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第22話 記憶の奔流、予兆の紋

 ティアの額に手を当てた瞬間、世界が白く弾けた。


 封印の紋が暴風のように俺の意識に叩きつけられる。蒼白い紋が渦を巻き、その奥に膨大な記憶の断片が散乱している。


 これまで読んだどの刻紋よりも複雑だった。幾重にも折り重なった術式が、互いに干渉しながら崩壊に向かっている。封印を構成する紋の一部が剥離し、その隙間から記憶が濁流のように溢れ出していた。


「ゼク! 鼻血が出てるぞ!」


 ヴァルの声が遠い。


「止めるな。途中で手を離したら、封印が一気に壊れる」


 歯を食いしばった。指先を通じて、封印の構造を読み取っていく。


 この封印は三層構造だった。


 第一層: 記憶の遮断壁。ティアの過去の記憶を意識から切り離す。


 第二層: スキルの封印。【星詠の書架アストラル・ライブラリ】の発動を抑制する。


 第三層: 位置隠蔽。ティアの魔力反応を外部から探知不能にする。


 三層すべてが、一人の術者によって極めて丁寧に施されていた。ゼクが以前読んだ通り、悪意のある封印ではない。守るための封印だ。


 だが——第一層が崩壊しかけている。


 原因がわかった。教会の使者——あの初老の女性聖職者が、ティアに視線を向けたとき、探査術式を飛ばしていた。微弱な術式だが、封印の第三層(位置隠蔽)に小さな穴を開けた。その穴から連鎖的に第一層が不安定になり、崩壊が始まったのだ。


「構造はわかった。第一層を安定させれば、崩壊は止まる」


 だが、どうやって。


 俺の刻紋鑑定は「読む」力だ。封印の紋を直接修復することはできない。


 ——待て。


 読むことで、できることがある。


 封印の構造を完全に解読し、崩壊のパターンを予測する。崩壊する箇所を先回りして、自分の琥珀色の刻紋で「支え」を入れる。書き換えるのではなく、一時的な補強。橋の崩落を止める応急処置のようなものだ。


 指先から琥珀色の光がティアの額に流れ込む。封印の裂け目に、光の帯が走る。


 紋が安定し始めた。崩壊の速度が落ちていく。


 だが、その過程で——見えてしまった。


-----


 記憶の断片が、封印の隙間から飛び散るように流れ込んできた。


 ティアの記憶ではない。


 まだ——起きていないことの映像だった。


-----


 予兆、一。


 巨大な記憶迷宮が、地面から浮き上がっている。


 大陸最大の迷宮——始源の刻印庫アーキグラフ。それが、光に包まれて空に浮かんでいる。周囲の大地が割れ、迷宮を中心に同心円状の光の波紋が広がっていく。


 空に浮かぶ迷宮の頂上から、琥珀色の光柱が天に伸びている。


-----


 予兆、二。


 迷宮の最深部。巨大な技晶石の前に、人影が立っている。


 俺だ。


 俺が手を翳している。指先から琥珀色の光が溢れ、技晶石に注ぎ込まれている。世界中のスキル使いたちが——何かを感じている。手が光っている。スキルが変容している。


 何をしているんだ、俺は。


-----


 予兆、三。


 暗い部屋。蝋燭の光。


 枢機卿オルトス・テネブリスが、椅子に座って笑っている。


 年齢不詳の顔。深い皺。だが目だけが異様に若く、暗い光を湛えている。


「刻紋読みの少年よ。お前が鍵を開けてくれるのを——待っていたよ」


 笑い声が反響した。

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