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第27話 始源の刻印庫——琥珀の末裔

 始源の刻印庫アーキグラフ


 大陸最大にして最深の記憶迷宮は、北の山脈の麓に口を開けていた。


 入口からして規格が違う。高さ二十メートルを超える石のアーチ。柱の一本一本に、びっしりと刻紋が刻まれている。壁に触れるまでもなく、紋様の密度が肌で感じられるほどだった。


「ゼク。読めるか」


「ああ。——読める。ただし、情報量が桁違いだ。この迷宮の全構造を一度に読むのは無理だ。一層ずつ降りながら読んでいく」


 五人パーティーで突入する。前衛ヴァル、遊撃ニーナ、後衛ゼク・ティア・リーリア。


 入口を抜けた瞬間、空気が変わった。冷たく、重い。三千年分の静寂が、石の壁に染み込んでいる。


-----


 第三層で、彼らに出会った。


 通路の途中に、ぼろぼろの冒険者たちが倒れていた。血と埃にまみれ、装備は砕け、何人かは意識を失っている。三十人で突入したはずのパーティーが、見える範囲で八人にまで減っていた。


 その中心に、金髪の男が膝をついていた。


 ガルド・アウレリウス。


 かつてAランクの輝きを纏っていた男が、泥と血に塗れて床に手をついている。右腕が不自然な角度に曲がっている。骨折だ。


 ガルドが顔を上げた。


 碧い瞳が、俺を捉えた。


「——ゼク」


 声が掠れていた。


「なぜ——お前がここに」


「助けに来た。馬鹿な真似をしていると聞いてな」


「助け——」


 ガルドの顔が歪んだ。屈辱か、安堵か、判別がつかない複雑な表情。


「俺は——お前を追い出した男だぞ」


「知ってる」


「それなのに——」


「死なれると寝覚めが悪い。——リーリア、負傷者の治療を」


「はい!」


 リーリアが駆け寄り、【慈愛の泉】を発動した。柔らかな光が負傷者たちを包む。骨折したガルドの腕が、光の中でゆっくりと正しい形に戻っていく。


 オスカー・レクレールが、壁にもたれて座っていた。仕立てのいい衣服はずたずたに裂け、顔に切り傷がある。


「ゼク・ベルンマルク殿……」


「生きてたか、オスカー」


「かろうじて。——この迷宮は、僕の鑑定では太刀打ちできなかった。壁の刻紋が見えるのに、意味がまるで読めない。罠の起動条件も、隠し通路の開錠配列も——何一つ」


 オスカーの声に、初めて聞く響きがあった。虚勢を剥がされた、素の声。


「あなたの刻紋鑑定でなければ——この迷宮は攻略不可能です」


 そのとき、俺は壁に手を当てた。


 琥珀色の紋が浮かび上がる。壁面全体に、精緻な刻紋のネットワークが走っている。第三層の構造が、数秒で頭に展開された。


 手を離し、通路の先にある石壁に触れる。琥珀の光が走り——ガコン、と音がして隠し通路が開いた。


 安全な退路だ。


「この通路を戻れば、第一層の入口まで一直線で出られる。罠はない。道なりに進め」


 ガルドが立ち上がった。リーリアの治癒で応急処置は済んだが、万全には程遠い。


「ゼク。お前は——先に進むのか」


「ああ」


「この迷宮の最深部に——何があるんだ」


「答え。すべての答えが、ある」


 ガルドが俺の目を見た。長い沈黙の後、ガルドの碧い瞳から、何かが剥がれ落ちた。


 プライドの仮面が——ひび割れた。


「俺は——取り返しのつかないことをした」


「今はいい。まず生き残れ。話はそのあとだ」


「ゼク」


「何だ」


「——すまなかった」


 短い一言だった。だがガルド・アウレリウスという男がその言葉を口にするために、どれほどの時間が必要だったか——俺には想像がつく。


「聞こえた。——行け」


 ガルドが頷き、負傷者を率いて退路に消えていった。


 最後にオスカーが立ち止まり、振り返った。


「ベルンマルク殿」


「何だ」


「あなたの刻紋鑑定は——Eランクのゴミスキルなんかじゃない」


 オスカーが頭を下げ、退路に消えた。


 ニーナが口笛を吹いた。


「Sランクの鑑定士に頭を下げさせるEランク。——痛快じゃないか」


「行くぞ。時間がない」

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