第13話 Eランクのゴミスキルが、実はすべてのスキルの鍵だったってことですか?
部屋の中。目の前にヴァルの顔がある。心配そうに俺を覗き込んでいる。
「ゼク! 大丈夫か! 突然動かなくなって——目から光が——」
「……見えた。全部、見えた」
俺は呼吸を整え、ヴァルの顔を見た。
「お前を嵌めたのは、騎士団長クラウス・ヘルツォーク。部下に命じて偽造文書をお前の部屋に仕込ませた。筆跡は魔術式複写で再現されたもので、本物じゃない。——そしてクラウスの背後には、聖典教会の枢機卿がいる」
ヴァルの碧い瞳が見開かれた。唇が震えている。
「さらに——この剣は、ただの聖剣じゃない。三千年前、刻銘者の騎士が打った刃だ。銀白の髪に碧い目の女性。お前に、よく似ていた。彼女はこの剣に意志を込めた。いつか自分の血を引く者が現れたとき、共に戦うために」
「血を引く——私が、刻銘者の末裔だと?」
「剣がそう言っている」
ヴァルの膝から力が抜けた。
崩れ落ちるように、床に座り込む。
オーリエルを抱きしめたまま、銀白の髪が床に広がる。薄い肌着の肩が細かく震えて——。
涙が落ちた。
初めてだった。ヴァルが、声を上げて泣くのは。
「やはり——嵌められたのか。わかっていた。わかっていたのに——証拠がなくて、誰にも信じてもらえなくて——半年間——」
嗚咽が言葉を途切れさせる。
「半年間、私は一人で——ずっと、一人で——」
俺は何も言えなかった。気の利いた慰めの言葉なんて持ち合わせていない。
ただ、手を伸ばした。
ヴァルの肩に、そっと手を置いた。
——瞬間。
指先を通じて、琥珀色の紋が流れ込んできた。
ヴァルの身体を通じて。剣ではなく、人間の身体を通じて。
見えたのは——ヴァルのスキル【聖剣顕現】の、奥底にある紋様だった。
表層の紋: 光属性の聖剣強化。Aランクの公式効果。
だがその下に、もう一層——深層の紋が眠っている。
深層効果: 『刻銘者の血統を持つ者のみに開放される。古代兵器の完全覚醒。——条件: 管理者の認証』
管理者。
それは俺のことか。
「ゼク——? 手が、光って——」
ヴァルが涙に濡れた顔で俺を見上げている。俺の手が、ヴァルの肩の上で琥珀色に光っていた。
「……すまない。勝手に読んでしまった。お前のスキルの——奥にあるもの」
「奥?」
「すべてのスキルには、表層と深層がある。お前のスキルの深層——本当の力は、まだ眠っている。刻銘者の血統を持つお前にしか使えない力が。——そして、その力を開放するには」
俺は自分の指先を見た。琥珀色の光がゆっくりと消えていく。
「俺の認証が、必要らしい」
刻紋鑑定。
第三段階——人物読解。
物ではなく、生きた人間の刻紋を読む力。スキルの深層を読み取る力。
Eランクのゴミスキルが、三段階目の覚醒に到達した。
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呪いの構造が完全に読めたことで、解呪にも着手できた。
完全な解除はまだ無理だ。呪紋の最深層にはクラウスではなく枢機卿が施した紋が残っており、それを解くには更なる覚醒が要る。
だが——表層の七割を占めるクラウスの呪紋は、構造がわかった以上、一つずつ解けた。
俺がオーリエルの呪紋に琥珀色の光を当てるたびに、赤黒い線が薄れていく。一本、二本、三本——。
三割の解除を終えた時点で、オーリエルの輝きが明らかに変わった。
白銀の刀身が、内側から光を放っている。呪いに覆われて見えなかった本来の紋様——琥珀色と白銀が交差する、三千年前の刻銘が鮮やかに浮かび上がった。
「——軽い」
ヴァルがオーリエルを構えた。
「嘘のように軽い。力が——通る。剣に、私の力がまっすぐ通る」
試し斬りに、部屋の隅に置いてあった薪を一本立てた。
ヴァルが一歩踏み込み、振り下ろす。
薪が、音もなく二つに分かれた。切断面が鏡のように滑らかだ。
「これが——この剣の、本来の切れ味か」
ヴァルの目に、騎士の光が戻っていた。涙の痕はまだ残っていたが、握る剣はもう震えていない。
「ありがとう、ゼク」
ヴァルが俺を見た。赤い目、濡れた頬、乱れた銀白の髪。薄い肌着姿のまま。——その姿は、騎士というより、一人の女性だった。
「お前のおかげで、私はもう一度、剣を握る理由ができた。冤罪を晴らし、真実を掴む。この剣と共に。——そしてお前と共に」
最後の一言が、やけに胸に残った。
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ティアを部屋に呼び戻し、三人で情報を整理した。
「つまり——すべてのスキルには、表の力と裏の力があるんですね」
ティアが手記と照らし合わせながら言う。
「そうだ。表層効果は、スキル発現時に使える基本能力。深層効果は、特定の条件を満たしたときに開放される隠された力だ。そして俺の刻紋鑑定は——」
「他の人のスキルの深層を読めるんですね。ゼクさんの鑑定でなければ、深層は見えない」
「おそらく」
ティアの琥珀色の瞳がきらきらと輝いた。
「それって、ゼクさんのスキルは——すべてのスキルの本当の力を引き出せるってことじゃないですか? Eランクどころか、全スキルの中で最も重要な位置にある——」
「まだ断定はできない。でも——オスカーのSランク鑑定との決定的な違いは、ここだ。あいつの鑑定は表面情報しか読めない。深層がない。俺の鑑定は、深層だけを読む。時間はかかる。不便だ。だが——到達できる場所が、根本的に違う」
ヴァルが、鎧を着け直しながら言った。
「Eランクのゴミスキルが、実はすべてのスキルの鍵だった。——皮肉だな」
「皮肉だ」
「だが、いい皮肉だ」
ヴァルが笑った。初めて見る、屈託のない笑顔だった。
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翌朝。
約束の時間に、ギルドの会議室に教会の使者を迎えた。
聖職者が二人、護衛の騎士が一人。聖職者の一人は若い男で、もう一人は初老の女性。護衛は無言で壁際に立っている。
若い聖職者が口を開いた。丁寧だが、どこか上から見下ろすような口調。
「ゼク・ベルンマルク殿。刻紋鑑定の使い手でいらっしゃいますね。枢機卿オルトス・テネブリス猊下が、ぜひお会いになりたいと仰っています」
オルトス・テネブリス。
昨日、オーリエルの記憶で聞いた名前——枢機卿。クラウスに「剣を壊すなよ」と指示した、影の声の主。
「枢機卿が、一介の鑑定士に会いたい理由は?」
「猊下は、刻銘者の遺産に関する研究を進めておいでです。記憶迷宮の深層に到達できる鑑定士の力を、ぜひ教会の研究にお貸しいただきたいと」
「研究——ね」
俺は表情を崩さなかった。ヴァルも隣で無言だ。だが、テーブルの下でヴァルの拳が白く握られているのを、俺は見ていた。
「申し訳ないが、今はクエストが詰まっていて、王都まで出向く余裕がない。また改めて日程を調整させてもらえるか」
若い聖職者の目がわずかに細まった。
「……承知しました。では、いずれまた。——枢機卿は、気長にお待ちになると思います」
使者たちが退出した。
初老の女性聖職者が最後に部屋を出る瞬間、一度だけ振り返った。俺ではなく——ティアを見た。
ティアが、小さく身震いした。
部屋を出た使者たちの足音が遠ざかる。
俺はヴァルと目を合わせた。
「あの使者——最後の女。ティアを見ていた」
「ああ。見ていた」
ティアが両腕で自分を抱きしめている。
「あの人——あの人の顔を見たとき、頭が——すごく、痛くて——」
「ティア。大丈夫か」
「大丈夫——です。でも、何か——思い出しかけて、でも思い出せなくて——」
教会は、ティアの存在にも気づいている。
時間がない。
俺たちは——もっと強くなる必要がある。もっと深い迷宮に潜り、もっと多くの刻紋を読み、もっと多くの真実を手にしなければならない。
教会が本気で動く前に。




