女子寮で
その頃
数十キロ離れた女子高の寮では
「始まった!」
部屋には 夜のざわめきがあった
勉強机の上にお菓子の袋がいくつも
広がっている
ポテトチップス チョコレート
コンビニのプリン
ベットの上に座ったさくらが
スマートフォンを机に立てかける
画面の中は暗い雲沢の流れ
「見える?」
「ちょっと待って」
さくらがライトを消す
部屋の電気も落とされ
窓からの街灯だけが残る
「…でた」
「始まった!」
部屋の中にいた女子が一斉に集まる
「え もう?」
「ちょっと待って
Wi-Fiつながっている?」
葵はベットの端に腰かけながら
画面を覗き込んだ
ライブ配信の画面には
暗い雲沢の清流が映っている
村の温泉旅館の近くだった
画面の下にはコメントが流れている
もう飛んでいる
音きれい
さくらが言った
「これ うちの村」
寮の友達が驚いた顔をする
「え ほんと?」
「ホタル?」
「こんなに暗いの?」
さくらは笑った
「山やからな」
そのとき 画面の中で小さな光が動いた
ふわり と
「出た!」
誰かが声を上げる
また一つ光る
また一つ
暗い川の上に 小さな光がゆっくり
浮かび始めた
部屋の中が少し静かになる
「綺麗」
誰かが小さく言った
スマホの画面の中で
ホタルが静かに飛んでいる
川の流れる音が聞こえる
虫の声も混じっていた
友達が言った
「いいなあ こういうとこ」
「行ってみたい」
さくらは肩をすくめる
「昼は何もないで」
「えー」
笑い声が上がる
葵は黙って画面を見ていた
川の上にホタルがいくつも浮かんでいる
暗い中で 小さな光がゆっくり動いている
寮の天井の蛍光灯とは違う光
柔らかくて 消えそうで
それでもちゃんと光っている
友達が言った
「葵の村?」
葵は頷いた
「うん」
「帰るん?」
少し考えてから答える
「たぶん」
さくらが横で言った
「この子 診療所戻る予定やねん」
友達が驚く
「え すご」
「でも都会の病院の方が良くない?」
葵は少し笑った
「そうかも」
画面の中でホタルがまた一つ光った
川の上をゆっくり流れていく
さくらがぽつりと言う
「でもさ」
みんなが見る
「この景色 好きなんやけどな」
葵は隣を見た
さくらはスマホの画面を見つめている
光がゆっくり流れていた
しばらく部屋の中は静かだった
やがて誰かが言う
「これ録画できる?」
「スクショ撮ろう」
また少し騒がしくなる
葵はスマホの画面を見続けていた
暗い川の上で
ホタルは静かに飛んでいる
小さな光り
それは遠い村の夜の灯りの様だった
画面の中で 小さな光が動く
「思ってたより ちゃんと見える」
隣室の同級生たちも 部屋に入ってくる
コメント欄には
ゆっくりと言葉が流れる
静かでいいですね 音も聞こえる
現地にいる気分
さくらが 画面を見つめながら言う
「これ 来たい人も増えるやろな」
「うん」
葵は頷く
「でも」
「来すぎないように してるんやと思う」
二人はしばらく黙って画面を見ていた
一方川辺では
宿泊客が静かに立ち尽くしている
ホタルは
規則もなく
ただ漂う
私は 配信の接続状況を確認する
問題はない
菫は
少しだけ離れた場所から様子を見る
誰も騒がない 誰も近づきすぎない
「…成功ですね」
菫が小さく言う
「はい」
私は短く答える
女将は ホタルをみたまま言った
「増やしたいわけやない
でも 知ってほしい」
光は水面に映り また空へ消えていく
寮の部屋では 誰かがぽつりと言った
「本物を 見に行きたいな」
葵は少しだけ笑った
「泊まらな ちゃんと見られへんで」
その言い方が 何処か誇らしかった
画面の向こうと 川辺の闇の中
同じ光が違う距離で揺れていた
ホタルの配信を終えた翌朝
役場はいつも通りの月曜だった
電話は鳴らない 窓口が混むこともない
それでも 菫のパソコンの受信箱には
少しずつ通知が溜まっていた
昨夜の配信 拝見しました
音があって 落ち着きました
現地に行かずに見られてありがたいです
派手な言葉はない 絵文字も少ない
「ちょうどええな」
思わず声に出る




