雪の頃
昼前 村内放送が入る
雪への注意喚起と いつもの事務連絡
そして最後に一つだけ
少し間を置いて続いた
「住民投票の日程について お知らせします」
事務的な声が 淡々と読み上げる
「道の駅誘致に関する住民投票は
来年一月三日に実施します」
役場の中が ほんの少しだけ静かになった
「成人式の日 ですね」
菫が言う
「はい」
私は頷いた
「この辺りでは 毎年この日ですから」
都会に出た若者たちが
年末年始に帰ってくる
久し振りに顔が揃う日
村に残る人と 外に出た人が
同じ場所に立つ日
「逃げない日程ですね」
「はい」
私は 書類を揃えながら答えた
「一番 人が戻る日です」
午後 雪は止み 空が少しだけ明るくなる
道に積もって雪は 昼過ぎには消えていった
一月三日 住民投票
その下には 何も書かれていない
理由も 結論も
すべてはこれからだ
帰り道 雪解けの水を靴音に感じる
菫は 白くなった山を見上げた
この冬
村は一つ 決める 静かな雪の日は
その予告のように
ただ振っていただけだった
温泉旅館の裏手の川は夜になると
音だけがはっきり聞こえる
昼間は観光客が座っていた川床も
今は誰もいない
川の流れが 暗闇の中で静かに光っていた
菫は手すりに寄りかかり川を見ていた
「まだ役場に居ると思ってました」
私は後ろから声をかけた
「山中さんこそ」
私は少し笑った
「帰ったと思ってました」
私は苦笑いした
「帰ってもどうせ同じことを考えてしまう」
川の音だけが暫く流れた
遠くの山の向こうで
村の家の灯りがいくつか見える
ぽつぽつと
まるで夜の中に浮かんでいるみたいだった
菫がぽつんと言った
「道の駅本当に出来ると思います?」
私は少し考えてから答えた
「出来るかどうかは まだ分かりません」
「正直ですね」
「役場の人間としては
もっとそれらしいこと
言った方が良いんでしょうけど」
菫は笑った
でも そのあと直ぐに表情が戻った
「私 偶に思うんです」
「何をですか」
「この村 もう無理なんじゃないかって」
川の音が少し大きく聞こえた
「若い人みんな出ていくし
店はなくなるし
この前だって
おばあちゃんが言ってました」
菫は少し間を置いた
「もうこの村は終わりやなって」
私は何も言わなかった
ただ川を見ていた
しばらくしてから 静かに言った
「自衛隊にいた時
教えられたことがあります」
菫が振り向く
「え 自衛隊?」
「あ 言ってませんでしたっけ」
私は苦笑いした
「四年だけですけどね」
「初耳です」
「まあ あまり役場で言う話でもないので」
私は少しだけ肩をすくめた
「その時上司が言ってたんです」
「部隊が一番危ないのは負ける時じゃない」
菫は黙って聞いている
「終わりだと思った時だって」
川の水が石に当たる音がした
私は続けた
「終わりだと思った瞬間人は動かなくなる」
菫は息を吐いた
「でも この村 本当に厳しいですよ」
「そうですね」
私はあっさり言った
「人口は減るし 若い人は少ない
多分 これからも簡単じゃない」
菫は少し驚いた顔をした
「じゃあ」
「でも」
私は言った
「灯りはまだ消えてない」
山中は山の斜面を指した
遠くの家の窓に いくつか灯りが見える
「ほら」
菫もそちらを見る
山の中にポツポツと小さな光
「村って 結局あれだと思うんです」
私は言った
「家の灯り」
「灯り?」
「全部消えたら終わりです」
少し笑った
「でも 一つでも残ってるなら
まだ村です」
菫はしばらく黙っていた
そして ぽつりと言った
「私 その灯りの一つですかね」
私は直ぐに答えた
「そうだと思います」
菫は少し笑った
「ずいぶん軽く言いますね」
「いや 結構大事な話してる
つもりなんですけど」
二人は少しだけ笑った
川の音がまた静かに流れる
しばらくして 菫が言った
「じゃあ」
「はい」
「もう少し
この村の灯り増やしてみますか」
私は小さく頷いた
「そうですね」
そして静かに言った
「それが 僕たちの仕事です」
朝
窓の外がやけに明るかった
菫は布団の中で目を開けて 少し考えた
カーテンを開ける
外は真っ白だった
「うわ…」
思わず声が出た
夜の間に雪が降ったらしい
庭も 道も 山の斜面も
全部白くなっていた
菫は急いで着替えて外にでた
空気が冷たい
村の道はまだ誰も歩いていない
雪の上に足跡が一つもなかった
遠くの山も白い
音が吸い込まれたみたいに 村は静かだった
坂の下から 誰かの声が聞こえた
「おはよう」
山中さんだった
手にスコップを持っている
「おはようございます」
菫は笑った
「すごい雪ですね」
山中さんは空を見上げた
「久しぶりですね このくらいになるの」
二人で道の雪を少しどけた
スコップが雪を削る音だけが響く
しばらくすると 坂の下から
エンジンの音が聞こえた
ゆっくりと白い軽トラックが上がって来る
移動スーパーだった
日曜日なのに?
車は雪の道を慎重に登ってきて
広場の前で止まった
運転席の窓が開く
「いやあ 今日は大変や」
運転手が笑った
「来てくれたんですね」
菫が言う
「そらくるで」
運転手は肩をすくめた
「今日はみんな困っとるやろ」
その通りだった
しばらくすると 家の戸を少しずつ開く
おばあさんが一人
杖をついてゆっくり歩いてくる
そのあと 別の家からも人が出てきた
雪の村の中で
広場に人が集まり始める
軽トラックの後ろの扉が開いた
中の灯りが
雪の白さの中で少し暖かく見える
菫はその光を見ていた
パンや牛乳が並ぶ小さな棚
おばさんが言う
「今日は助かるわ」
運転手は笑った
「雪の日こそ仕事やからな」
私はその様子を少し離れてみていた
菫が横に来る
「やっぱり 大事ですね」
私は頷いた
「生活ですね」
広場には ゆっくり人が集まっていた
雪の中で話声が小さく広がる
買い物袋の音
笑い声
菫は村の家を見た
雪の中に家が点々と並んでいる
窓の中には灯りがあった
台所の光
ストーブの火
その灯りが白い雪の中で静かに光っている
菫は小さく言った
「綺麗ですね」
私もその景色を見た
そして静かに言った
「灯りがあるうちは 大丈夫ですよ」
雪はまだゆっくり降っていた
村の灯りが 冬の朝の中で静かに光っていた




