ・アンブローズ。
アンブローズ侯爵家の次女として生を受けました。
ブラウンの髪と瞳をした、綺麗な容姿の女の子です。
何故こんな事になったんでしょうね。
どうやら、私は転生というものをしてしまったようです。
前世の記憶はぼんやりとしてますが。
とりあえず、ここが乙女ゲームの世界に似てる事はわかりました。
しかも私は、ライバル役の令嬢らしい。
悪役じゃないだけマシなんでしょうけど。
婚約者はエイデン・ノリス侯爵子息。
顔は良いけどヤル気のない、いつも眠そうな攻略対象者だった気がします。そして女嫌い。
それはそれで楽なのかもしれません。私もヤル気のない人間ですから。
両親に二年前、無理矢理婚約させられたけど、殆ど諦めてます。
もしヒロインがエイデンを選べは婚約破棄になるし、選ばれなければそのまま政略結婚しますよ。反抗する気力もないですから。
エイデン・ノリスとは数える程度にしか、顔を合わせた事がありせん。夜会にも参加しないので、私も参加せずに済んで有り難いです。
現在、私は魔法学園に通ってます。
一応、侯爵令嬢としてSクラスになれるよう頑張りました。因みに治癒学科です。
Sクラスにはヒロインも居て、何故か悪役な筈のアンジェリーナ・ヴィッセル伯爵令嬢と仲良しで。
しかも、アンジェリーナ伯爵令嬢はかなり最強でした。チート過ぎですよね?
ヒロインも治癒学科ではありませんし。
もしかして、二人も転生者なのでしょうか?
いつか訊いてみたいですね。話す機会があればですが。
そんな感じで過ごしてましたが、魔法学園に通って初めての休みの日。急に実家に呼び出されました。
一体何の用でしょう? と不思議に思ってると、婚約者であるエイデン・ノリスと仲良くしろとのお達しでした。
意味がわかりません。今まではそんな事言われませんでしたから。
彼も私と同じらしく、二人きりにされても何も話さないし、眠そうにしてるだけで。
これとどう仲良くしろと言うんでしょうね。
「エイデン様、隣に座っても宜しいでしょうか」
とりあえず立ちっ放しは疲れますから。返事はいらないですよ、勝手に座りますから。
一応、隣に座れば仲良さそうに見えますよね? それで充分ですよね?
「エイデン様。眠ければどうぞ寝て下さいませ。私は好きにしてますので」
本もちゃんと用意してきましたから。推理小説です。
恋愛や冒険の本は多数あるけれど、推理小説は少ししかなくて、これはかなりのお宝です。レアです。入手困難の一冊です。
「それ、エドガー・マクベスの本?」
彼に話し掛けられて驚きました。多分初めて話し掛けてきた気がします。明日は槍でも降るんでしょうか。
「ええ、ご存知ですの?」
淑女の微笑みで返せば、彼は本しか見てません。もう、猫被るの辞めていいでしょうか? 笑顔も疲れるんですから。
「好きな作家だから」
へえ。趣味は良いみたいですね。
「もうお読みになったのですか?」
「いや、手に入らなかった」
「そうですか。私が読み終わったらお貸ししましょうか?」
「うん」
こうして、私達は何度も本の貸し借りをする仲になり、休日には二人で静かに過ごすようになりました。
本当に本の趣味は良いようで。これなら政略結婚も悪くないかもしれませんね。
そんな日々が続き、ある日パッタリと彼に会えなくなりました。
忙しいのだろうと、特に気にはしていません。
魔法学園に入るまでは全く会ってませんでしたから。
それから一ヶ月程過ぎた頃でしょうか。
彼から急に昼休みに呼び出されまして。
学園で二人で過ごす事はなかったので驚きました。
学園騎士団である彼は、個人専用の部屋があるようで、そこに私は行きました。
「久しぶり」
彼は濃い緑の瞳で、私を真っ直ぐ見据えていました。
いつも眠そうな彼がですよ。吃驚しました。
それ以外は特に変な様子はなく。ただ、これから毎日この部屋に来いと言われ、戸惑ったくらいでしょうか。
一体何を考えてるんでしょうね。私にはわかりませんが。
そらから数日、部屋のソファに並んで座っていると、前触れもなく彼に口付けられました。
「エイデン様? いきなり何故?」
「したかったから」
困惑する私に彼はそんな事を言いました。
確かに私達は婚約してますし、彼だって十代の青少年ですから。
そういう事をしたくなるのも、一応わかります。
別に私も嫌ではないので、拒絶はしませんけど。
それから、彼はよく私に触れてきました。
いつものヤル気のなさはなく、眠そうな目もしっかり開いて私を見つめていて。
私もそんな彼を素直に受け入れてました。
それでも、そんな事が続けば情も生まれる訳で。
少しずつ彼に対する思いが変化していき、それは恋と呼ばれるものになってしまいました。
彼はいつも言葉なく私に触れてきて。
それがとても辛く思う事も多くなって、私は彼から距離を取るようになりました。
昼休みには用事があると断り、休日には調子が悪い振りをしたりして。
そんなある日、彼の家に呼び出されました。
婚約者として呼び出されれば、流石に行かない訳にもいかず、仕方なく彼の屋敷へ行きました。
「どうして避ける」
彼は怒っているようでした。濃い緑の瞳で、私のブラウンの瞳を射抜くように睨みつけて。
怖いとは思いませんでした。多分、私も怒っていたのかもしれません。
「貴方が私に触れてくるからです」
私も彼を睨みつけるよう、強く見つめます。
「俺に触れられるのは嫌だったのか」
彼は眉を顰めました。それを見て私は首を横に振ります。
「いえ。ただ気持ちのない行為は嫌でしたので。そういう事だけがしたいのなら、他にも女性はたくさん居ますので、そちらに行って下さい」
嘘です。本当は私を愛して欲しい。他の女性になんて触れないで欲しい。貴方の愛が欲しい。
でも、全部くれないのなら、全部いらない。
「何でそうなる。お前は俺の婚約者だろ」
やっぱり婚約者だからなんですね。私が好きだからではなく。その事に胸が苦しくなって、手をきつく握り締めた。
「ええ、そうですね。ですので婚約解消しましょう」
泣き出したい気持ちを隠して、はっきりと言いました。
「……ふざけんな」
彼は低い声で吐き捨てて、睨みつけるように目を眇めて私に近付いて来ました。
そして、私の肩を強く引き寄せて腕の中に閉じ込めます。
彼の腕の中に閉じ込められた私は、意味がわからず呆然としていました。
そんな私には気付かず、彼は口を開きます。
「婚約解消なんかする訳ねえだろ。お前は俺の物だ。誰にも渡さねえ」
荒い口調で話す彼に呆気に取られたけれど、話してる内容は何となく愛の告白にも近いような。いえ、気のせいですね。
「何故ですか。私の事は簡単に手が出せる都合の良い女というだけでしょう?」
私の言葉に、彼は苦しいくらいきつく抱き締めてきました。
「俺は好きでもねえ女に手を出さねえよ」
それは、本当でしょうか。聞き間違いではないと思いたい。
声も出せない私に、彼はきっぱりと言いきりました。
「だから、婚約解消はしない。逃がさねえから諦めろ」
「……エイデン様は、私が、好き、なんですか?」
呆然として言葉が途切れる。
「俺はお前を……ビアンカを愛してる」
その一言に涙が一粒、零れ落ちたのがわかりました。
私が欲しかった言葉。欲しくて、欲しくて、でもくれなくて辛かった。
「……私は、ずっと、その言葉が欲しかったんです」
私が彼を見上げて言えば、彼は驚いたように目を見開きました。
「……悪かった。ちゃんと愛してるから、俺から離れるな」
少し照れくさそうに言う彼に、私は微笑みました。
「はい。私も愛してます」
その時私は初めて、彼の心からの笑顔を目にしました。
そして私達は政略ではなく、本当の婚約者になりました。
普段の彼とは全く違う。真剣な表情や、照れた顔や笑顔を見られるのは、きっと世界に私だけ。




