空き家
役場の前に軽トラックが止まる
いつもの移動スーパーだ
「おはようございます」
聞きなれた声に
何人かが自然と集まってくる
菫は様子を見に来ていた
「今日は何が入っているんですか?」
「新玉ねぎ それと葉物が少し」
「 あと いちごな」
農家の人が 箱を持ってくる
「もう終わりかけやけどな」
「でも 甘いで」
並べられた野菜は どれも派手ではない
でも ちゃんと売れる
「最近は観光の人も来ますね」
スーパーの運転手が言う
「はい 梅と桜のあと
ふらっと寄る人が増えてます」
「道の駅 出来るらしい って
聞かれましたわ」
「噂 早いですね」
「村は狭いですから」
近所のおばあさんが
きゅうりを手に取りながら言う
「ここ 助かるわ」
「前のスーパー 無くなってからなあ」
「週二回でも 顔見て買えるんがええ」
菫は その言葉をメモする
直販所の方では
観光客らしい二人組が立ち止まっていた
「これ地元の?」
「はい 朝 持ってきてもらいました」
「安いね」
「安いです」
正直な返事に 相手が笑う
「こういうの 道の駅に並ぶんやろうな」
「たぶん」
「でも ここぐらいの規模が
ちょうどええ気もする」
菫は 少し考える
「最初はそのつもりです」
昼前になると ほとんどの品がなくなった
「今日は 早かったですね」
「暑うなる前やからな」
「買いだめせんでも
また来るって分かってるし」
軽トラックが去ると
役場前はまた静かになる
「なんか」
菫が言う
「この感じ 嫌いじゃないです」
隣で
直売所の担当が頷く
「大きくせんでも ええもんは ええ」
風が吹いて テントが少し揺れた
村は少しだけ忙しい 少しだけ余裕があった
道の駅は まだない
でも
その 使い方 はもう始まっている
役場の窓の外は もう暗い
私はパソコンの画面を見つめていた
数字 事業計画 収支予測
ワードとエクセルは慣れている
作業そのものは難しくない
だが 指が止まる
今は違う 決める側にいる
この数字一つで 村の未来が変わる
逃げる方が楽やな
ふとそんな考えが浮かぶ
だが画面を閉じない カーソルを動かす
逃げないと決めたのは自分だ
キーを押す音がやけに大きく響いた
役場の軽自動車は
細い坂道をゆっくり上がっていた
山の斜面に沿って家が点々と並んでいる
ただ その幾つかは窓が暗いままだった
菫は助手席で地図を見ながら言った
「次 右です」
私はハンドルを切る
道は更に細くなった
「この辺 空き家多いんですか?」
後ろの席から声がした
今日は移住先を探しに来ている夫婦だった
三十代中頃だろう
東京から来たと言っていた
菫は振り向いた
「はい
昔はここも結構住んでたんですけど」
「そうなんですね」
車は一軒の家の前で止まった
木造二階建て
庭には柿の木が一本ある
ただ玄関の戸は閉まったままだった
「ここです」
菫が言った
私は車を降り 玄関の鍵を取り出す
「村が管理している空き家です」
戸を開けると少しひんやりした空気が流れた
畳の部屋が二つ
奥に台所
家具はほとんど残っていない
夫婦は静かに中を見て回った
「綺麗ですね」
妻の方が言った
「数年前まで人が住んでたので」
菫が答える
窓を開けると 山の風が入ってきた
遠くで川の音が聞こえる
夫婦は縁側に立って景色を見ていた
「静かですね」
夫が言った
菫は少し笑った
「夜はもっと静かですよ」
見学が終わり 夫婦は外に出た
私が戸締りをしている間
菫は庭に立っていた
柿の木の葉が風で揺れている
その時夫婦が言った
「ちょっと周りを歩いてもいいですか」
「どうぞ」
二人は坂道を少し上がっていった
菫はその背中を見送った
私が玄関を閉めて鍵をかける
「どう思います?」
菫が聞いた
私は少し考えた
「気に入ってそうでしたね」
「そうですね」
私と菫は二人を追いかける
すると もう一軒の家が見えた
こちらも完全に空き家だった
庭の草は少し伸びてきている
窓のガラスも少し曇っていた
菫が小さく言った
「ここ 同級生の家でした」
移住希望者が聞く
「今は?」
私は黙って家の方向を見た
菫は続けた
「今は誰もいません
昨年末に出ていかれました
一番新しい空き家です」
風が庭の草を揺らす
少しだけ静かな時間が流れた
「こういう家 村にいっぱいあります」
私は頷いた
「でも」
菫は遠くの山を見た
「全部が空き家じゃないんです」
私も同じ方向をみた
山の斜面に 家が点々とある
窓に明かりがついている家もいくつか
見えた
昼間なのに 台所の灯りがついている
家もある
「ほら」
菫が指さした
「まだ住んでる人 いっぱいいます」
奥さんが笑いながら言った
「そうですね」
菫は少し笑った
「だから」
ゆっくり言った
「全部消えたわけじゃないんです」
私はその言葉を聞いて 少しだけ笑った
「ええ」
静かに言った
「灯りはまだ残ってます」
移住体験の夫婦は言った
「景色いいですね!」
二人は山の向こうを見ている
菫は軽く手を振った
そして小さく心の中で呟いた
もう一つ灯り 増えるといいんですけどね




