第21話 封印の紋の奥へ〜オークションはただの見学ですけど〜
広間の奥に、VIP席がある。出品者と高額入札者が座る特等席だ。
その一角に——見覚えのある顔があった。
角張った顎。冷たい灰色の目。高位の軍服を、今日は地味な外套で覆い隠しているが、姿勢が隠しきれない。軍人の背筋。
クラウス・ヘルツォーク。
ヴァルの腕が、俺の上腕を強く掴んだ。爪が食い込む。
「……いた」
「落ち着け。ここで動くな」
「わかっている。わかっているが——」
ヴァルの声は平静だったが、身体は震えていた。怒りが全身を貫いている。
クラウスが席を立ち、こちらの方向に歩いてきた。出品物を見て回っているらしい。
すれ違う距離まで近づいた。
俺は顔を伏せ、気づかれないようにしたが——クラウスの方が足を止めた。
「ほう」
灰色の目が、俺を見ていた。仮面の上から、品定めするように。
「見ない顔だな。——なかなか面白い目をしている。琥珀色か」
心臓が跳ねた。琥珀色の目。ベルンマルクの血統の証。
「初めてのオークションで。見学に来ただけです」
「そうか。——いい品があるぞ。特に、記憶結晶は希少だ。教会が欲しがるだろうな」
クラウスの目が細くなった。何かを試すような視線。
「もっとも、教会に渡すつもりはないがね。——ここでは、金を出す者が正義だ」
クラウスが去った。
ヴァルが全身の力を抜いた。汗が額を伝っている。
「あの男——私に気づかなかったか」
「仮面のおかげだ。だが長居は危険だ。必要な情報は掴んだ。引き上げよう」
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別の場所で、ニーナが動いていた。
闇市場の裏手——帳簿が保管されている事務室に忍び込み、取引記録の写しを作っていたのだ。
合流地点で、ニーナが数枚の紙を見せた。
「当たりだ。奴隷の売買記録に、教会の『特別研究部門』の印がある。獣人の『素材』って項目で取引されてやがる。素材だぞ、素材」
ニーナの声が低く震えていた。怒りを押し殺している。
「購入先は旧城区の地下施設。あたしが焼印を読んでもらったときの映像と一致する。——そして帳簿の承認欄に、枢機卿オルトス・テネブリスの代理署名がある」
「オルトス……」
すべてが繋がっていく。
ヴァルを嵌めたクラウスの背後にいる枢機卿。ティアを異端者として追う教会。ニーナを奴隷にした組織の裏にある教会の実験部門。すべての線が、オルトス・テネブリスという一点に収束する。
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闇市場を出る直前、出品台の片隅に古い書物が積まれていた。エルフ語で書かれた革装丁。
何気なく手に取り、刻紋鑑定を使った。
エルフの古文書だった。カレンデュラ王国の歴史書の断片。
紋様として読み取れた一節に、目が釘付けになった。
『預言の書、第七節。——琥珀の刻印を持つ子。刻銘者の最後の末裔。すべてのスキルの鍵を持つ者。その者は、エルフの知識と、騎士の剣と、影の牙と共に、封じられた真実を解き放つだろう』
エルフの知識——ティア。
騎士の剣——ヴァル。
影の牙——ニーナ。
琥珀の刻印——俺。
「この預言は——俺たちのことか?」
声に出さなかった。だが指先が震えた。
三千年前の預言が、今の俺たちを描いている。
偶然が重なっているのか。それとも——偶然ではなく、この出会い自体が刻銘者の設計なのか。
古文書を買い取り、懐にしまった。
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王都を出て、エルデへの街道を急いだ。
夜通し馬を走らせ、早朝にエルデに着いた。宿に飛び込むと——。
ティアが床に倒れていた。
「ティア!」
駆け寄ると、ティアは意識を失っていた。全身が汗でびっしょりで、呼吸が荒い。
そして——身体中に、光の亀裂が走っていた。
蒼白い封印の紋が、ティアの肌の下で暴走している。まるで地面にひび割れが広がるように、紋と紋の間に光の裂け目ができ、そこから白い光が漏れ出している。
「封印が——崩壊しかけている」
俺が刻紋鑑定で読むと、封印の構造が不安定に揺れていた。教会の使者が来たとき、ティアの封印に何らかの干渉があったのかもしれない。あの初老の女性聖職者の視線——あれが、封印を揺さぶるトリガーだった可能性がある。
ティアの口から、途切れ途切れの言葉が漏れた。
「お姉……さま……ごめん、なさい……わたし——第七王女——ティアラ——」
封印の隙間から、記憶の断片が溢れ出していた。
だが同時に、封印全体が崩壊に向かっている。このままでは記憶ごと人格が消える。
「ゼク、何とかできるのか」ヴァルが詰め寄った。
「やる。——やるしかない」
俺はティアの額に手を当てた。
琥珀色の光が灯る。
封印の紋の奥へ。
もっと深く。




