第59話 決戦前夜
——十分後、ティアが屋上に現れた。湯気の立つカップを二つ持っている。
「お茶を持ってきました。——あ」
手が重なっているのが見えたらしい。ティアの足が止まった。
ヴァルが手を引っ込めた。
「ティア。何も見ていないと——」
「見てません。お茶置いていきますね」
カップを置いて去ろうとしたティアの背後から、リーリアが現れた。毛布を抱えている。
「ゼクくん、夜風が冷たいから毛布を——あっ」
三人いることに気づいたリーリアの足が止まった。
直後、窓の枠からニーナが這い入ってきた。壁を登ってきたらしい。
「おい、明日の作戦で確認したいことが——」
四人いることに気づき、立ち止まった。
気まずい沈黙が屋上に流れる。
ティアがカップを申し訳なさそうに視線を泳がせた。
「……あの、じゃあ私はこれで。お茶、置いていきますね……」
リーリアが毛布を抱えたまま、一歩後ずさるようにして。
「私も……用は済みました。ゼクくん、毛布はここに置いときます……」
ニーナが窓枠に手をかけたまま、舌打ちを一つして。
「ったく、こっちは作戦を確認しに来ただけだぞ」
ヴァルが壁に寄りかかった姿勢のまま、静かに息を吐いた。
「……私も、もう用は済んだ」
しかし、誰一人としてその場を離れようとはしなかった。
ティアがカップを置いた手が、わずかに震えている。リーリアの指が毛布の端をぎゅっと握りしめている。ニーナは窓枠から体を引こうとして、しかし完全に降りてこない。ヴァルは動かない。
やがて、ティアがふと顔を上げて夜空を見上げた。
「あ、星が——、すごく綺麗」
リーリアがそれを聞いてそっと空を見上げる。
「本当だ。こんなにたくさん見えるんだ」
ニーナが不機嫌そうにしながらも、窓枠に腰を下ろして空を向いた。
「はあ? 星見るために来たわけじゃねえけどよ——まあ、いいけどさ」
ヴァルが小さく肩をすくめて、しかしその場に留まった。
「別に、急ぐ用事もないしな」
ゼクが静かに、しかしはっきりとした声で言った。
「みんながいるなら、少しだけここにいよう。星を見ながら——話そうか」
◆
——結局、五人全員で屋上に並んで星を見ることになった。
俺を中心に、左にヴァルとティア、右にニーナとリーリア。毛布をなんとか分け合い、ティアのお茶を回し飲みした。
「明日が終わったら——またこうして星を見よう」ティアが言った。
「約束だ」ヴァルが言った。
「約束なんて柄じゃないが——ああ。約束だ」ニーナが言った。
俺は何も言わなかった。
ただ、この瞬間を覚えていようと思った。五人分の体温と、冷たい夜風と、無数の星の光を。
◆
不意に、ティアが俺の左手を握った。右手はヴァルが握っている。
「ゼクさん。——明日が怖いですか?」
「怖くない、と言ったら嘘になる」
「わたしは少し怖いです。でも——ゼクさんの手を握っていると、怖くなくなります」
ニーナが俺の右肩にもたれた。
「あたしは怖くない。——ただし、あんたが死んだら許さない」
リーリアが俺の背中に寄りかかった。「わたしにも約束してほしいです。——全員で帰ってくるって」
「ああ、俺たちは全員で帰ろう」
四人の体温に包まれている。
ヴァルが小さく言った。
「……こういうのが。ハーレムというやつか」
「ハーレム?」
「ティアが本で読んだと言っていた。一人の男が複数の女性に慕われる——」
「ヴァルさん、わたしそんなこと言ってません!」ティアが慌てた。
「言った。三日前の夕食のとき」
「あれは物語の中の話で——」
全員が一瞬黙った。それから、笑い出した。
決戦の前夜に、五人でハーレムの定義について議論している。世界を救う前にやることがあるだろう——とは誰も言わなかった。この夜の温もりこそが、明日戦う理由そのものだったからだ。
◆
明日、何があっても——帰ってくる。




